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魔術師若しくは傀儡師  作者: うまひ餃子
7/10

何もなく、何かある

 

 それでは、どうじょ(/・ω・)/ 

 




 「魔術ではないだと!?」


 ダハクが悠然な態度をかなぐり捨てて大声を上げる。

 

 「はい、魔力は使いますが、魔術ではなく歴とした技術です」


 平然とジンは答える。

  

 「まぁ、使えるようになるまでにかなり努力しましたけど」


 ジンはぼんやりと修業の日々を思い返す。

 体内に保持する魔力の簡単な操作を覚えるまでに数か月。

 そこから糸状の魔力を形成出来るようになるまでに数か月。

 更にその糸状の魔力を自身の体の一部として扱えるようになるまでに凡そ3年近く。

 そうして魔糸を使いこなせるようになったジンだったが、未だ満足はしていない。

 

 そして青年は話を続ける。


 「それに、魔力を視認出来る人には通じないんですけどね」


 育ての親である三老たちは実際にジンの作った糸を視認出来ていた。

 それもあって彼は自身の技術に絶対性を感じていない。

 多少珍しいかなぐらいの認識である。


 青年はその様に考えていたが、ダハクはこの技術の有用性を十分に理解していた。

 つまり、魔力を視認出来ない非魔術師には自分の様な眼を持たない限り見破られることはほぼないという訳だ。それに魔術師に対しても使い方を選べば有効であるかもしれない。もしそうならば諜報活動においてこれほど恩恵をもたらすものは他にない。

 ダハクは一瞬この青年をどうにかして手元に置きたいと考えるが、すぐさまその邪念を振り払う。

 目の前の青年はどうも強制や束縛と言ったものを嫌う傾向にある。

 そんな人物に「自分に仕えろ」と言えば即座に街を離れる事は明らかであった。

 とりあえず会話を続けようとダハクは話を振る。


 「なるほど、その魔糸については分かった。では・・・


 そこから更に会話が続けられた。

 ジンの頭の中は黒鍋亭に早く帰らないと閉め出されるという焦りで一杯だった。


 結局、その日は領主館の客室で一晩を過ごすこととなった。

 宿代が勿体無いと思ったが、かなり遅い時間になっていたので青年はそれを受け入れた。

 日課の読書はせず、フカフカの布団に包まれながらジンはすぐ眠りについた。



 ◇◇◇



 「いやー、朝食までご馳走になっちゃってほんとすいません」


 「気にすることはないさ。ジン殿の食いっぷりはこちらも見ていて気持ち良かったぞ?」


 ダハクがカラカラと笑う。

 実際にジンはマナーや気遣いなどこれっぽっちも気にすることなく、おかわりを連呼していた。

 

 「すごく美味しかったです。料理人さんにもお伝え下さい」


 「ああ、伝えておく。で、ジン殿は今後どうする算段なのだ?」


 「そうですね、詳しい事は何も。とりあえず、今はのんびりチビたちの相手でもしてます」


 その答えにダハクは又気持ち良く笑う。


 「そうかそうか、それはこの街の領主としても是非お願いしたいな」


 「はい、頑張らせていただきます。それでは、失礼します」


 そして青年は領主館を後にした。

 それから黒鍋亭へと歩を進める。



 「おっ、ジンじゃないかい。朝帰りとは随分良い御身分だねぇ、言っとくけど宿代は返さないからね」


 宿に戻ると黒鍋亭の女傑と鉢合わせた。

 その忙しさからか若干言葉に棘が感じられる。


 「そんなんじゃないですって、領主様のトコでお世話になってたんですよ」


 言い掛かりに反論する青年。

 

 「は?領主様のとこってアンタ・・・また何かやらかしたの?」


 領主様のトコ=お縄とマーサは曲解したようである。

 ジンは苦笑いしながらその勘違いを訂正する。


 「違いますよ。領主様の屋敷でお世話になったんですよ」


 「なんだ、そうかい・・・って、えっ!?」


 これはこれで驚きの様である。

 領主と言う権力者の屋敷で一介の旅人が世話になる事の異質さをマーサは理解していた。


 「ま、そう言う事なんで」


 青年はそう言ってさっさと部屋に戻って行った。

 詮索されては誤魔化すのが面倒だと思ったのだろう。

 部屋に戻ってすぐベットに雪崩れ込む根無し草。

 彼は無性にゴロゴロしたかった。

 領主館での扱いはとても丁寧だったが、正直に言うと息苦しかったのだ。

 

 (やっぱ、じーちゃんたち言ってたけど俺ってあーゆーのと相性悪いのかね?)


 小さい頃から老人たちは元気いっぱいのジンを見る度に「貴族とは関わるな」と耳にタコが出来るほど言われてきた。幼い少年がどうしてかと尋ねると、決まって彼等は言うのだ。


 「お前は取り繕うのとか、腹の探り合いとか苦手そうだからな」


 その時の祖父たちの可笑しそうな顔にはどこか一抹の寂しさを孕んでいるたが、青年はその理由を終ぞ知ることはなかった。


 言われた時は分からなかったが今ならよく分かる。

 ダハクは人格者であったが全ての貴族がああであると考えるのは流石に甘い。

 もっと狡猾な輩や彼とは正反対に下衆な者もいるに違いない。

 それに人格者であるダハクの目にも自分を見極めようとする色があった。

 

 (悪意はないんだけど、何となく居心地が悪かったんだよな~)


 心にモヤモヤとしたものを抱えながらゴロゴロと寝返りを繰り返す。

 しかしこのままでは暗鬱としてしまうと青年は本を引っ張り出した。


 (昼までまだ時間あるし、のんびりしますか)


 

 この場にそれを邪魔する者はいない。

 こうして青年は読書の海へゆったりと沈んで行った。




 □■□■




 「領主様、昨晩ジン殿が捕縛してきた男達について報告が上がってきました」


 「そうか、聴かせてくれ」


 読んでいた資料を机上に一旦置いてからダハクは己の片腕から報告を受ける。

 

 「はい、捕まえられた者達は何れも荒くれ者で、日頃から連れたって悪さをしていたようです。そして、この者達ですが、恐らくこれまでにも幾人か手に掛けていたと思われます。しかし、どこぞの誰それをというのは分かりませんので、証拠もありませんが」


 「・・・」


 ダハクは黙り込んでいるが、ハンズには分かった。

 主が静かにその男達への怒りを抱いている事に。

 しかし、それに怯むほど領主補佐官は柔ではなかった。

 

 「お気持ちは察しますが、堪えて下さい。それで今回の件ですが、殺意は認めず、脅して金銭を奪うつもりだったと話しています」


 「襲われた人物の方はどうなっている」


 「そちらについては既に人を遣っていますので、お待ちを」


 領主の権限を用いれば問答無用で男達を処すことは容易い。

 ダハクの持つ地位というものはそれぐらいの力を持っている。

 だからこそ、簡単にその力を用いることは避けねばならない。

 私見で人を裁くことは許される事ではない、そして一度血に汚れた剣が新品の輝きを失うように、ダハクの正義が歪みかねないからでもある。

 

 「ハンズ、そいつらの言っていることは事実だと思うか?」


 「確実に嘘ですね」


 二人は昨晩の内にジンからことの詳細を聞いている。

 男共が刃物を抜き斬りかかったことも、襲った相手の財布を襲撃前に盗んでいたことも。


 「そして、その者らの釈放をランドア商会からの使いが求めています」


 「あのクソ豚、いや、豚に失礼だな」


 ダハクにここまで言わしめるランドア商会の長ハーミデル・ランドア、兎角問題のある男であった。


 「それで如何します?」


 「取り調べ中だと言って追い返せ」


 ダハクの機嫌は悪化の一途を辿るばかり。

 怒りのオーラとでも呼ぶべきプレッシャーが彼からは漏れ出ていた。

 日頃から揉め事を引き起こし、到底理解できないいちゃもんをつけてくる最低最悪な人物の名がダハクの精神を苛んでいた。


 「かしこまりました」


 片腕は余計なことは何も言わず、かと言って慰めの言葉を掛けるでもなく部屋を去って行った。

 一人部屋に残されたダハクは冷めた茶を飲みながら大きな溜息を一ついれる。


 「うまい」


 付け合わせの焼き菓子を頬張りながら街の領主は今日も政務に勤しむ。

 



 □■□■




 「で、何故お前は一人で戻って来てるんだ?」


 フゴォと鼻を鳴らしながら恰幅が些か良すぎる男が声高に言う。


 「はい、取り調べ中とのことでしたのでそれが終わり次第、連絡を頂けるようにお願いして参りましたのでここにご報告に」


 詰問される男の方は何処吹く風と言った体で歯牙にもかけない。


 「私はあの者達を連れ帰れと言ったのだ!貴様、主命すらまともにこなせんのか?!」


 再びフゴォと大きく鼻を鳴らし主らしき男は目の前の菓子を一掬いするとそれを口に放り込む。

 バリボリと音を立て、口から食べカスを零す姿は見ていて決して気持ちの良いものではない。

 しかし、怒鳴られている男は露とも気にしておらず、無機質な笑みを浮かべたまま立っている。


 「ランドア様、それよりも奴らがお縄になった経緯(いきさつ)を調べるべきではないかと」


 その言葉にヒートアップしていた肥満男性も息を落ち着かせる。


 「ふんっ!言い逃れの次は話を逸らすか。まぁ、いい。それは別の者にやらせる。だからお前はさっさとあいつらを連れて来い!」


 そう言うとまた菓子を手一杯に掴み取りそれを口に突っ込む。

 そして机の上の書類を読み始める。

 話は終わり、ということだ。

 部下らしき男は軽く一礼するとその部屋を後にした。

 部屋から離れ一人になると男は凛々しげな顔を不気味な笑みに変える。

 宛らそれは被っていた仮面が取れたかのような突如とした変化であった。


 「愚かさも此処まで来れば大したものです。襲った相手が生きている時点でどうしようもないというのに。まぁ、私には関係ないことですね。

 それにしても、あんなのじゃ駄目でしたね。そりゃあ魔術師ですもんねぇ。ですが、大まかな()は分かりました。なら今度はどうしましょうか」


 男がふと立ち止まると通路の先から一人の女性がつかつかと歩いて来た。

 確か最近街にやって来た魔術師の女である。

 男が頭を下げると、さも当然と言ったばかりに女は男の横を通り過ぎて行った。


 「そう言えば、あれも中々に愉快な方でしたね。うふ、ウフフフフフ」


 丁度好い玩具を見つけたと言わんばかりに男は薄気味悪く笑う。

 笑いながら男は歩を進める。

 その男の首元には白い刺青らしきものが浮かんでいた。

 


 □■□■



 「じん~、げきみせて~」

 「きょうはなに~?」

 「きしのやつやってよ~」

 「わたしおひめさまがいい!」


 外に出ると案の定子どもたちに見つかって連行されるジン。

 小さな大名行列を大人たちは生温かい目で見つめる。


 「落ち着けっつの!今日はそうだな~」


 子どもたちに引っ張られつつ目的地に向かう。

 抗いようがない現状に青年は何とも言えないものをおぼえるが、まぁ、こんなのも悪くはないかと結局は受け入れる辺り何だかんだ言って子どもが好きではあった。

 目的地の公園に行くと他の子どもたちが既に待機していた。


 (相変わらずだな、何時から待ってんだ?)


 内心で浮かぶ青年のそんな疑問に答えられる者はいる訳がなく、グイグイと引っ張られ公園の椅子という舞台にジンは上げられる。

 子どもたちの目は今か今かと急かすのを止めない。


 (はいはい、少し待ってなさいなって。準備すっから)


 子どもたちの視線に苦い笑みを浮かべてからジンはバッグの中を覗き込む。

 目に付いたものをぱっぱと選ぶとそれらを取り出し長椅子に置く。


 「それじゃあ始めるぞ~」


 ジンの言葉に子どもたちの目は一層真剣みを帯びる。

 

 「これはみんなの生まれる前のお話」


 ジンのゆったりとした語り口で物語の幕が上がる。

 子どもたちの目は、耳は、心は、もう他のものには向けられない。

 今日も公園では一人の青年と大勢の子どもたちの姿が多くの人に見られるのであった。




 

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