2、子供だが、殺し屋だ
「こっちはお遊びじゃないんだよ? 」
彼女は激しい殺気を放つ。剣は喉元に変わらずある。変わったのは彼女が放つ空気だ。
既に宵の口。あまり大きい通りではない道の、これまた薄暗い路地で、人生が終わるのも仕方ないのかもしれない。だが、死ぬわけにはいかない。喉元に突き付けられた細い剣の恐怖を味わいながら、それでもレイヴンは可能性に賭ける。
「あたしの邪魔しなきゃ、くれてやろうか……」
少し言葉を止めて女は続ける。
「濁っちゃいるが、うん、いい目付きだ」
レイヴンは交渉の糸口があることにホッとしながらも、まだ契約されたわけではなく、緊張を続けていくべきことを意識する。彼は頭をターバンで巻いているので髪の色は隠せている。だが黒い瞳は隠せない。
「耳になんか価値があるのかい? 」
価値はある。彼女にはないのだろうが、レイヴンには価値がある。後はそれを伝えるべきかどうかだ。黒い瞳の話題を打ち切ってくれた事をこそ有り難いと思うべきだ。
彼女が質問してくるということは知らないからだ。彼女は彼と違う組織からの依頼なのでろう。達成の証を必要とするのかはわからないし、そもそも必要としないのかも知れない。ならここで駆け引きをするのは愚かだ。
「耳と引き換えに金を受け取るのが、ウチの組織のやり方なんだ」
「いいだろう。あたしはそんなもの頼まれてないからな」
レイヴンは座り込みそうになるのを必死に耐える。賭けに勝ったのだ。薄い勝ち目も狙わない限りは拾えない。
「もっとこっちに来な」
そう話す彼女によって、レイヴンは路地の奥に引き込まれる。
人がひとり通るのがやっとの路地だ。レイヴンは彼女の柔らかさを感じる。どこか癖のある甘い香りを感じる。
鼻の利く彼が近付いて初めて気付く程度の香り。さっきまでの緊張感を嘘のように取り去るこの女の香りに安心し、理性では恐怖を感じる。
レイヴンは自分自身に言い聞かせる。彼女はきっと凄腕の商売敵だ。いつでも彼を殺せるし、殺す。油断してはいけない、と。彼女の声はわかるが、表情はフードで隠れていて見えない。本心なんて見えないのだ。
彼女の傍でどれくらい待ったのか、レイヴンは今一つ把握できなかった。彼女が何も話さず、彼は緊張を続けていたからだ。ただ通りから響く、破落戸どもの声から、仕事の開始時間を意識する。
彼女がゆっくり引き抜いた剣は片刃でゆるやかに反っていた。レイヴンはその珍しい形をした剣の輝きに気付き、魔法がかけられたのかと疑う。
彼女が魔法を唱えていたようには見えない。だが、一流の暗殺者なら、周囲に気付かせないように魔法をかけれるのかも知れない。
彼女が消える。
いや、いる。路地から飛び出て、破落戸を斬り捨てていた。
彼女の背中を間近で見ていたレイヴンが見逃すような動きだ。破落戸達に為す術はなかった。夜目に自信がある彼だが、斬られた破落戸達には暗さとそのスピードが合わさり、何が起こったかも気付かなかったはずだ。
三人斬り終えた時に、四人目と五人目が剣を抜いた。だが、すぐに剣を握ったままの手首が二つ、通りの地面に転がる。
何だ、それ?
レイヴンは本業の一年とは別に、賞金稼ぎを既に二年している。体格もない、魔法も使えない彼は荷物持ちみたいなものだが、本物の賞金稼ぎが魔物を相手にしているのを補助したりはする。だから破落戸ではなく、本物の賞金稼ぎの腕は見たことがある。だが、彼女程の腕の賞金稼ぎを見たことはない。
「す、凄いで、はないか……ど、どうだ、ウチに入らないか? いや、とりあえず今日だけ、今日だけでいう、あの、待て、待ってな。金は倍出す。倍払うか……」
話している顔が目障りだという感じで、彼女は剣を振る。激しい血が吹き、小悪党の首が飛ぶ。
ゲールズは確かに大物ではないだろう。しかし、ここら辺でこの男の不快な顔に唾がはける奴はいなかった。金貸しで、取り立てはえげつないし、脅迫なんて当たり前、縄張り争いなんかでは殺しもしてるだろう。
それが、あっという間だ。だが、思う、こいつはこんなでも多分50年は生きている。こんな奴でもだ。
死に方が最悪でも50年は生きて、笑ってた時間が何十年とあったのだ。住む所も食べる物もなく、流行り病ですぐ死んでしまう人々がどれだけいることか……。
「おーい、少年! 聞こえてるか? 」
自分が殺し屋であり、人を殺して生きてきた事、そして今またそれで金を得ている最中なんだと、レイヴンは思い出す。小さな声だがしっかりと自分を呼ぶ声に、無意味な考え事を放り出す。
「はい」
「早く耳を切っちゃいな」
レイヴンは金貨20枚の耳を切り取る。血が生暖かい。この感触を喜ぶ奴がいることも知っている。彼は自分がそうなる事もあるかと思うが、今、考える必要はないと、自分の手の血をポケットから取り出した黒い布切れで拭う。手を拭いたその布に耳を包む。
「よく怯えた声を出さなかった」
「子供だが、殺し屋だ」
彼女は声を上げず、笑って、レイヴンの肩を叩く。彼が顔をしかめるのを見て、今度は子供を褒めるように話す。
「自分で子供と言えるなら、一人前さ。あたしが認めてやる。だがな、少年。お前独りでこいつら殺るのは無理だろ? 自分だけで何でも出来るなんて思わない事だ」
そう言われて、レイヴンは自分の頬が紅くなるのを感じる。格好がつかない。この暗さだから、彼女が気付かないのを祈る。
「あたしは小夜啼鳥。そう呼ばれてる」
「レイヴンです」
本名を素直に名乗ってしまったのは、彼女の名前に驚いたからだ。彼女の名前はいわゆる通り名だ。
小夜啼鳥、死を告げる鳥という意味の通り名で、帝国で一番有名な殺し屋だ。