1、ヘロン
第2章から再開いたします。ブックマーク本当にありがとうございます。
街の外れの牧場の、さらに外。生い茂る草々が青々としている。動物や魔物の餌が不足しているとはとても信じられない。それなのに複数の魔物が現れるのだから、どんな時も油断をしてはいけないと言うのは正しい。
アグライアは、弟の言葉自体が間違っていると思いはしなかった。この世界に絶対はないと言った目の前の男が正しかっただけだ。
特製の矢をつがえる。しっかりと狙いを定めて、矢を放つ。アグライアの長身を活かした弓勢は素晴らしく、矢は一頭の魔物の額に直撃する。
額に直撃を受けた豚の化物は、その勢いを止め、声を上げて、身体を起こす。四本足から二本足へと立ち上がるように前肢を上げる。その巨体に潜り込むように入った、ボロボロの外套を着た男が、化物の腋窩から剣を刺し込む。
アグライアは化物に剣を刺した男を見て自分の経験が正しかった事を知る。もう一組を見ると、何だかんだで残り2頭いる化物豚の猛攻を凌いでいる。
止めを刺してから駆ける男を確認しながら、アグライア自身も次の標的を狙いやすい位置を探す。ただ近接戦闘を続ける味方が邪魔で矢を放つ事が出来ない。
あの男は何をする? 縄を手にしている。縄を化物の後肢に絡ませる。完全に動きが止まるわけではないが、その化物豚と肉弾戦をしていたドワーフは楽になる。楽になれば、距離を取ることが出来る。
アグライアはもう一度しっかりと矢を放つ。改めて弟に感謝しながら、眉間に矢を当てられた化物豚が仕留められるのを見る。あと一頭。ドワーフにいつでも行けるように指示して縄を投げる男の合図を待って、最後の矢を射る。
後は作業だった。
※ ※ ※
「文句つけて悪かった、大将」
前衛を務めていたドワーフが、ボロボロの外套を着た男に謝る。酒場で沢山飲んだ酒代を少しは払うべきだとアグライアは思う。青年に成りかけの少年といった感じの男が今回のメンバーを集めた。その少年、ヘロンがドワーフに答える。
「いや、たまたまだ、ドズル」
「そう思わないか、姉ちゃん? 」
アグライアはもちろん頷いて答える。
「ヘロンがしっかり計画を建ててくれたおかげなのは間違いない」
もう一人の前衛であるダンと言う男も同様にヘロンを誉める。
「ああ、俺もそう思うよ。化物豚が三頭もまとめて出てくるとは思ってなかった。それも新種がな」
普段の化物豚より二周りは大きかったし、多分、力も強さも倍近くあったかも知れない。
「俺はまともにやり合えないからだよ」
そう、ヘロンは言って、細い腕を見せる。彼は酒場での打ち合わせでも、そうはっきりと言っていた。自分は賞金稼ぎとして腕を磨いているが、どうしても腕力が足りない。硬い化物や力の強いタイプとはまともに戦えない。どうしても前衛を務めてくれる人が欲しいと。
酒場で真面目に打ち合わせをするのは珍しい。アグライアはこれだけしっかり打ち合わせをした事はなかったし、安心して仕事に出掛けた事もなかった。
ヘロンがそれぞれ声をかけ、酒場で集まった時に人数が多い事、そのせいで分け前が減る事に不平を言うドズルに、ヘロンは言ったのだ。どんな時も油断してはいけない、この世界に絶対はない、と。
アグライアはこの言葉を聞いて、参加を決めたのだった。仕事をするなら信用が置ける人とするのが間違いがない。
果たしてそれは正解だった。
まず珍しい場所に現れた化物豚が現れたと言うことで、新種の可能性も追って化物豚の弱点をきちんと調べた事。これはアグライアが弟から聞いた。彼女の弟は交易都市カラハタスの豪商に雇われている魔物の研究者だ。
額に確実にダメージを与える為にあえて、矢尻を重く、打撃力を強くするために先の尖りをなくしている。どちらかというと近距離の捕獲用の矢みたいな物を準備した。
次に彼は化物と前衛が戦うのを補助できる物を準備した。縄もそのひとつだ。
通常、化物豚を倒すのに二人いたら十分なのに賞金稼ぎ四人のチームで当たった事。
ヘロンが間違えている部分があるとするなら……彼自身の能力を低く見積もっているところだろう。アグライアには前衛の二人より彼の方が近接戦闘の能力が高いように感じた。前衛が使うような殺傷能力が高いそれなりの長さの片刃の剣、あれは射手から見ても業物に思えた。
ヘロンが固定のチームを持っていない事は既に聞いていた。彼は自分が未熟で迷惑をかけるからと話していたが、彼の方がメンバーを選別していて、お眼鏡に適う人がいなかったからではないだろうか?
アグライアも賞金稼ぎを始めて五年になるが、固定メンバーを持っていない。リーダーになる気がないのは当然なのだが、固定で射手を揃えて置こうという少人数のグループはいない。
アグライア自体が化物豚とたまたま遭遇した事はあったが、化物豚退治の為のチームに呼ばれた事が始めてで、驚きがあった。ヘロンは前衛だけでなく、後衛や補助的役割を持っている人物の能力が必要である事を知っている。
アグライアが今回、儲けが少なさそうに思えたこの仕事の話を聞いてみようかと思ったのは、そんなヘロンに興味を覚えたからだ。
いや、自身に何か言い訳してるみたいだ。アグライアは以前からヘロンに興味を持っていた。いや、一年程前から、突然隣家に住み始めた兄妹二人に興味を覚えていた。二人とも常にフード付の外套を被り、顔を隠すように生活している。
だが隣家に住んでるからこそ、アグライアは見てしまったのだ。
一年隣に住んでいて、賞金稼ぎの仕事で家を空ける事があるとはいえ、一年間で一度だけ。
絶世の美女と言って間違いのない、いや、美少女か、とにかく女神か妖精かと云うような美しさを持った、珍しい群青色の髪をした少女が隣の家の窓から見えたのだ。