やあ、ジュモク!俺に悩みナンテないさ!あははははっははっははっは!
震える指を、画面に触れさせようとする。
ただ、LINEを送りたいだけなのに。なのに、息をするのが苦しくなるような恐怖に襲われる。でも今日こそは伝えたかった。さっさと伝えて田舎に引っ越してしまえばいい……。
震える指を、どうにか抑えようとする。
送信する。そしたらまず実家に帰る。田舎に引っ越す準備をする。それからは一人で細々と仕事やって静穏に暮らしていく。
それもなかなか悪くないんじゃないだろうか。
でも『好き』だと伝えたら、彼はどう思うだろう。ショックかな。ただ引かれるだけかな。なんとも思わないかな。なんにせよ両想いなんてことはまずないと思うけど。
――震える指で、送信を押した。
〇
広大な野原!美しい雲!爛漫と咲き誇る花!爽やかな空気!
新緑の葉を自身にまとったジュモクは、大の字に寝っ転がる俺をじっと見つめていた。しばらくして、美味しい空気を肺いっぱいに吸い込む俺を見て、しんどそうに口を開く。
「ここに人間がくるなんて、珍しい。で、お前なんでこんな所にきたんだよ」
「なんでだっけ?どこかに行きたかったのかな」
怪訝な顔をするジュモクは、馬鹿みたいな俺の返事を聞いたら、呆れたように黙り込んでしまった。
そんなジュモクの反応なんてどうでもいい俺は、勢いよく起き上がり、どこへ行こうかな、なんて考えることにした。でも、右も左も前も後ろも、おんなじような光景が広がっていて、そんなこと考えるだけ無駄なように思えてきた。
じゃあ、適当に前に進もうか。うんうん多分それがいいだろう。
広大な野原をあてもなく駆けるが、すぐに足が痛くなってやめた。そういえばそうか、靴を履いていないんだった。気が付けば白かった靴下は薄汚れて灰色へと変化していた。
ピコン!
音が鳴ってびっくりする。なんの音だろう?
「人間。こんな所で一体なにやってんの?」
足元にいたハナが話しかけてきた。鮮やかな赤がまぶしく感じる。
「さあ?わかんないや」
「うむ……多分君には悩み事があるんだと思う。よかったら話を聞くよ」
悩みが?そんなもの、俺にあっただろうか。
俺はその場にしゃがみ込み、悩みがあったか考え始める。悩み、悩み、うーん……あっ!そういえばここに来る前に凄く悩んでたっけ。
「好きな人がね、同性だったから悩んでる」
「同性?それの何が問題なの?」
ハナはきょとんとして、そう返した。
「あれ?なにが問題なんだろう?よくわかんないけど、おかしいことなんだって」
「なにもおかしくなんてないさ!ハナだってハナなのにオオカミに恋をしているんだから!」
そうか!ハナはオオカミに恋をしているのか!じゃあ同性を好きになったことは、なんてことない話だったな。なあんだ、悩んで損した。
「ありがとうハナ。俺はもう行くよ」
「君の力になれたようで嬉しいな。お元気で!」
ハナに手を振って、また歩き出す。
晴れやかな気持ちになった俺は、稚拙な口笛を吹きながらスキップをする。たまにすれ違うチョウチョやサルに挨拶して、道を進んでいく。しばらく進んでいくと、いつの間にか暗くなってきているのに気が付いて、少し休もうと座り込む。
空を見上げると、薄暗いクモが空を隠そうとしていて、雨が降るかもと不安になった。
「おい人間!」
「えっ、なに?」
クモの怒ったような声に、びっくりして身をすくめる。
「さっきハナと話してたのを、聞いていたぞ!なんて奴だ!」
「な、なんで怒ってるの?」
ハナとの話で、なにかクモの癇に障るようなことを言っただろうか。
「なんでだって!?お前はなんにもわかってないんだな!自分の言ったことよく思い出せよ!」
「わからないよ。それに、怒鳴らないでよ、怖いんだ」
クモは俺の言葉に憤激して、いよいよ空を見えなくしてしまった。
「俺に口答えするな!いいか、同性を好きだなんて間違ってるんだ!異性を好きになれ!」
「そんな!ハナだってオオカミが好きじゃないか」
それは、おかしくないってさっき気が付いたばかりだ。俺はそんな言葉には惑わされないぞ。俺はおかしくなんてない。
「そんなの一時の気の迷いに決まってる!子供も産めない相手だろ!?」
「異性でも子供を産めるとは限らないのに」
バリバリバリバリッー!!!
突如響いた轟音と、振動に驚き頭をかばう。
しばらくして顔をあげると、あたりはおどろくほど真っ暗になっていた。クモが真っ黒くなっていて、雨が振りだす。さっきのは雷……?
「うるさい!黙れ異常者め!同性愛は異常だからだめなんだ!俺の言うことがわからないのか!?今度はおまえの頭に雷を落としてやる!」
「やめて!誰か助けて!」
俺は慌てて逃げだした。
一体どこに向かえばいいのかわからないけど、このままじゃクモ殺されてしまうと思ったから、がむしゃらに逃げる。ぬかるんだ地面に足をとられながらも逃げる。その間もずっとクモは、俺に雑言を浴びせ続けた。
逃げ続けていると、いつの間にかクモの声は聞こえなくなった。
再会したジュモクに寄りかかり、息を整える。ああ、足に切り傷ができてしまった。
「ねえジュモク、ここから帰りたい。帰り道を知らない?」
「そんなの知らないよ。諦めてしまえばいい」
ジュモクは面倒くさそうにぼそぼそと言った。雨音にかき消されてしまいそうな程、静かに話すものだから、一瞬なにを言っているのかと考えてしまった。
諦めてだなんて、酷いことを言うものだ。
そこに、チョウチョとサルがきた。
「お、おい、人間!」
「お前のせいで天気は荒れ放題!最悪!」
チョウチョはおどおどと、サルはヒステリックに、俺にむかって怒鳴る。
「そんな、俺のせいだっていうのか」
「お前のせいで、い、いつも晴れてたのに!」
「寒くてしょうがない!風邪でもひいたらどうする!?」
ジュモクはため息をついてからだんまりを決め込んだ。
「この人間は異常だ!」
クモの声。まだ俺になにか言うのか。
「おい!チョウチョにサル!こいつは異常だよなあ!?」
「そ、そうだ!異常だ!」
「こいつは異常!」
ピンポーン!
と、陽気なクイズの正解音がどこからか鳴った。
ピコン!
「おい!チョウチョにサル!同性を好きになるわけないよなあ!?」
「あ、あたりまえだ!」
「好きになるわけない!」
ピンポーン!ピンポーン!
さっきからなんだよ。どこから鳴ってるんだ!
ピコン!
ピコン!
ピコン!
「うるさいうるさいうるさい!」
その時、携帯の着信音が耳元で鳴り響いた。
「――え」
毛布があったかい。
ここは、家か。そうか、ずっと家にいたんだ。
床で寝たせいで、体が痛い。あと、着信音がうるさい。
「……もしもし」
『もしもし!大丈夫?』
夢のせいでだいじょうぶな気分ではない。
「……大丈夫。寝てた」
『寝てたからか。あのLINEから連絡とれないから心配したよ』
あのLINE?
……あ!
『あ、あとドア開けてくんない?今ドアの前にいるからさ』
「わ、わかった」
通話を切って、LINEを確認する。
ちゃんと『好きです』というメッセージは送信されていた。 からは『送り先間違えてる?(笑)』『今家いる?』『ドア開けてくれー』『大丈夫?』『心配なんだけど』とメッセージがきている。
どう接すればいいか悩みながら、ドアを開ければ「あー寒かった」なんていいながら無遠慮に家にあがられる。
「LINEの、好きですって」
「間違えてないよ」
彼の言葉を遮って返事をよこした。彼の言葉が怖かったから。
「なあ、俺も……なんだけど」
「えっ」
俺も、とはどういう意味だろうか。好きってこと?いや、好きってなにがさ。
「俺も、お前に恋してる」
ズキュン、と心臓を貫かれたような感覚に襲われた。ピンポイントショット……。
「付き合ってくれないか?」
「うん!」
やっぱ不幸の後の幸せは気持ちがいいね☆彡
やったー^v^