5章 ライバル宣言
5章 ライバル宣言
信彦が消えて一時間ほどが経ち、ずっと立ち尽くしていた俺はようやく状況を飲み込んできた。いや飲み込まざるを得なかった。
『信彦が、消えた。』
どんなに否定しても否定してもその事実は漠然と俺の前に現れ、いなくなってくれなかった。
その事実という認めたくない相手を前に俺はただ立ち尽くすしかなかった。
そうして立ち尽くしていると「霊珸。」と誰かに呼ばれた。
声がした方を見るとそこには息を切らした咲夜が立っていた。
「さっきすれ違った奴から聞いた。辛かったな。」
何を言っているかわからなかった。
なんで咲夜が?すれ違った奴から聞いた?そうかこれは夢なのか。そうだ、きっと…。
「あの飲み込まれてたのこの前のアイツだろ?」
咲夜の発言に息を飲んだ。そして嫌でも目に焼き付いた信彦が消える瞬間がフラッシュバックした。
「そうか…。やっぱり夢じゃなかったのか…。信彦は、信彦は…。」
咲夜や周りの景色が全部滲んでいた。
「俺なんかを、助けて…。」
「まだだ!」
咲夜の張り上げた声に驚いた。
「まだ諦めるには早い。」
咲夜が何を言っているかわからなかった。信彦は消えてしまった。信彦は死んでしまった。それなのに早い?
「デンバトに優勝しろ。そうすれば。」
「優勝したからなんだって言うんだよ!信彦は死んじまったんだぞ!」
怒鳴ってしまった。別に咲夜に怒っていたわけではない。自分の不甲斐なさに対しての行き場のない怒りを咲夜にぶつけてしまったのだ。
「…すまん。」
「そうなるのはわかる。信彦が死んでしまった事も理解している。だがそれでも優勝しろ。」
なんでそんなこと言うんだよ。こんな状態で優勝なんて。
「優勝すればなんだって願いが叶う。それがデンバトの特典だ。なら優勝すれば信彦だって。」
そうだった。最初に信彦から聞いた、そしてその賞品に惹かれて俺はデンバトに参加したんだった。
「そうだったな…。」
「わかったんなら今日は帰れ!優勝するならこの時間こそ無駄な時間だ!寝る時は寝とけ!それが今、必要な事だ。」
「ああ…。わかった。」
「俺だって明日は二回戦なんだ。信彦の為にもお前は俺に勝って優勝する必要がある。」
「ああ。」
「じゃあ俺は帰るぞ。ここで折れるなよ、霊珸。」
そう言うと咲夜は帰って行った。
咲夜と別れ俺も帰ろうとすると帰り方がわからないことに気がついた。
そうか、俺はこんなことまで信彦に。
歩いているとこの前の店長が迎えに来てくれて、店の先まで連れて行ってくれた。
「ここまで来れば帰れるよね。これからは困った時はいつでも店に来ていいよ。」
「ありがとうございます…。」
店からは一人で歩いて帰った。暗く悲しい道をたった一人で。
家に着き玄関を開けると「霊珸!」と俺の名前を呼び姉貴が玄関まで出てきた。
「春花さんって方から聞いたわ。辛かったね。でも…。」
「ほっといてくれ。」
「えっ。」
「ほっといてくれよ!姉貴にはわかんねえよ!信彦は、信彦は俺の心からそう思える親友だったんだよ!」
まただ。また関係ない姉貴にまで八つ当たりをしてしまった。
「わかるよ。アタシにも。」
予想していない返答だった。
「アンタは、父さんのこと覚えてる?」
突然の質問で言葉が出なかった。
「覚えてるわけないわよね。アンタが二歳の時に死んじゃったんだもんね。私もあんまり覚えてない。」
なんで急に父さんの話なんだよ…。
「実はね、その父さんが電脳世界の生みの親なのよ。」
「はあ?ど、どういうことだよ。」
驚きを隠せなかった。
「だからアンタには出来れば電脳世界と関わらないでほしいと思ってた。」
そんなことを姉貴が。
「けどそう思いながらもやっぱり父さんの子供だからいつかは知って、その中で嬉しいことが起きたり反対に悲しいことが起きるんだろうと思ってた。だからこそ春花さんから聞いた時はやっぱりこうなっちゃったかって思った。」
「そ、そんな…。」
心から声が漏れだした。
「でもアンタにはまだ信彦くんを蘇らせる手段があるんでしょ。だったらそれを成功して見せなさいよ。泣き言なんて成功してから信彦くんの前で言ってやんなさい!」
そう言って姉貴は自分の部屋に戻った。
最後の一言、姉貴は俺を慰めるために無理やりテンションをあげていた。それは俺の目からでも明らかだった。
信彦は姉貴とも面識があったし姉貴だって悲しくないわけない。それなのに俺を鼓舞するためにわざわざこんなことを言ってくれた。咲夜だってそうだ。二人とも俺のために。ここで折れてちゃダメだ!俺はみんなのためにも前に進むんだ!そうしなきゃいけないんだ!
次の日俺は普通に学校へ行った。
学校にはやはり信彦はいなかったが何故か信彦は急な海外留学ということになっていた。運営がもみ消したのか?
疑問を持ちながらも帰りのホームルームまで誰と会話することもなく過ごした。
帰りに今日は咲夜の二回戦だということを思い出しどうせ勝つと思うがとりあえず見に行こうと店長のいる店へ向かった。
店の中にある、試合を見れる大型のモニターを見るとそこには前回見た圧倒的な力を誇る咲夜ではなく攻撃をただ受け続ける防戦一方の咲夜の姿があった。
攻撃している方を見てもまるで咲夜を嬲っているようで、とても反撃できないようなものではなく、前回見た咲夜ならいつでも倒せそうな単調なものだった。
そういえばこの攻撃している方どこかで見たことがあるような気が。
すると同じモニターを見ている男性がもう一人の男性としている会話が耳に入った。
「あの二人、同じ高校同士らしいぞ。しかも攻撃してる方は三年で受けてる方は二年だって。」「それじゃ三年の方が勝ってもしょうがねえな。」「にしてもつまんねえ試合だな。」「ああ全くだ。」
咲夜の前回の試合見てもそれが言えるのか?と言いたくなったがそれよりも同じ高校ということが引っかかった。
やっぱり俺はあの男を知ってるのか?
注意深く咲夜の試合を見ていると段々咲夜が時間稼ぎをしているように見えてきた。あれは嬲られているように見えて絶妙に相手の攻撃を致命傷にならない程度に流しているんだ。
しかし何故?
そう思っているとふと俺はあの男について思い出した。
あの男はうちの高校でも卑怯で有名な比嘉島先輩だ。
比嘉島先輩は去年同じ野球部の松田という後輩にスタメンを取られそうになり練習中の怪我に見せかけて全治二ヶ月の大怪我を負わせさらにそれを何かしらの力でもみ消したと言われている先輩だ。証拠だって揃っているが何故か周りの大人が庇うため生徒の裏では卑怯ということで有名になっている。
そんな先輩と戦っていて時間稼ぎをしているということはきっと何かあるんだ。
そう思うと俺は急いで店を出て学校へ向かった。
比嘉島先輩が野球部ということもあり野球部のグラウンドの方へ行くとどうやら今日はオフの日らしく野球部は練習していなかった。
そしてグラウンドを隅々まで見たあと野球部の倉庫の方へ向かうと鍵の閉まった倉庫の中からうめき声のようなものが聞こえた。
きっとこの中だ。
俺は急いで職員室に向かったが職員室には野球部の倉庫の鍵はなかった。
どうすればいいかわからず倉庫の前にいると用務員が来たので「忘れ物をしたのだが取れない。」と嘘をつくとマスターキーのようなものを貸してくれた。
その鍵で扉を開くとパイプ椅子に座らせられ手足や口を縛られている輝夜がいた。
俺がすぐにその拘束を解いた。
「ありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか。」
すぐに輝夜は言った。
「礼なら咲夜に言ってください。俺も昨日助けられたので。それより早く行かないと。」
そして倉庫の鍵を閉めて鍵を返すと俺は輝夜を抱かえて急いで店に戻った。
店に戻ると逃げ回る比嘉島先輩を仕留めて勝利した咲夜の姿があった。
他の見ていた人が「何があったんだ」と思っている中、俺だけは一人胸をなでおろした。
少し時間が経つと咲夜が店の転送装置を使って電脳世界から店に帰ってきた。
「勝ったみたいだな!」
「ああ。お前も戻ったみたいだな。それより、輝夜を助けてくれてほんとにありがとう。信じてたぜ、気づいてくれるって。」
まだ会って間もない俺を励まし、信じてくれるのか。咲夜は良い奴だな。
「ああ!お前に負けられちゃ困るぞ。お前は俺のライバルだからな!」
「ライバルか。そうだな、ライバルだ。」
「だからこそ。負けんなよ、咲夜!そんで決勝で戦おう!」
「ああ、お前も負けるなよ。そして決勝で勝つのは俺だ。手加減はしない。」
「ああ!もちろんだぜ!」
「じゃあな霊珸。帰ろう輝夜。」
「うん。今日は本当にありがとう霊珸さん。」
別れの挨拶を告げると咲夜たち兄妹は帰って行った。
咲夜とライバルかぁ。勢いでライバル宣言をしてしまったけどこれでとうとう負けられなくなったな!
こうなったら地区大会決勝で咲夜に勝ってそのまま全地区大会本戦も優勝して絶対に信彦を蘇らせてやるぜ!