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#7 雨の日の死神

本編にはなんの関係もありません

ただ恋愛要素を強めるためのものです

ただ読んでいたら、もしかしたらニヤッとするかもしれません

 窓から外を眺めると、灰色の空が遠くまで広がっていた。実際には雨のせいで遠くまで見えないが、私にはあの灰色の空がどこまでも続いているような気がした。

 カーテンを閉め、電灯をつける。二回ほど点滅してから、放たれた明るい光が部屋中を照らす。ホッとしたのになぜか溜息が出そうになり、耐えようとすると胸が苦しくなる。

 胸に何かがつっかえたまま、台所へ向かう。そして電気の光が微かに届く冷蔵庫をそっと開ける。扉側、指定席にいる牛乳を取り出し、流しの横の棚から取り出したコップへ牛乳パックをゆっくり傾ける。

 だがいくら傾けても数滴しか牛乳が垂れない。そういえば、最近買い物に行ってなかったな。再び冷蔵庫の扉を開き、中を覗き込みながら思う。


「もう!」


 扉を叩きつけるようにしめ、再びリビング兼寝室へ。点けたばかりの電灯のひもを引き、散らかった机の上に置かれた財布を握り、玄関へ向かう。少し泥のついたスニーカーに両足を突っ込む。右手に財布を握り左手で壁に手をつき、交互ににつま先を地面にトントンとつける。

 下駄箱の横の傘立てから一本だけ立ててある女性用の小さい赤色の傘を取り出すと部屋を出、鍵を閉める。閉まる音を確認し鍵を右のジーパンのポケットに入れ、そのまま部屋の前の廊下を歩く。ふとそこから景色を眺めると、雨の筋により視界が悪くなっている。そしてここが四階であるにもかかわらず雨音が大きく聞こえる。

 夏なのに肌寒さを感じる空。エレベーターに乗り込み、こう雨が強い日は嫌だなぁなどと他愛もないことを考える。

 こう天気が悪いとテンションも下がる。また無意味に溜息が出そうになる。それを耐えるように下を向くとエレベーターの片隅に、汚れて黒っぽくなった茶色のテディベアが落ちていた。誰かが落として行ったのか、片隅にぽつんと座っているその姿から虚しさを感じる。

 考え事をしていると時間とはあっという間に過ぎ去ってしまうもので、エレベーターのベルが鳴るともうすでに一階に着いていた。

 エントランスと言うには少し無理があるような場所を通り抜けようとすると、管理人が新聞を読んでいる。最低限の会釈を軽くし、玄関を出た。さすがに下まで来るとさらに雨音が大きい。

 気分が下がりながらも、赤い傘を開き、マンションで出発した。出発と言っても道路を挟んで向こう側に見えるコンビニに行くだけなのだが。

 ただ雨なので車の通りが多く、道路を横断できない。しょうがない、信号まで歩くか。それが普通だと思うだろうが、その信号まで行くのが遠い。憂鬱な中、わざわざ二〇秒ほど歩いて横断歩道を渡る。

 道のわきを見ると投げ捨てられたペットボトルや空き缶、それに煙草の吸殻。まったく人間というものは自分一人からできるものはないのかと考えるならよいものの、自分一人なら関係ないと簡単にゴミを投げ捨てる。また人間嫌いがひどくなりそうだ。三度目の溜息が付きたくなった。本当に今日という日は、嫌な気分にさせる。


「いらっしゃいませ」


 営業スマイルで私を迎え入れるコンビニ店員。嘘でもこのくらい笑っていてくれる人が傍にいるとなんだかホッとする。傘立てに傘を収める。

 よし、ここに居座ろう。

 こうも雨が続く部屋に一人でいると、本当に鬱になりそうだ。籠を片手にコンビニの一番奥に。並べられている牛乳の中から、一番安い銘柄を選ぶ。これもしょうがないのだ、死神協会がもっと予算を出してくれさえすれば。

 卑屈になっている自分に気付き、首を左右に振る。ふと左を見ると店員が不思議そうな顔でこちらを見ている。なんだか恥ずかしくなり、籠に牛乳を入れるとお菓子の棚に行く。ここに居座るのに牛乳だけを買うのが申し訳ないという気持ちと、ついつい買ってしまうあの感覚からであるが、こんなことをしている私に予算のことについて文句を言う資格があるのかも微妙だ。

 適当なチョコレートでコーティングされたスナック菓子の小さい袋を籠に入れ、今度は雑誌売り場へ。これといって決まった週刊誌は読んでいないが、時間潰しと社会勉強のために時々いくつかある中から無造作に選んだ週刊誌を立ち読みしている。今日は何を読もうか。迷いながらタイトルを見ていると『意中の男子を自分のものに!』と書かれたファッション雑誌が目に留まる。手に取ってみるとその横に浴衣特集と書かれている。


「浴衣か……」


 確か去年の誕生日だったか、氷堂さんに巾着や下駄など一式を買ってもらった気がする。いや、正式には出所が分からない浴衣セット一式ををもらっただろう。雑誌を開いてみると、さまざまな浴衣姿の女性の写真が載っている。女の私でも見惚れるほど綺麗だ。いつしか時間を忘れ、じっくり読みこんでいた。

 ふと顔をあげてみると雨はだいぶ小降りになっている。だがもう少しで読み切れるんだからと、雑誌のページをめくり続けた。


「やっと終わった」


 意外と面白い内容だった。何か機会があれば浴衣が来てみたいと思う。

 さて、そろそろ帰ろうか。そうおもい雑誌を棚に戻した時、扉を勢いよく開け、見覚えのある人物がコンビニへとやってきた。


「チクショー、なんでこんな時に限って雨が降るんだよ」


 青済高校の制服。聞き覚えのある声。それにサッカー部の青と白のクラブバッグ。間違いなくその人物は福本だった。


「よう、紅」


 向こうも私に気付き、右手を軽く挙げて私に微笑む。だがその後大きなくしゃみをした。まったく呆れた奴だ。


「何してたんだ?」

「見りゃわかるだろ? 練習だよ、ほとんど筋トレだったけどな」


 外を見ると再び雨が強くなってきている。まったくこの雨の中を走ってくるとは、馬鹿なやつだ。


「そんなことよりお前は何でこんなところに?」

「私の家がすぐそこだって知ってるだろ」


 まったく昨日のことを忘れているとは……。呆れて何も言えない。福本は誤魔化すように笑い、頭をぼりぼりと掻いている。


「ったく……。すぐそこまで来るなら、傘を貸してあげないことはないけど――」

「マジでか!? さすが紅だな」


 福本は私が言いきる前に、私に傘を借りようとしていた。まったく調子のいいやつだ。レジで代金を払い、傘を開きコンビニを後にした。

 やはり車の量が減ったといっても、やはり渡ることはできない。


「横断歩道まで歩くか」


 福本も同じように思っていたみたいで、信号の方へ向きを変えたときだった。先ほどまでとは比にならないほど雨が一層強くなり始めた。無意識に二人とも女性用の小さな傘の中心に体を寄せる。お互いの体が触れると驚きビクンと反応する。


「あっ……」


 私は目を背けた。無言のまま横断歩道まで歩く。雨の音より心臓の音の方が大きく、まったく集中力がない。

 待てよ、福本の方はどんな反応をしているのだろうか。会話のないまま、ゆっくり彼の方を向いた。福本は普通の顔をして歩いている。

 ふう……意識していたのは私だけか。少しがっかりした。だがよく見るとそうではない。軽く唇をかみしめ、腕も固まって傘が固定されている。おまけに耳も赤い。照れている証拠だ。それを見て、クスッと笑う。それに気付いたのか、福本もこっちを向く。もちろん未だに口元はこわばっている。それがまた可笑しかった。私のつぼにハマり、笑いが止まらなくなる。

 笑い続ける私を見て福本は首をかしげる。会話こそなかったが楽しい帰路となった。玄関のエントランスのところで、傘をたたむ。水滴が傘の先から流れ、地面の色を変える。


「それじゃあ、この傘借りていくな」


 福本は約束通り、傘を借りていく。私に背を向け、傘をまた開く。その背中がなぜか遠い気がする。


「福本!」


 呼びかけると福本は振り返る。その顔は意表を突かれかなり間抜けな顔をしている。


「約束忘れんなよ!」

「わかってるって」


 福本は子供のように笑った。先ほどまで強張っていた口元は上がり、とても無邪気だ。そして何よりあの冷たい眼はしていない。それだけで私はうれしかった。あの溜息のつきたかった先ほどまでのことはすっかり忘れさせてくれるほどに。

 見送ることもなく運よく止まっているエレベーターに乗り込むと、密室の隅にはさっきのテディベアがまだ転がっていた。なぜかそれを屈みこんで拾い上げる。

 手の平サイズの可愛らしい茶色のテディベア。よく見ると思っていたほど汚れてはいない。


「一人ぼっちか……」


 エレベーターに落っこちていたテディベアに自分が重なる。私はそのテディベアを持ち帰ることを決意した。

 鍵を開け部屋に入ると、机の上に財布とテディベア、そして買ってきたコンビニの袋を置き、タンスを開いて探し物を始めた。

次回から一気に話がエンドへと突っ走ります

小ネタの複線はこの回からたっぷり出ますのでお楽しみに

余談ですが、この回は完結した後に書き足した作品です

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