#10 花火大会と死神
「着いたぜ」
福本に連れてこられたのは、神社からそう離れていない団地の中心に位置する公園だった。キャッチボールをしても怒られないほど広い。夏祭りのおかげで前の道は人通りは少なく、元からこんな時間に人なんていないんだろう。言わばこの公園は私たち二人の貸し切り状態だ。
福本と“二人っきり”……。誰にも見られていないけど、ものすごく恥ずかしい。激しい心臓の鼓動が体ごと揺れ動かしそうなほど強く脈打っている。
「ねえ、こんなところでどうするの?」
暗い中、福本の顔を覗き込むように聞いてみた。
「まあ、見てなって。ほら、そこのベンチに座れって」
暗い公園の中で一つだけ輝く街灯の下にある青いベンチ。おそらくあのベンチのことを言っているのだろう。
声のトーンからかなりテンションが上がっているのがわかる。きっと何か考えがあるはずだ。
福本を信用していないわけではないが、暗闇で高校生の男女が二人っきり――――。そのシチュエーションだけでドキドキしてくる。
「キャッ!」
浴衣に合わせて下駄を履いてきたのが間違いだった。小さな石につまずき、彼の――福本の胸に、顔を埋めるように倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「うん……」
うんと言ったものの私はその場から動けなかった。腰が抜けてしまい、動けない。まったく死神として情けない限りだ。昔の私ならこんなことなんてなかったのに。しかし動かない理由は動けないだけではない。彼の腕の中が温かかった。彼の速い心臓の音が近くに聞こえる。私の力強い心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと言うほどに。
「彩……」
福本は私に手を回して抱きしめてくれる。初めて私を下の名前を呼んでくれた。それがうれしかった。自然と彼の腕の中で目をつぶる。この時間が永久に続けばいいと心の底から強く願った。願わずにはいられなかった。
そっと彼が私の頭をなでようとしたときに、天高く明るい華が大きな音をたてながら咲いた。
「きれい……」
思わず私は呟いた。一つ、華が咲くと次々と色とりどりの華が咲いていく。
「ホントはあのベンチで見たかったんだけどな。その為にこの二週間、探し回って、やっとここを見つけたんだから」
福本はそのためにこんな穴場を用意してくれていたのか。だから携帯画面で時間を確認して――――。
この時、奈美恵ちゃんが言っていた朝早く出て言っていた理由がこれだと気付いた。
「ありがとう……」
彼の腕の中で泣き崩れた。こんなやさしい彼を殺そうとしていた自分がなんだか情けない。私の涙は流れることなく彼の胸を濡らす。
「泣くなよ……。せっかくの花火が終わっちゃうだろ」
穏やかな声、私が腕の中で小さく頷くと彼は再びそっと私の頭をなでる。そして恐る恐るのように私から手を離していく。ゆっくり顔をあげると目が慣れたのか、彼の表情がはっきりとうかがえる。目を赤らめたまま私がほほ笑むと彼も微笑み返してくれる。
「座ろうか?」
「うん……」
私は彼の左肩に頭を寄せながらベンチに座った。空を見上げていると彼の左手が外から私を支えてくれる。全身で幸せをかみしめられる瞬間だった。
マンションのベランダから花火を見ている人はいるものの、みんな上ばかりに夢中で、私たちに気付く者はいない。
そして花火大会は終盤へと差し掛かる。ラストスパートと言った風に速いテンポでドンドンと花火が打ち上げられていく。
私も意を決し、口を開いた。
「あのね、福本……」
彼の肩にもたれかかりながら、話を切り出す。
「どうしたんだ、紅?」
「紅なんて呼ばないで。さっきみたいに彩って呼んでよ」
とうとう私も毒されたか。もう彼がいるなら人間へと成り下がってもかまわないと心の底から思えた。
「ごめん……、彩」
すごく優しい声だった。今の私には、彼を殺すことなんて絶対にできない。
「ううん、そんなことより私……、福本のことが――――」
私の決意を込めたセリフは花火の音にかき消され、どこかへ飛んで行った。
「えっ、なんて?」
「……もういい」
もうあきらめた。そう私は死神だ……。ましてや彼を殺すためにこの街へとやってきたのだ。そんな私が彼と結ばれるなんて……。
「でもさ、俺は彩のこと好きだぜ」
「えっ!!」
驚いて彼の肩から頭を離し、彼の顔を見る。ちょうどその時打ち上がった花火の赤色に彼の顔が染まっていた。
「わっ、私も――――」
私の返事は、再び遮られた。今度は花火ではなく、彼の唇に。温かい唇が私の唇と重なる。驚きのあまり目を大きく見開いたが、その後はゆっくり目を閉じ彼に身をゆだねる。私たちの顔を花火が照らす。ずっとこうしていたかった。明日の私に待っているのは、彼との記憶を失い、人間になり下がるしかない。そう考えるとこのわずかな時間が命より大切なものと思えてくる。そして私の心は満たされていく。これまでにないほどに……。
しかし時間とは残酷なもの。この時間は過ぎ去りにされ、別の時間がやってくる。最後の花火は打ち上げられ、パラパラとはじける音と火薬のにおいを残し、空に咲く華は消えてなくなった。時間が過ぎ去るのを感じ、どちらともなく唇を離した。もう二度と重なることのない二人の唇。明日にはおそらく出会うことのない運命なのだから。
「もう少しだけこのままいさせて」
私は無意識にそう言い、再び彼の肩へと寄りかかった。やはり彼でよかった。私を人間へ堕落させたのが、福本俊輔でよかった。もう行かないといけない。このまま彼とずっといると別れることができないから。花火のせいで気付かなかったが、今夜は美しい満月だ。
「それじゃあ、私……もう行くね……」
「……うん」
彼は私を引き止めなかった。吐息が漏れるような声で、彼がうんと言った時、正直言うと少しホッとした。行かないでと言われれば、私は彼から離れることができなかっただろうから。
彼の方を向かずに行く私。振り返った時に私が泣いていれば彼の洞察力じゃ、すぐにばれてしまうだろうから。
「さようなら、私の愛する人…………」
もう私は行かないわけにはいかなかった。全力でその場を走り去ろうとする。
「彩!」
呼ばれて立ち止った。もちろん振り返るはずもない。やはり私は未練があるのだろう。もう死神に戻ったとしてもまともに仕事もできない落ちこぼれになっているだろう。
「また、明日……な……………」
“明日”……か。私はもう会えないと知りながら頷き、再び全力で走り去った。走りながら心の中で思う。“今までありがとう。そしてずっと愛してる”と―――――
いかがですか?
この話で一番曖昧お話です
修正してる時に作者自身が泣きそうになったのは、秘密です(馬鹿
それでも次回も読んでいただけると嬉しく思います