4、夜に知らない森を
かなり酔ってしまった記憶がある。ただ自分の足できちんと帰ったのもアグライアは覚えている。頭痛を嘲笑うかのように、小鳥の囀ずりが聴こえてくる。
ベッドから起き上がると眩しい光が窓から射し込んでいる。小鳥以外に声が聴こえないのは、彼女の家が町外れで尚且つ貧しい住民が少ないからだ。
アグライアは二階の自室から降りて、庭の井戸で水を汲み、顔を洗って、麦酒を飲む。喉の渇きが消えたところで、しっかりと昨日の事を思い返す。
多分、酔ったのは途中から飲んだ、あの高くて旨い酒のせいだ……。
呼び鈴の音で、アグライアは我に返る。玄関を開けるとヘロンが立っていた。既に身支度も終わり、約束通りに来ている。
そう、今日は朝から調査に出ることになっていた。魔物が最近現れた地域は、この前の仕事の時に調べてある。その地域と、前回、新種の化物豚が出た地域をあわせて、共通しそうな水源を探すというのが今日の予定だ。
ちなみに馬は使用するが、今回は二人だけで行く。アグライアは人数を揃える事を提案したが、ヘロンがはっきりと拒否した。
今回は捕縛でも討伐でもなく、調査が目的なんだ、と。足の早いメンバーであれば問題ないが、前衛で身軽なタイプを探すのは骨が折れる。例の新種と戦った時の事を思い返すと、彼らは巨体であり、パワーに溢れていたが、そのスピード、突進力は普通の化物豚より遅い。だから身軽なコンビの方が良い。そう、ヘロンが力説したのだ。
少しだけ待つように話して、アグライアは部屋に戻り、荷物を手に取る。
「信用してみよう」
自分に言い聞かせて、得物を最後に手にして部屋を出る。アグライアの弓は少し長く、威力の強いモノだ。
※ ※ ※
前回の雑木林の付近まで飛ばした。アグライアは騎乗技術を幼い頃から学んでいたので自信があったのだが、ヘロンのそれはさらに上を行った。
「今日はじっくり行かないのね」
「もちろん理由がある。夜に知らない森を探索したいかい? 」
ヘロンの言うことはわかるのだが、着実に一つ一つ仕事を進めて行くタイプだと思っていたので、驚きがある。雑木林の手前で木に馬を繋ぎ、そこからはゆっくりと歩いて行く。
「ここら辺ははっきりとあの化物豚の足跡が見てとれる」
ヘロンが指差すところを見たら、確かに地面に踏みしめられた跡がある。あれだけの巨体が歩けば当然残るだろう。昨日の今日である。
足跡をすぐ見つけ、さらにその数や進行方向を割り出し、ヘロンは進んで行く。アグライアはヘロンに付いていくが、いつあの化物豚が現れるか気が気ではない。足跡はヘロンに任せる事にして、アグライアは周囲の状況に気を配ることにする。何か意識を集中させれば他の部分への意識が薄くなるはずだからだ。
色々な物音が耳に入ってくる。魔物が通った後には間違いないのだが、小さな生き物達が生き残っているのがわかる。
やはり最初に感じた違和感と繋がる。緑が豊かで、餌が豊富で、何故、これだけ魔物の発生が重なるのか……。ヴァルカスは動物の魔物化は突然だと、ただ複数の魔物が同時に発生したなら餌がないなど環境の変化が原因だと言っていたのだ。
そんな環境の変化は何一つ感じない。
急に足を止めたヘロンが懐から、小さな袋を取り出す。そして、その袋から石を取り出す。宝石にしか見えない、美しい煌めきを放つ石。
「ちょっとした魔法の石でね。強い魔力が近くにあると反応するんだ」
ヘロンも周囲の状況を同じように考えていたのがわかる。環境の変化でないなら……魔族による召還か魔法……それを確かめる為の魔力感知の石なのだろう。
魔族という言葉に身体が反応する。どうしても力が入ってしまう。
魔族……人間の敵であり、人間に仇なす者達。魔族ひとりに村はもちろん町の一つや二つ滅ぶことがあるという。伝説上には、国一つ滅ぼした魔族もいる。
ヘロンの発言を固唾を飲んで待つ。
「あ、大丈夫だよ、アグライア。強力な魔力反応はない」
「早く言ってよ、心臓に悪い」
「辺りの警戒をそのまま続けてて。俺は化物豚の足跡を追う」
平和な森。まさしくそんな感じで、何事もなく進んで行く。ヘロンはさらにスピードを上げている。勿論、走っているわけてはないのだが、留まることなく歩き続けている。
森が開けて来る。木々の数が減り、途中から現れた小川沿いに進んだ先には、荒れ果てた牧場が見える。
「止まって。ここからは隠れている人間がいると思って進む」
ヘロンの言葉に、アグライアは小さく、うんと返事をする。この牧場に魔物がいたと見ているのだろうか? それともこの牧場に呪いでもかかって飼育していた動物が魔物化したのだろうか?
「アグライア。把握しといて。ここは廃墟じゃない。ここ最近破壊されたんだよ」
「誰が破壊するのよ? 」
「新種の化物豚の一番不思議な特徴を考えたんだ」
ヘロンの言葉をただ待つ。アグライアには気付いていない何かに彼は気付いているのだ。
「あの攻撃力、あれは体格から考えると妥当だ。だがあれ程の新種を簡単に倒せた理由がある。俺達が準備していたからだけじゃない。速さが、突進力がなかったからさ。おかしくないか? 」




