17、レイヴン
温かい。温もりが嬉しい。どこか甘い香り。優しく包んで来る香りとともに、穏やかな歌声が耳をくすぐる。聞き覚えがある響きだ。いつまでも寝ておきたい気がする。目覚めたくない。
「甘やかすな。もう起こしていいだろう。おいっ……」
「待って待って。気持ち良さそうに寝てるのに起こさなくていいでしょ」
「身体に問題は無さそうですか? 」
「ああ、身体は問題ないよ。起こして問題ない」
「待ってあげてもいいのに」
三人の女性の声が賑やかだ。頭ははっきりしていないが、寝続けていい方に転ぶようにも思えず、瞼を開く。
おはよう、と優しく話す、アルキュオネー。
視線を外す、イシス。
からかうような笑みを見せる小夜啼鳥
「ここ何処? 」
「ここはあたしの隠れ家の一つ。で、買い出しから戻って来たところさ」
そういうと林檎を渡してくる。上半身だけ身体を起こして受けとる。手ぶらになった小夜啼鳥は生成りの麻の外套を外す。暗闇だから気付けなかったと言うのは言い訳にしかならない。彼女の髪は美しい赤だった。
「知り合いだった? 」
イシスへしっかりと身体を向ける。彼女の右腕の服がそよ風にゆらゆらとなびく。そうだ、顔に痛みは見られないが、確かに切り落とされたままだ。
「そうなの。元々の知り合い。……大丈夫よ、痛くないから」
イシスがレイヴンの視線に対しての返事を口にする。彼女の顔をゆっくり見るのは初めてだ。大きくて丸っこい虎の目のような形をしている。瞳も大きい。その目がコロコロと表情を変えている。面白い子だ。
「ありがとう」
「別に。大事な人なんでしょ? 」
イシスはアルキュオネーを瞳で示す。アルキュオネーの目は上まぶたにシワが重なり美しい長い目をしている。アルキュオネーがイシスに答える。
「兄妹だと思ってくれてるの。私達孤児院出身で同じ日に捨てられたの、同じ場所に……だから、殺し屋なんてしてたのよ」
途中から口調が厳しくなるのを感じたが、二人きりではないのでそれ以上は言わなかった。今回いくつか傷が出来ただろうが、アルキュオネーからしたらどうって事ないのだろう。どちらかと言うと万能薬が効いて体調は良いのかも知れない。
「で、身体を治したらどうするんだい? 」
「リリアンの話か? 」
「そうだ」
「殺したろ? 」
「他の連中は? 」
「リリアンが死ぬ瞬間に後悔してたなら後はどうでもいい。俺を殺しに来たら返り討ちにする、それだけ」
「後悔というか、恐怖は感じていたな。あの顔なら」
レイヴンの返り討ちの部分には笑っていたみたいだが、小夜啼鳥は返事に納得したのか、話を続ける。
「とりあえず、『黒き獣の牙』は返して貰うつもりだ」
「あれは私が……」
「あたしがアールマティだ」
小夜啼鳥の言葉に嘘はないのだろう。あのイシスが反論出来ずにいる。アータル族当代の巫女は殺し屋らしい。
「いい眼をしているし、資格はあるかもしらん。だが今は無理だ。あの刀に飲み込まれて終わりさ」
「使いながら強くなっていくものでしょ」
「独りでどうにかしようなんて思ってる内は駄目さ。一番必要なのは心の強さだよ」
傷だらけの自分自身を見て、イシスの失くなった右腕を見る。アルキュオネーを見てから、レイヴンは小夜啼鳥に答える。
「はい、返します」
と言っても手にしているのはレイヴンではない。枕元に置いていた刀をイシスが再び手に取る。
「素直だな、少年。レイヴンって名前は自称かい? 」
突然の質問の意味がわからない。
「俺が捨てられた時に、手紙があって、俺の名前が書いてあったらしい」
「レイヴンってのは古代語で烏って意味さ」
「あの黒い鳥だろ? 俺を的確に表してるって事だ」
「烏は、知恵者で欲張りなんだがな。あんたは欲が足りない」
そう言って、アールマティはじっとレイヴンを見詰める。そして、力強く言い切る。
「全てを欲しがってみろ! 全てを手に入れ、全てを守り抜く気概を見せろ! 」
「全てを守り抜く……」
「レイヴンは私達を守ったじゃない……」
「いや、いい。ナ……アールマティ、お願いがある」
「言ってみな」
「俺はその刀に相応しい男になる。守りたい者をどんなことをしても守り抜ける男になる。その時、その伝説の刀を受け取らせてくれ」
「ん~、イシス。本当にこいつを予定にしとくのか? 」
「ええ、彼以外には考えられない」
アールマティが腰に差していた細い剣を鞘ごと外す。
「こいつを貸しといてやる。真の欲張りになったら返してもらう。後、例の金貨100枚の懸賞金の話も既になくなってるからそこは安心しろ」
真犯人がニヤリと笑う。
真の欲張りか……。全てを手に入れ、全てを守り抜く……なってやろうじゃないか。どんな事をしても、大事なものを守れる存在に。
何も持たない人間だと思っていたが、大事なモノは意外と多い。それに善人を目指すより、神に救いを求めるより余程いい。
「立派な烏になるさ」
「黒い豹も烏も黒き獣だな」
そう言うと、アールマティはイシスを連れて出て行こうとする。イシスが振り向いて最後に一言放つ。
「レイヴンは何にでもなれるさ」
12/28に修正しています。