使いたい時に鋏はなく、眠たい時に蚊はやって来る
サブタイに特に意味はないです。
それでは、どうじょ(/・ω・)/
青年がマゼルに訪れて6日目、危ない美女に目を付けられた翌々日の朝。
朝食を取り終えると青年は自室で読書に耽っていた。
本当は外を散策したかったが、変質者に目を付けられたことで外出への意欲が皆無となっていた。
「あ~あ、読書も悪くはないけど、外をぶらつきたいよなぁ。あんな変な奴がいなけりゃ喜んで行くんだけどな~」
そう言いながら『精霊の存在』『想像と魔術』『魔物図鑑』と全く繋がりのない書物をそれぞれ開いて読んでいる。どの本も既に読み終わっているのだが、それでも彼は真剣に黙々と読み進める。
コンコン
そんな彼の部屋に訪問者が来たようだ。
読んでいた本にそれぞれ栞を挟み込む。
「緊急収納」
その一言で彼が先程まで読んでいた本はこの世界から姿を消す。
一瞬の出来事であった。
「ジン、アタシだよ。今良いかい?」
扉の向こうから聞こえて来たのは黒鍋亭の肝っ玉母ちゃんマーサの声だった。
「ええ、大丈夫ですよ」
そう言ってジンは部屋の鍵を開ける。
するとマーサの後ろには一人の男性の姿があった。
マーサは男性の横に移動して紹介を始める。
「ジン、こちらの方はハンズさん。えーっと、街のお偉いさんだよ」
マーサのざっくりな説明にズサーと転げそうになるのを堪え、ジンは目の前の男性を注視する。
皺一つない服を着て、髭、眉、髪は綺麗に整えられていて見る者に清潔な印象を与える。
確かにお偉いさんと言われても違和感はない。
「これは失礼しました。自分はジンと申します。ほんの少し前にこのマゼルの街に来たばかりの旅人です。で、何用です?」
当たり障りのない挨拶をしているかと思えば、いきなりの本題は何だ?である。
その前に「お初にお目に掛かります」「お会い出来て光栄です」など何か一言付け足せればまた違うのだが、青年は昨日の事もあり、若干過敏になっていた。
この場では当たり障りのない挨拶を続けていた方が後々面倒には繋がらないのだが、これも若さなのだろうか。
「こらっ、ジン!アンタ「問題ない、マーサ殿」
非礼を咎めんとするマーサを大丈夫だと止めるハンズ。
出会ってからその表情に変化は全くない。
しかし、その視線は如何にもジンという人物を推し量ろうとしている。
その目がジンは気に食わなかった。
「突然の訪問失礼した、ジン殿。私はハンズと言う。一応、領主補佐という役を頂いているが、実質領主の使い走りだ。だからへりくだる必要などない」
淡々と話す姿には若干だが感情の発露が見られた。「使い走り」の部分である。
もしかしたらこの人は領主に扱き使われているのかもしれない。ジンはふとそんな事を考えた。
何となくではあるが、感情の発露を見るに信用できない人物ではなさそうである。
「いえ、こちらこそすみませんでした。ハンズ様、それで御用とは」
自分の非礼を一度詫びてから青年はまた本題に入るよう促す。
マーサに再び睨まれるがその鬼の視線は気にしない。
「私のことはハンズで結構。用件はうちのバk、領主様がジン殿に会いたがっていてな、一緒に来てはもらえないか、とな」
見た目完璧な男性が言い掛けた言葉に青年はハンズと領主の関係に疑問を抱く。
もし、自分の目と耳を信じるのなら、目の前の男性は信用に足る人物である。だが、間違いなく彼が仕える領主とやらは面倒臭い質の人物であるだろう。
かと言って、例え断ったとしてその様な人物が一度きりですっぱりと諦めるだろうか。
絶対にない。「行く」と言うまで何度でも使いを寄越すだろう。
ジンは返事を決めるその前に一つ質問をする。
「ではハンズさんと呼ばせていただきます。ハンズさん、一つ聞きたいことがあるのですが、質問してもよろしいですか」
「私が答えられることなら何でも」
秘密主義という訳ではなさそうなのを確認して青年は尋ねる。
「今回の呼び出しに何らかの形でアズリラという人物が関わっていますか?」
「その答えについては肯定と答えておく」
返って来たのは想定内の答えだった。
ただ、それはジンにとっての好ましい答えではなかった。
「やっぱりですか・・・」
一昨日現れた如何にも面倒臭そうな女。
その翌々日には街の領主から突然の呼び出し。
それを無関係と思えるほどジンは楽観的ではなかった。
とは言え、もしかしたら関係はないかもしれないそんな願いも込めての質問だったが見事に打ち砕かれた形となった。
「領主様からはぜひとも今回の機会にお願いしたいと承っている」
その言葉を聞いて若者は一つ深呼吸をする。
それは気持ちを落ち着かせるための一息か、それとも諦めの一息か、将又それ以外の何かなのか。
そして次に青年が発した一言は
「条件があります」
〇 マゼル領主の館 〇
マゼルの街の中央に位置するその館は街有数の大きさを誇っている。
立派な造りではあるがそこには人を遠ざける様な輝きや威圧は見られず、しっかりと根付く大樹の様な安心感で見る者を包み込む。
そんな館の一室には人の影が二つあった。
「ふふふ、まぁ、私が本気を出せばこんなものよね」
クスクスと笑う女性ははとても愉快気だった。
昨日自分をコケにした青年。彼は魔術師たる自分に何の敬意も畏怖も抱かなかった。何より自分の美しさに顔一つ赤らめなかった。それがとてもアズリラという銘柄を馬鹿にされた様で殊更耐え難かった。
だから、彼女は第二魔術部隊の名を用いて領主に以下の様に嘆願した。
現在、マゼルの街に滞在しているジンと言う名の旅人だが、彼の人物は魔術師である可能性が非常に高い。接触するも警戒している様子で話にならなかった。所属は不明。他国所属、無所属、どちらの可能性もあり。何れにしても置き去りに出来ない案件である。然らば領主殿も街の治安を守る為彼の人物を尋問すべきである。
この様に話し、ジンなる人物の召喚尋問を提案したのである。
見事に自分がやらかした部分は端折りつつ、ジンの人物像を不透明にして報告している辺りに彼女の身勝手さが表れている。その本人はこの策を完璧だと思っており、実際にジンを呼びに使者が出された事を知って今も悦に入っている。
そんな彼女を目を細めてにこやかに笑いかける男性が居た。
見た目は凡そ30代ほどだが、顔立ちは整っており時折浮かべる笑みは実の年齢よりもずっと若々しいものに見え、何人もの女性の心を鷲掴みにして来たであろう魅力があった。体の線もどちらかと言えば細い部類に分類されるであろう優男である。
「アズリラ殿、随分とご機嫌だね?」
そんな優男は微笑まし気にアズリラに話し掛ける。
「はい、ご領主様に快く協力して頂けたので。この節は本当にありがとうございます」
そうは言うものの頭を下げる彼女の顔は「私に協力するのは当たり前」とでかでかと書かれており、一欠片も感謝の意は篭っていなかった。
子どもの頃より他人より整った顔を持ち、更には魔術の才まであった彼女は蝶よ花よと彼女は育てられた。彼女は同世代の中ではかなり早く5歳の頃に簡易魔術の発動に成功し、同世代の複数の男子から好意を寄せられる日々。そんな彼女の自尊心は年を経ることに肥大化していった。魔術を使えば皆が称え、異性の男子は彼女の美貌に見惚れ、同性の女子からは持て囃され、何時の間にか自分は特別な存在であると思い込むまでになっていた。アズリラを諫めようとする者も居はしたが、彼女は諫言を一切聴き入れず、逆にその人々を遠ざけ、終いには嫌がらせをする様になってしまった。
「いえいえ、私としてもこのマゼルの街の為とあらば無碍には出来ないからね。それが魔術部隊の方からの進言とあれば尚の事だ」
男性の言葉はアズリラの耳にはとても心地良かった。
私に掛かれば街の領主だってこの様に下手に出るのだ。そうだ、これこそが正しい。
彼女はそんな優越感に浸っていた。
□■□■
(う~ん、如何にもなお嬢さんだな)
目の前の女性を観察しながら男性はそんな事を考える。
このアズリラと言う女性が領主館を昨日訪れた際は大変だった。
領主と彼女は面識など一度としてなく、血縁と言う間柄でもない。
それこそ赤の他人と言う言葉がふさわしい。
それなのに彼女はいきなり領主との面会を求めた。
彼女の家は別に高貴なる家柄という訳でもなく、彼女自身高貴な身分でも何でもない。国属の魔術師とは確かに職業としては輝かしいものとされてはいるが、ただの国属魔術師にはさして権威などない。
そんな女性が爵位を持つ領主に突然会わせろと言い張ったのである。
普通ならば、即刻お引き取りを願う案件だ。もっと酷ければ、職を失い犯罪者の身分に落とされる可能性もあった。
しかし、彼女の面会を求める理由はそんな彼女の無礼を黙殺を認める程のものであった。
所属不明の魔術師。
この言葉が出たからには領主も世間知らずの小娘がと笑っていられない。
魔術師とは人であり、また戦力でもある。
人の歴史には魔術師の人間離れした所業がこれでもかと残っている。
魔術はたくさんの人々を救って来た。
その反面多くの人の命も又奪って来た。
光輝く歴史ばかりではなく暗い歴史の影にも魔術は常に寄り添っているのだ。
過去、全人類の魔術師化を目指す為の実験などが国ぐるみで行われていた事もある。
その研究はは結局失敗に終わり、その国もその事が原因となり滅亡する運びとなった。
その様な狂った国策が行われる程に魔術師とは貴重な資源だった。
で、今回挙げられたジンと言う名の青年。
簡単な報告は領主の手元にも既に昨日の内に届いている。
領主は今もその報告書を読み直している所だ。
細身でそれなりに整った顔立ちをしている黒髪の青年。マゼルを訪れたのは報告が上がる四日前。
性格は相手をした門番によると社交的、青年本人によると山暮らしで既に家族はいない。歳は今年15との事。
一泊した翌日から広場にて子どもたちに人形劇を披露。街の子どもからは既にかなりの人気を誇る。
と主に報告書には書かれており、補足事項に彼の人物と触れ合った人の多くは彼に対して悪い印象を持ってはいないと添えられている。更に昨日は宿から出ていない様で子どもが彼を探し回っていたとの報告も上がって来ている。
報告の内容を総括するなら、人格的にはさほど問題ない好青年という事になる。
しかし、この青年は魔術師である。簡単に「はい、それじゃあ大丈夫ですね」とはいかない。
街を預かる者として、その様な甘さは許されない。
それが領主の考えであった。
だから、女性魔術師の望み通り青年の召喚を行ったのだ。
そして、報告には彼の人物と目の前の女性の遣り取りについてもその時偶然耳にしていた者の証言が載っていた。
それを見る限り、今回の尋問の必要性には疑問が上がる。それに、アズリラの愚行の方が余程警告が必要である。
(それにしても、魔術師のくせに他人の術式を詮索するなんてねぇ)
女性の浅慮な言動に心底呆れるが、決してそれを顔に出すような真似はしない。
この手の輩は些細な事で機嫌を悪くする。なるべく、波風を立てない様にするのが賢明だと領主は気を遣っている訳だ。
そんな中部屋の扉が叩かれた。
「ご領主様、ハンズ補佐官より先触れが来ております」
部屋に入る様指示し、その言伝が書かれた紙を見る。
そこに書かれたものは彼の者からの要望であった。
これらを約束することが条件であるとしっかりと書かれている。
(ほう、馬鹿ではなさそうだな)
その内容に全て目を通すと男は言葉を口にする。
「全て受け入れると伝えてくれ」
伝令は頭を下げるとすぐに部屋を後にした。
女魔術師は伝令の中身が気になっている様だったが流石にそれを詮索する様な事は言わなかった。
物凄く興味深げではあったが。
それから少しして、再び部屋の扉が叩かれ、人がやって来た事を告げた。
(はてさて、箱の中身は何だろうね。御開帳はもうすぐだ)
領主はそう思いながら襟元を正すのであった。
読んで下さりありがとうございます(`・ω・´)ゞ