オクトーバ
昔から、よく奇妙な夢を見ていた。
浜辺の岩に腰を掛けて、俺は誰かと海を眺めている。
波の音、海の香り。
その場所は静かで。
俺達の他には誰もいない。
俺の隣にいる誰か――髪の長い女の顔は、ぼんやりとしていてよくわからない。
俺はその女と二人で、立ち尽くしていた。
ただ静かな時間が流れて。
俺はきっと安心していて。
女の顔はわからないが――微笑んでいる、そんな気がしていた。
どれだけ時間が流れたのか。
女ふと立ち上がり、そして口を開く。
「行こう」
女がそう言った瞬間、いつも夢は終わってしまう――
六十年前、外宇宙生命体との戦争により人口は5パーセントにまで減少した。
外宇宙生命体は宇宙に進出した人類を殲滅し、時には地球都市を破壊して――人類史に残る、大虐殺を行った。
ウェアの登場によって、人類は外宇宙生命体に辛くも勝利を収める。しかし、その代償はあまりにも大きいものだった。
戦争時に多用された核兵器。ノヴァ粒子を解明するために行われた実験の数々。
宇宙規模での環境汚染が残り、その汚染は地球にも到達し――人類はの数を1億人以下まで減らしていった。
残された人類は、大気圏上に構築していた外宇宙生命体への防壁を利用して地球の一部を外部と隔離――巨大な球体上の壁、「ドーム」を製作。外界を遮断し、汚染の進行を食い止めた。
ドーム内の生活は、十二の超量子コンピュータによって管理、区分けされていた。
十二の超量子コンピューターは塔型の巨大都市施設「タワー」の建造を人類に命じ、汚染の影響が極めて少ない生活をもたらす。
しかし、十六年後、ドームの一部に欠陥が見つかり、環境汚染がドーム内でも進行しているのが確認された。
この汚染は地球資源の九割を浸食。更なるドームを建造することも叶わず、人類は再び、絶滅の危機にさらされる。
これに対し、十二の超量子コンピュータは「もう手遅れだ」という結論に達した。
十二の「タワー」全てが生き残る術はなく。
他を犠牲にしなければ人類に未来はない。
そして、超量子コンピュータは自らのタワーの資源を確保するために他のタワーを殲滅する――つまりは、戦争行為を始めた。
外宇宙生命体決戦兵器として開発された、ウェアを使って。
超量子コンピュータ「リブラ」が統括するタワー、「オクトーバ」が見えてきた。
荒野の中に佇む「オクトーバ」は、直径20km、高さ800m。このタワーには総勢900万人の人間が暮らしている。これは現存している7つのタワーの中で、最も多い数だ。
人口の数はそのまま、タワーの持つ戦力でもある。
より強いタワーがより多くの資源を利用する――それが約30年前に超量子コンピュータが定めた、この世界の絶対的なルールだった。
開かれたハッチから、タワーの中へ。入ってしばらくすると、ブローが吹かれ、ウェア表面が洗浄された。
ドーム内を飛行したウェアには、放射線や有害ガスが多く付着している。それをタワー内部へ持ち込んでしまえば、今度はタワーが汚染されてしまうことになる。それを避けるための洗浄作業だった。
その後、ウェアは浄化液での洗浄作業を経て、収納コンテナへと向かった。
しばらくして、ウェアが着陸。収納スペースへ到着したのだ。
ウェアが俺との脳波リンク――意識による操縦系の接続――を解除していく。
頭部に被されていたヘルメットが外され、首筋に刺さっていた計12本のケーブルが抜かれていった。
全身を拘束していたベルトが解除され、同時に全身のバイタルを計測していた機器も外される。
最後に、俺の首筋へ薬物が注射された。これは、戦闘中に投与していた反応速度を向上させる薬物を中和するためのものだ。
身体から力が抜けていくような、落ち着く感覚が全身に広がっていく。
時間の流れが少しずつ早くなる。強制的に引き上げられていた脳の処理速度が通常へと戻っていった。
自分の意識が完全に自分の肉体へと戻る。それを確認した後、俺はコックピットブロックの切り離し作業に入った。
ウェア胸部の装甲の一部が展開し、コックピットブロックを露出させる。そして、作業用アームがウェア内部へと入り込み、コックピットブロックを掴んだ。
コックピットブロックはコンベアへと載せられ、待機室へと送られていく。コンベア上ではウェアと同様に、コックピットブロックの除染作業が行われた。
しばらくして、コックピットブロックのハッチが開いた。俺はハッチの目の前に渡された鉄骨の橋へと足をかけ、ウェアから降りる。
と、そこには同部隊として編成されていた、マルスがいた。
「よぉ、ケイ。お疲れさん」
「生き残ったな、お互い」
俺はマルスとハイタッチをかわす。
「流石第二エース様。戦果見たぜ。五機相手によくやるねぇ」
「俺の機体は対複数に相性がいいし――それに終盤まで温存させてもらったからな。最後はかなり楽だったよ。そっちはどうだった?」
「そりゃもちろん、数的優位バッチリ取った分しっかり戦えたよ」
マルスは指揮官型のウェアに乗っている、司令塔役のパイロットだ。
隊を率いて集団戦闘の支持を出し、戦況をコントロールする。本人の撃墜スコアは多くはないものの、指揮評価はリブラも高く評価している。
「ただまぁ、相手のエースは取り逃がしちまったし、機体もだいぶ損傷しちまった。ギリギリだったぜ」
マルスは前線にそう多く出るタイプのパイロットではない。後衛射撃と戦況判断が主な役割だ。
しかも、数的有利のある状況でそれということは、相手はトップエース級のパイロットだということだろう。それも、極めて機体性能の高い相手――
「例の新型か?」
リブラから戦闘前に伝えられていた情報を思い出す。
敵タワー「エイプリル」では新機体が製造されていたらしい。それが今回の戦闘で初導入される。
その情報を元に、今回の戦闘の作戦は決められていた。
戦闘能力の高い個人を相手の現行機体複数と対峙させ、残りの戦力で新型部隊と交戦、そのデータを得る。
多数相手に損害を与え、そして生き延びる。それだけの戦力を持っているのなら、時間稼ぎと情報収集の価値はあったのだろう。
「まぁな。ありゃとんでもねぇぞ。とにかく速いのなんのそのってな――ま、戦果的にはプラスだったし。今回はデータ取りがメインな訳だったから、十分だろ」
今回の戦闘は二十機参加の戦闘で、撃墜八機、ロスト四機――確かに、かなりの好戦果と言える。
機体損傷は多くあるようだが、「プラント」――素材を投入すると設計図の通りに組み立てを完了させる機械――の生産能力が追い付かないほどではないだろう。
「それよかだな、ケイよ。俺は腹が減っちまった。飯に行こう、飯」
確かに、空腹感がすごい。今回の戦闘は長丁場だった分、余計に空腹が強いんだろう。
俺とマルスは格納庫を後にし、食事の支給所へと向かった。