(1)歯磨きをしない子は
これも再投稿になります。
「z z Z」
机に突っ伏して眠る男、静かな寝息。クーラーの風に髪の毛がなびく。
「はっ………寝てたのか…」
俺は体を起こして大きく伸びをする。
「うぅっ…体が痛い。そうだ、宿題は……!?」
机の上に英語のテキストが開いてある。
……真っ白だ。
「全然終わってねえ…。今何時だ?」
時計を確認する。午前2時30分。
「寝るか……」
俺は電気を消してベッドに転がる。
「あ、歯磨きしてない…………まあいいか。今歯磨きなんかしたら目が覚めそうだし」
朝
「そういえばあんた、昨日何時まで起きてたの?ずっと電気がついてたみたいだけど」
朝食を食う俺に母親が尋ねる。
「ああ、昨日は寝落ちしちゃって。起きたら2時過ぎだったよ」
「そうだったの。ちゃんと歯は磨いたの?」
ギクリ……
「いやその……磨いたら目が覚めるかなぁって」
「え?じゃあ歯磨きしてないわけ?」
「そういうことになるね…」
「もう、歯磨きぐらいちゃんとしなさいよ。じゃないと歯磨きお化けに連れて行かれるわよ」
「いや、母さん。歯磨き大事なのはわかるけど、俺もう高校生だよ?さすがに歯磨きお化けはちょっと……」
うちでは昔から、『歯磨きをしないと歯磨きお化けに連れて行かれる』という脅し文句で子供に歯磨きをさせてきたらしい。ある意味、この家に伝わる伝承のようなものだ。
「あ、それもそうね……」
口に手を当てる母親。本人曰く、母親、つまり俺のばあちゃんから口を酸っぱくして言われていたようで、俺が高校生になった今でも、何かに付け歯磨きお化けの話を持ち出してくる。
「それぐらい歯磨きは大事ってことよ」
と、母はそう言うが、何も歯磨きお化けじゃなくても良い気がするなぁ。
学校にて
「じゃあお前、昨日歯磨きしてねえのか。きったねーな」
学校に着くとすぐ、友人にその話をした。
「で、今朝は磨いたのか?」
「今朝も結局……ぎりぎりまで寝てたから」
「まじかよ!まあ俺も朝は時間なくてほとんど磨かねえけどな」
友人は笑いながら言う。
「お前も十分きったねーじゃねえか」
「しかしその、歯磨きお化けってのはなかなか面白いな。実はあるんだよ、俺んちにも」
「まじかよ!?」
「まあうちの場合はえんま様に歯を引っこ抜かれるって感じだったけど」
「舌じゃなくてか?」
「ああ、ようは虫歯になって歯を抜くことになるって意味だと思うんだけど」
「なるほどなぁ」
どこの家庭にも、一つはこういう脅し文句があったりするのだろうか。
「しかし何だな。お化けに連れて行かれるって、どこに連れて行かれるんだろうな?」
確かに、『歯を抜かれる』とは違い、『どこかに連れて行かれる』は少しふわっとしている気がする。
「さあ…?ばあちゃんも俺が小さい頃に死んでるから…。母さんに聞けば分かるかも」
「ふうん」
友人はあまり興味なさそうだった。
「まあ、歯磨きはちゃんとしましょうってことだ!」
「母さんみたいなこと言うなよ」
夕食中
「母さん、ちょっと聞きたいんだけど」
「なに?」
「歯磨きお化けが連れて行く場所って具体的にどこなの?」
「なによ、いきなり」
母親のあきれ顔。
「いや、今日友達とその話になってさ」
「そうね……私も詳しくは知らないんだけど、なんかすごく怖いところらしいわよ」
「やっぱりなんかふわっとしてるなぁ」
俺は首をひねる。
「まあ言い伝えってそんなものでしょ?」
母親はあまり気にしていないようだ。