15、禁断の子
レイヴンは身体が潰される気がした。返り血の入って見えにくくなった視界が暗くなっていく。意識が遠のいていく。
「「レイヴン! 」」
どちらの声が届いたのか、レイヴンにはわからなかった。わかったのは自分に力が流れ込んで来ること。
「なんだあ? これなんだあ? 」
オーガの疑問に答えはしないが、レイヴンは自分が燃えているのだけはわかった。彼を圧迫していた巨体な腕が外れる。彼は床に落とされる。
「間に合ったみたいだね」
レイヴンはその声に身体を震わせる。何が間に合っただ、絶対に許さない。
オーガがテーブルを投げ付けてくる。レイヴンの身に確かにぶつかる。彼は強い痛みを感じるが、オーガどころの話ではない。
目の前に、あの女がいる。リリアンがアルキュオネーの首にナイフをあてて立っていた。アルキュオネーは縄で縛られ、リリアンの手下が縄を持っている。さらにもう一人の手下は処刑人用の剣を持っていた。刃先が尖っていない、突く必要のない、首を切り落とす為だけの剣を持っていた。
「そうよ。そのまま死んでちょうだい」
「リリアンっ! 貴様」
「レイヴン……」
「レイヴン、後ろ! 」
レイヴンはイシスの声に反射的に身体を転がす。どこから持ってきたのか、オーガがハンマーをレイヴンがいた位置に叩きつけていた。
「避けたら駄目よ、この娘がどうなってもいいのかい? 」
リリアンがそう言うと、手下がアルキュオネーを跪かせる。もう一人の手下が処刑人用の剣を振り上げる。
「俺が死んでも、どうせ殺すだろ。なら人質にはならん」
「殺さないわよ、売れるもの」
「貴様! 」
「そうね、お前が黙って、殺されたら、この娘も殺してあげる。で、お前が歯向かうなら、売ることにしようかしら? 悪魔の娘で、これだけ美少女なら、きっと皆悦んでいたぶる事でしょう」
そう言うと、リリアンはアルキュオネーの群青色の髪をかき上げて耳を見せる。
「貴様~! 」
尖った耳が露になる。イシスがその耳を見て驚くのが、レイヴンには見えた。アルキュオネーの耳の形は紛れもなくエルフのものだ。だがアルキュオネーの髪の色は金髪ではない。
「この娘は禁断の子だろ? エルフとドワーフのハーフ。ふふっ、これは高く売れる。……さて、売るも殺すもどちらでもいいが、黙って死んでくれるなら、お前の希望を聞いてやろうじゃないか」
決して大きな声ではない。だが、リリアンの声が響く。
オーガがリリアンの話など関係ないと、レイヴンに突っ込んでくる。
レイヴンは時の流れが恐ろしくゆっくりと感じられた。
左側にいた赤い髪の少女がリリアン達の元へ走り込む。突然の事に、リリアンも、手下も反応が遅れている。縄で縛られたアルキュオネーが横に飛ばされる。
レイヴンは反射的に後ろへ振り向き、オーガの首筋へ黒い短刀を振り切る。そのまま回転して、リリアン達の方へ向き走り出す。
彼の目の前に振り下ろされた処刑人の剣が見える。
そう。既に振り下ろされていた。
血塗れになった外套を羽織った少女。
床に落ちた右腕。
少女が崩れ落ちるように倒れる。
「イシス! イシスっ! 」
レイヴンは少女の前に屈む。彼女の頭を抱える。
「なんで……」
「失敗した? 」
突き飛ばされたアルキュオネーは酒場に元々いた男の一人に取り押さえられている。
リリアンの前には、オーガ以外の手下達が集まってきている。
レイヴンは首を振る。失敗したなんて言えない。イシスに笑顔を見せる。彼は見せることが出来たと思った。
彼はイシスを床にゆっくりと降ろす。そうだ、最終的に成功すりゃいい。
「ああ。お前ら皆殺しだ」
「わ、笑わせる。お前に何が出来るってんだ」
男の一人が反応する。最後列にいたから声が出たのだ。
レイヴンの身体からは黒い炎が上がっている。自分の身を焦がし、同時に相対する者には死を予兆させて燃えている。
「彼女を助けたくないのかい? お前が歯向かうから余計な血が流れる。別に殺さず、売らず、ほっぽり出すのを約束してやってもいい」
リリアンがアルキュオネーを顔で示す。
「レイヴン、間違わないで」
アルキュオネーがはっきりと伝えてくれる。レイヴンはわかっていると頷く。既に自分もどうなるかわからない。このまま死ぬならせめて、あの女だけは殺す。化け物に、本当になってしまったっていいだろう。
彼を裏切り、彼の大切なものを奪っていこうとしている。ああ、簡単には殺さない。今まで生きてきた事の全てを後悔させてやる。
「あああぁ! 」
リリアンの手下の一人がレイヴンに斬りかかる。既に満足に身体を動かせないレイヴンは左腕で剣を防ごうとする。避ける自信がないからだ。
剣は彼の左腕で止まる。剣はグニャリと曲がっていた。だが、彼の左腕も折れていた。
剣の異常に、男は引き下がる。しかし、彼はゆっくりとしか前に進めない。
「動くなあ! 絶対に動くな。本当に殺す。絶対に殺す」
アルキュオネーの首元に剣が当てられている。
レイヴンはアルキュオネーからリリアンに視線を戻し、一度目をつむる。もう一度、目を開けてゆっくりと前に進む。
男はアルキュオネーに当てていた剣を引いて切ろうとした。
「ひとりでは限界があるのさ、少年」
男は剣を動かせなかった。男の喉から剣が突き出ていた。そして、彼女は現れた。