小望月学園
十六夜という不思議なカフェを後にして、乙羽は美里駅から電車に乗った。新しく通う小望月学園は電車で一駅で山の上にある。暫くして車窓は街の景色から山の木々の緑色一色に変わった。
電車は山を登っているが揺れはほとんどない。この電車車両も子望月学園の機械工学部の研究対象となっており、より乗り心地の良い工夫がされていた。
「あっ!」
気づくと木々は山桜の濃い桃色に変わっていた。
「綺麗...!」
満開の桜のトンネルを進んでゆく。
そして桃色からまた景色が移り、山の上に近未来的な学園都市が現れた。
小学部から大学部まで持つ私立小望月学園。理系に特化した大きな学園だ。乙羽の両親と明夜、聖夜の両親が出会ったのもここの大学部であり、その1期生である。当時彼らが大学入学の時期に小望月学園は設立され、4人は天体サークルで知り合った。
明夜と聖夜は小学部からこの学園に通っている。
高等部からは普通科に加え、医学、薬学、化学、物理学、植物学など多彩な理系分野の学科があり、世界的に名のある専門家が講師として教えている。
乙羽は天文学を学びたくてこの高等部を選んだ。
学園駅で電車を降り、改札に学生証をかざす。学園と駅は直結でこのゲートこそ入り口なのだ。
学園は学園都市と言うだけに、学校と街が一つになっている。
図書館、雑貨屋、喫茶店、映画館、日帰り温泉まで揃っており、半数以上の学生は便利さゆえ、ここで寮生活をしている。
「通っていた公立中学と全然違うわ。」
乙羽の中学は田畑に囲まれた田舎にあった。よく田んぼでお玉じゃくしをとったり、鈴虫をとってきて飼ったものだ。
落ち着いた田舎も好きだが、近未来的な学園の壮大さに高校生活への夢を膨らませた。
学園都市にはいくつか大通りがあり、駅から学園までの通りは西洋風の商店が並ぶ「師走通り」と呼ばれている。
街灯はカラフルな風船をイメージしたデザインで通り脇には低めに整えられたゴールドクレストが等間隔に植わっている。
この大通りのレイアウトもまた、学園の建築科の研究対象なのだ。
チーズケーキが売りのカフェやオシャレな文具店を通りすぎ、校門の前に着いた。
「ここが校舎...!」
西洋のお城をイメージさせる造りをしている。
壁は石造りで彫刻が施され、入口のドアを開けると大理石の階段、床が広がっていた。
入口脇には教学課がある。乙羽は窓口に声をかけた。
「すみません、春から高等部に入学するものですが、制服を受け取りにきました。」
小柄な体型に似合わない大きなメガネをした新任職員ぽい人が慌てて出てきた。彼女の首のクロスの小さなネックレスが大きく揺れる。
「は、はぃっ。あっ、ようこそ小望月学園高等部へ。入学おめでとうございます!」
まだ慣れてないのか、ワタワタと名簿を乙羽に渡し、奥の棚から制服を取ってきてくれた。
「あのっ、私もここの卒業生なんです!よい高校生活を!」
任務を果たし、ホッとした表情で乙羽に制服を手渡して見送ってくれた。
入り口を出ると辺りは少し暗くなっていた。入り口前の立派な噴水は無数のLEDでライトアップされピンク、青、黄色と様々な色に移り変わりとてもきれいだった。
乙羽がその美しい様に見とれていると、いつの間にか同い年くらいの少女が噴水前に立っていた。ついさっき乙羽が受け取った高等部の制服を着ている。胸元のリボンが白なので同じ新一年生だ。ストレートの長い黒髪、片方を三つ編みにして濃い青のリボンをつけている。同じくらい深く濃い少女の青色の瞳がライトに映し出された。
少女は噴水から乙羽に視線を移した。
「あなたがお祖父様の言っていた...いえ、また高等部で会いましょう。」
言い終えると同時に少し強い風が吹いた。乙羽の髪が風にふわりと舞う。
気づくと少女は消えていた。
「彼女は一体...?」
彼女の言葉が気になりつつもパラパラと雨が降り始めたので足早に駅へと向かった。