6、直接確かめる
アグライアは魔方陣に引き込まれて行く気がした。
現実に引き戻したのは、現世の欲求をもっとも素直に表現している者達の痕跡であった。
「ヘロン、魔方陣の左手、あの枯れ草の下に金貨がある。……あっちの三角形の先端の内側にも……」
どちらも埋もれて見えにくい位置、いや、見えているのがおかしいのだ!
「魔方陣の一部なんだよ、あの金貨。それも帝国の物とは形が違う」
意図的に魔方陣の一部として置かれているから、魔方陣同様、金貨も動くことなく存在しているのだ。ヘロンが座り込んで、金貨の周りの草をどける。
「こりゃ、金貨じゃない……金の塊だ。金を板状にしてあるんだ……」
突然、ヘロンは言葉を止めて、立ち上がる。
「50人はいる」
アグライアはヘロンに疑問の眼差しを向ける。
「俺の耳を信用しろ! 集団でここへ向かって来てる。逃げるぞ」
そう言うと、部屋の隅の頑丈そうで一部分しか壊れてない木箱を漁りだす。
「逃げるんでしょ? 」
ヘロンを疑ってない。敵を見つけるのが早いのは、例の化物豚の時もそうだった。足跡からここを見つけるのも早かった。きっと目と耳がよく注意力が高いのだろう。
だからこそ、アグライアは来た道を引き返すように動きながら、すぐに動き出さないヘロンに腹を立てている。
「あった! 」
ヘロンがそう言って、右手を上に上げる。そこには例の金の板があった。アグライアは睨み付けるが、笑いながらヘロンはやって来る。
「お待たせ。さあ、逃げよう」
※ ※ ※
アグライアとヘロンは後ろを見たりせず、とにかく走る。
「向こうは化物がいるかもと思って、俺達を走って追うことはないよ。だから距離を離す。カラハタスに戻ろう」
「てか、その集団って何か心当たりがあるの? 」
「カラハタスの衛兵隊か、公爵の私兵だな。どちらも苦手でね」
「私達って公爵の達成依頼だったんじゃないの? 」
「怪しい現場で、俺達が見つけたんですって話すのかい? それに早く戻って、アグライアと打ち合わせしたい事がある」
「今、しないの? 」
「落馬して怪我したい? 」
どうやら込み入った話のようだ。とりあえず公爵に情報を売って金儲けという話はなくなったらしい。アグライアは走りながらため息をつくという器用な事をした。
※ ※ ※
アグライアのお気に入りの酒場で、お気に入りの席に座れた。今日もツキがある。
「今回の犯人がわかった」
「犯人? 」
「魔物を大量発生させた犯人さ」
「嘘! 」
「多分、当たってるよ」
ヘロンが飲んでいるのは麦酒。アグライアは前回かなり酔っ払ったので、当然飲み慣れた麦酒。彼はアグライアに合わせたのだろう。
「あの金の板。多分、金そのものを売り買いしてないと手にしないものだろう。金貨の材料になるものを普通の奴が手に入れられると思うかい? 」
「思わない」
「大手の商人だって事が想像がつく。さらにだ……砂糖と金との交易で繁栄したカラハタスで、1番の両替商は……」
「……アウルム商会」
ヘロンがゆっくりと麦酒を飲む。アグライアも飲まずにはいられない。帰路の乗馬中に聞かないで良かった。アグライアが口に入れた麦酒を飲み込んだのを確認したかのように、再びヘロンが話を続ける。
「アウルム商会がこの件に噛んでいるなら、その現場に直接的に関わってる可能性が高いのがヴァルカスだ。ヴァルカスの他に何人くらい、研究者がいるか知っているか? 」
アウルム商会が何人の研究者を雇っているかは聞いた事がないような気がする。アグライアは弟がアウルム商会に認められた事で両親の代わりが果たせたと、それだけで願いは叶ったと思い込んでいた。後は、弟を養い、自分が食べていく為に始めた賞金稼ぎという仕事が嫌いでなかったので、お金だけでなく生きて行く目的となるような仕事選びをしようと思っていた。そんな賞金稼ぎになろうと思っていた。
「衛兵隊にしろ、公爵の私兵にしろ、多分遅かれ早かれ、俺達と同じ結論に達すると思う」
そこまで言ってヘロンは口を閉じる。優しい目をしている。この時、暗い酒場の中ではあるがはっきりと認識する。彼の瞳は黒い。
彼が常にフード付きの外套を脱がないのも、ターバンをした上でさらにフードを被っているのも、黒い瞳を、黒い髪を隠す為だとわかった。
だが、優しい瞳だ。悪魔の子には思えない……。
違う。
悪魔の子だから、弟を見逃してくれるのだろうか? いや、まだ弟が関わってるとは限らない。そもそも弟はあの牧場にいなかったじゃないか! 弟は魔法が使えない。魔物の研究者ではあるが、魔法の研究者ではない。魔物化を何の為にしていたのかわかるないが、魔法陣を使っていたじゃないか!
アグライアはコップに残っていた麦酒を全て飲み込んで立ち上がる。
「弟に直接確かめる」
「俺に出来ることがあるか? 」
アグライアは瞼を閉じて考える。ほんの少しの時間とため息の後に彼女はこう告げた。
「逃げる準備だけお願い……」




