#6 水も滴るいい死神(後編)
今回はいろいろな思いが絡む回です。
ちょっとベタな感じも受けますが、楽しんでいただければ幸いです。
「それじゃ、またね」
「うん、バイバイ」
西の空の端がほのかに赤く染まり、空には大きな半月と一番星が輝いている。
国見に送られ、奈美恵ちゃんと紗綾香は去っていく。私はというと福本に家まで送られている。家と言っても、死神協会が用意してくれたマンションの一室、四四四号室。そんな冗談みたいな小ネタは必要ないのだが……。
「今日は悪かったな、紅」
肩を並べて歩いていると、不意に福本が言う。しかしその言葉は重たく、私の心にズシンとのしかかる。まともに顔を見ることもできず、小さく首を横に振ることしかできなかった。
「……私のせいなのに」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
小さく思わず口から出ただけなのに気付かれた。ちょっとだけ気まずい。
あと三日以内に福本を殺さなきゃいけないのか……。人間が大嫌いで、殺すことが楽しくて、次の任務が心待ちだった私はどこへ行ったのか。死神の戒、六十六条か。氷堂さんが言っていたのはこのことだったのか。
「なあ、紅。三日後の青済神社の夏祭りに一緒に行かないか?」
「…………うん、私はいいよ。もちろんみんなも呼ぶんだよね」
三日以内に殺さなければいけない相手に遊びに行くように誘われるなんて……。私にとってこれほど残酷な運命はなかった。
福本は少し照れくさそうに口を開く。
「いや……、二人でだけど。それじゃ嫌か?」
「……それってデートってこと、だよね?」
私がそう言うと街灯に照らされる福本の顔が少し赤らんだ。それを見て私の顔が熱くなっていくのを感じる。
「まあそういうことになるよな……やっぱ、嫌だよな?」
福本の顔がわずかに下を向く。気まずくなったのが自分のせいだと詫びるようにその眼は冷たいあの眼になっていく。街灯と月の明かりしかない夜道でもそれははっきりと確認することができた。
「……ううん、別に嫌じゃないよ」
軽く顔を左右に振って言った。
何を言ってるんだ、紅彩。私は誇り高い死神。三日以内にこの男を殺すように命令されているのに三日後にこの男と遊びに行くなんて、ましてやデートなんて。
「それじゃ、待ち合わせは青済神社の鳥居の下でな」
福本はうれしそうだ。近いうちに私に殺されるとも知らずに……。あの冷たい眼のままでいてくれたならどれだけ殺すのが楽だったのか。
それから沈黙が流れていく。その時間が延びれば延びるほど、唇が重くなっていく。
「あっ、私、ここでいいよ」
ようやく私の口から出たのがそんな言葉だった。
「うん、それじゃあな」
福本は一八〇度方向を変えて、歩いて行った。私は福本が闇に消えて見えなくなるまで黙ってずっと見送り続けた。
*
「よう来たのう、氷堂」
「お久しぶりですわ、明智先生」
人間との世界とは全く違う次元と言えるほど、重い空気が流れる世界。窓から覗く空の色はカラスの羽のように黒っぽいが不規則に暗い青や緑に変化している。
その異世界とも言うべき空間に建つ寝殿造の建物。見掛けとは異なる洋間で明智と呼ばれた大柄で立派な白髭を蓄えた男は、大きな黒の光沢のあるソファーに座っていおり、氷堂を立たせたまま話を続けている。
「で、氷堂よ、今日はどうした? ワシのことを嫌っとるお前がわざわざワシを呼び出すんじゃから、なんかようがあるんじゃろ?」
「嫌ってるわけないでしょ。ただ馬が合わんだけですよ。さてと、単刀直入に言いますと僕の弟子の紅彩の話なんですが――――」
「おう、お前の一番弟子の子やろ? 若い時のお前に負けず劣らずの優秀な子と聞いとるが」
「実はその子が、急に人間に特別な感情を抱きまして。釘は打ったつもりなんですけど、それでももう止まらないみたいなんで」
「なるほどのう。それでその子を死神から外したいと」
戒を破った者は、死神の力と記憶を失い、ただの人間へと成り下がる。これが死神の戒のすべてに通じる大原則。
「いや実は…………」
氷堂は紅彩についてのすべてのことを明智に話した。そしてそれに対する自分の考えも話し終えた。長い話だったが明智はすべてを聞き、判断を下した。
「わかった。協会にはワシの方から上手い事言うといたるから」
「先生、ありがとうございます」
礼を言ったものの氷堂の表情は浮かない。それを隠すように氷堂はテレポートを使ってその場から消えた。明智もやれやれと言った風に大きく溜息をついた後、懐から葉巻を取り出し、火をつけるとそれを口に咥えた。そして白い煙を吐いた後、独り言を呟く。
「あの性格……、相変わらずじゃのう、氷堂」
いかがでしたか?
徐々に自分の気持ちに気付き始める彩、それに引き寄せられるような福本、そして不穏の動きを見せる氷堂。
さらに突如として現れた死神教会の重役の明智。
エンドまで物語は動きます。