#3 死神氷堂
#1のあとがきか、どこかで主な登場人物は3人という話をしたと思います。
今回、その3人目の重要人物が登場します。
作者のお気に入りですので、気に入ってもらえれば、嬉しいです。ちなみにこの回は細かい伏線を張る回ですので、やや物足りないかもしれませんが読んでくださいm(__)m
「なんで私、こんなとこにいるんだろ……?」
校舎の西側にある青済高校専用のグラウンド。野球部やラグビー部と併設して存在するサッカー部の部室として使われているコンテナ。サッカー部に所属する福本を追ってここまで来た。幸いにも同じクラスで彼と親しい岩崎紗綾香もマネージャーをしている。何も分からない転校生が友達に誘われ、部室までやってきたと言えばなんら不思議ではない。それでも部室まで押し掛けるのは抵抗があるのは確かだが……。
「彩〜、来てくれたんだ」
部室の扉の前で内なる葛藤をして、部室の前をうろうろとしていた私に彼女――岩崎紗綾香が声をかけてきた。正直助かったと思った。
転校してから今日までの一週間、私は彼女と親密な関係を築いた。理由は彼女と福本が親密であったから、ただそれだけだ。話を聞いてみると幼馴染で今はサッカー部の部員とマネージャーという間柄だそうだ。
「彩、ほんとに来たんだ」
彼女の後ろに後輩と思わしき、少女が一人いるがやはり私が来たのがうれしかったのだろう。ジャージ姿の彼女はスポーツドリンクを作るためのボトルを手に、こちらへ駆けてくる。
「早く馴染もうと思って」
あたしは作り笑いを浮かべた。こういうときは笑っていれば、なんとかなるものだと私を死神にしてくれたあの人が教えてくれた。現に両手いっぱいに抱えていたボトルを渡し、行こうと言いだした紗綾香は満面の笑みを浮かべている。人間の笑顔は苦手なのだが、これも仕事のためと自分を納得させ、仕事を始めた。ちなみに練習が始まってから着替えるようにと彼女に言われたので今は制服のままである。
私たち三人はボトルを手に、グラウンドの端にある水道へと向かった。ランニング途中の野球部とすれ違った時に同じクラスの国見を見つけた。かなりのお調子者でクラスのムードメーカー。それでも女の子と一対一で話せないらしく、そういうところが女子に人気があるらしい。もちろん私がこんな奴に気があるはずもなく、ただ福本や紗綾香の幼馴染と言うだけで覚えている。これも紗綾香に聞いた情報だ。ここまで話を聞き出すのに結構苦労したが、情報源が増えたので収穫と言える。
彼女とその後輩と三人と話しながら、水道まで着いたと同時に私の携帯に着信が。
「あっ、ちょっとごめんね」
差出人は不明、件名はキル・メール。任務中のキル・メールは大体が重要な連絡事項など無視できないもの。そして今回の内容はある場所に来るようにというものだった。
「ごめん、二人とも。用事ができたから今日は帰るね」
こういうときは笑顔より、申し訳なさそうな顔。これにごまかされ、彼女たち二人はうんと言った風に小さく頷いた。
部室の前に置いた鞄を右肩に掛け、小走りでその場を立ち去った。ちなみにさっき紗綾香の後ろにいた少女は、福本奈美恵。あの福本の実の妹だ。この出会いはとても大きな収穫だろう。福本はここ一週間ほど朝連より先に家を出ていくらしい。どこかに寄っているのかもしれない。
秘密の場所ならば、人も少なく殺すことも容易だ。それに妹がいるとなれば、場所によっては幻覚を見せてあの岸田君の様に殺すこともできる。幻覚を見せること自体、素手でできることではなく死神の特殊な道具を用いる。調査書を提出してようやく使用許可が下りるのだが、その調査書も私にしてみればほんの一〇分ほどで書きあげられる簡単なもの。私の師に当たる死神は、特殊なスキルで自分の力だけでできるのだが。とにかく情報集めは、私の一番重要視する分野であり、得意分野である。じっくりやっていこう。
そんなことを考えているうちにいつしか指定された場所へと到着していた。高い塀に三方向を囲まれている俗にいう行き止まりというところだ。
「ア〜ヤちゃん! どないしたん、いつになく冷たいオーラを出して?」
夕日をバックに二メートルほどの高さの塀に腰掛けている何者かは言った。この声と特徴的な関西弁で誰かはわかるが。
「何にもありませんよ、氷堂さん。それとそこ、眩しいんで退いてくれません?」
「おうおう、すまんなぁ。よいしょっと」
氷堂さんは塀の上で立ち上がり、そこから飛び降りた。膝をクッションの様に使って軽やかに着地すると、ゆっくり立ち上がりこっちを向く。逆光で分からないがいつものように狐のような切れ長の目でこっちを見ていることだろう。
この氷堂さんがさっき言っていた師匠であり、私を死神にしてくれた張本人だ。
「それで私を呼び出してどうするつもりですか?」
私が問いかけると、肩より短いくらいに伸ばした銀髪と季節はずれの白っぽいベージュのあまり趣味のよくないコートを夏風に揺らし、こちらへ歩み寄る。
そもそもこんな奥まったところにキル・メールを使って呼び出すのは氷堂さんしかいない。この氷堂さんが私を死神にしてくれた恩人。身内の記憶をなくした自分の肉親以上の存在。父親よりも兄のような存在という表現が最も的確だと思う。
「いやなぁ、後一人で昇格できるって聞いてお祝いを言いに来てん。メールやったらなんかそっけないやろ?」
「……職権濫用はいけませんよ。ましてや自分も任務中でしょ?」
痛いところを突かれたとばかりに右手の人差し指だけで右の頬を掻き始めた。こういう子どもっぽく、人間臭いところが昔っから苦手だ。大切な人には変わらないのだが。
「それにしてもその冷たい青いオーラの奥にちょろっとだけ見える嬉しそうな黄色いオーラはなんなん?」
言い忘れていたが、氷堂さんは特殊なスキルとして超能力が使える。幻を見せたり、物を動かしたりと言ったものがそれに当てはまる。オーラが見えるのもその一つだ。本人曰くオーラである程度の感情がわかるらしい。
「まったく意味がわかりませんが……」
「もしかしてあの福本って子に惚れた?」
「なにを言ってるんですか? ……というか見てたんですね」
「ああ、いや、その……」
やはり見ていたか。死神の中でもかなりの実力者の氷堂さんは、仕事の合間に私を見に来る。数年前、一時間で一三人を殺したのは今となっては伝説となっている。その人が親馬鹿というかシスコンというかなんというか。まったく呆れて何も言えない。
「まあ、おめでとうってことで。それと死神の戒の六十六条を言えるか?」
急に厳しい顔になった。それにこの突き刺さるような威圧感。これが一流の死神。同じ死神の私でも恐怖心を感じ、体が勝手に一歩後ろに下がりかけた。だがそれを誤魔化すように振り返り歩き始めた、氷堂さんに悟られないようにゆっくりと。
死神の戒とは絶対三法とは別に定められた死神のルールだ。絶対三法を破ったものは処刑、死神の戒を破ったものは記憶をすべて失いただの人間へとなり下がる。
何歩か進んだ後、顔だけ後ろを向き私は言う。
「そんなのわかってますよ。死神は標的に友情や愛情及びその他の特殊な信頼感情を抱いてはならない……、そんなことするはずがないですが」
なぜか自分に自信が持てなかった。今まではいとも簡単に言いきれたのに……。自然に視線が地面へと落ちていく。
「それならええわ。そんなことしたら、僕が彩のことを殺さなあかんようになるから」
その言葉が重たかった。冗談のつもりかなぜだかわからないが、氷堂さんは笑ってみせる。いや、冗談だろう。死神の戒を破ったところで殺す必要なんてないのだから。
しかし氷堂さんなら今の私の感情もわかっているはずだ。これがあの人なりの優しさだと気付くのは家に帰ってからである。
「たぶん、そんなことないでしょうけどね」
たぶん? 以前の私なら絶対と言いきれたのに。自信を無くした私は来た道の方を向き歩き始めた。もう突き刺さるような威圧感を氷堂さんは発していない。私は意図せず走り出しその場を立ち去った。
氷堂、いかがでしたか?
ユニークながらも実力は折り紙つきで、時折見せる一面。
主要人物3人のうちの誰から気に入れば、この『死神に幸あれ』という作品は楽しんで読めますので、みんな好きと言う人は芽衣いっぱい楽しんでください。
またみんな嫌いと言う人は、後半好きになるかもしれないので読み続けてください(笑)。