表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師若しくは傀儡師  作者: うまひ餃子
3/10

人気者は辛いよ

 それでは、どうじょ(/・ω・)/


 「あ、人形劇のにいちゃんだ!」

 「ほんとだ~」

 「ねぇねぇ、やってやって~」


 ジンが街に来て4日目のお昼過ぎ。

 黒鍋亭近くの店で昼ご飯を食べた後、ぶらりと街を歩いていると子どもたちに捕まってしまった。

 青年としては腹が満ちてゆったりと気持ち良く散歩していたのだが、子どもたちにはそんな事関係ない。


 「分かった、分かったから服引っ張るなって。こら、足にしがみついたら動けないだろ!」


 事情を知らない者は興味深げに子どもたちに揉みくちゃにされる青年を見つめ、事情を知る者は微笑ましくその様子を見守っている。

 青年がこの様に子どもたちの人気を博している原因は遡ること2日前、彼がマゼルに着いた翌日にある。






 その日、彼は朝食を取り終えると、早速街の散策に出掛けた。

 街の様子や家々の造りなどを見ながらのゆったりとした時間を過ごしていた。

 しばらく歩いたので腹ごなしに屋台に立ち寄った。

 そこの主人に座って食べられる場所を尋ねると少し行った所に開けた場所があってそこに椅子が置かれていると教えてくれた。

 ジンは礼を込めて少し多めに食べ物を買い、そこに向かった。

 言われた通り、そこには椅子が幾つも置かれ市民の憩いの場となっていた。

 空いている席に座り、先程買った肉を挟んだパンをゆっくり咀嚼しながらぼんやりと空を漂う白雲を眺めていた。

 パンを食べ終え、そろそろ移動しようかという時に小さな来訪者が現れた。


 「にーちゃん、昼間っから何してんだ?」

 「仕事は~?」

 「わたししってる!こーいう人をだめな人っていうの!」

 「なにそれ~?」


 どうやら真昼間からぼんやりと過ごす青年は好奇心の塊たちの目に留まってしまったらしい。

 子どもと言うのは純粋で思った事を容赦なくそのまま口にする生き物である。

 手厳しいなと青年は苦笑いしながらも、自分が「にーちゃん」と呼ばれる様な歳になったことを何となく感慨深く聞いていた。


 「俺は昨日この街に来たんだ。まぁ、旅人ってやつだ。分かるか?」


 ジンは自分より年下の子どもに出来るだけ優しく喋り掛ける。

 気分はお兄さんである。


 「旅人?よそから来たのか?」

 「たびびとってどんな仕事?」

 「わたししってる!しょくにつかずにふらふらしてる人のことよ!」

 「へ~」


 子どもたちはそんなお兄さんに興味深げな様子である。

 気の強そうな少女だけは口撃を続けているが。


 「ははっ、ふらふらしてる、か。言い得て妙だな。だけど、言われっぱなしじゃあいかんよな。よし、ちょっと待ってろ。面白いもの見せてやる」


 確かにそうだと言って住所不定無職はバッグをごそごそと漁り、「これか?いや、こっちだな」と何やら思案した後、両手に人形を抱えて取り出した。

 人形は子どもの片手程の大きさでどれも丁寧に作られていることが分かる。

 

 「お前らには劇ってやつを見せてやろう」

 

 青年は自信満々に宣言する。


 「劇?」

 「げき?」

 「・・・」

 「げきってなに~?」


 劇というものを子どもたちは知らないようだった。

 しかし、青年は笑いながら言った。


 「知らなくても大丈夫だ。それじゃあ始めるぞ~」


 すると取り出した人形の一体がひょっこり起き上がった。

 勿論青年は少しもその人形に触れていない。

 そして、青年の語りが始まった。


 「ある所に若い男がいました。彼は牛飼いでした。ある日、そんな彼の下に一人の老婆が訪ねて来ました」


 すると今度は黒い衣装の如何にも怪しげな風貌の人形が動き出す。

 それを見て子どもたちはきゃっきゃきゃっきゃと楽し気な様子。

 青年は声色を変えて語る。


 『もし、何か食べ物をいただけないかい?』


 如何にも作った口調だが、子どもたちには好評な様だった。

 それから又、語り口調に戻す。


 「青年は空腹な老婆の頼みを受け入れ持っていたパンを渡しました。そのお礼に老婆は若者に本を一冊くれました」


 ちらりと子どもたちを見やると次は次はと目を輝かせていた。

 ジンは「はまった!」と内心喜びながら話を続けた。


 貰った本には精霊が宿っており、その精霊と共に悪事を働く悪魔と呼ばれる存在を倒す。すると綺麗な御姫様が彼の下に現れ、あの老婆は自分であった、助けてくれてありがとうと感謝する。二人の男女と精霊はその後仲良く幸せな家庭を築きめでたしめでたし、と言った所で物語は終わった。


 ジンが語り終えると何時の間にか小さな観客が増えており、その後ろではその親たちまで観賞していた様であった。


 「面白かった!」

 「すご~い!」

 「ちょ、ちょっとはやるのね!」

 「せいれい~」


 終わると同時に子どもたちに詰め寄られ、「もっともっと」とねだられた。

 後ろの大人たちも止めない所を見るに続けることを希望しているみたいだった。

 それからジンは違う物語を2つもやる羽目になった。

 無事にやり終えると子どもたちに「明日もやって」と強制的に約束させられ、仕方なくそれを受け入れた。

 子どもたちを帰すと今度は残っていた大人から「子どもたちの為にありがとう」とお金を渡された。

 ジン自身は子どもの暇つぶしに付き合っただけだと主張したが、相手も「それも立派な仕事だし、何より自分達も楽しめた。十分に金を貰えるだけの事はした。それにこのお金には明日の分も含まれる」と言い負かされ、結局受け取ることとなった。



 その翌日も昼から同じ場所で3つの人形劇を行ったのだ。そしてたった2日でジンは子どもたちやその親御から「人形劇のお兄さん」として認識されつつあった。

 そして現在に至るという訳である。



 「じゃあ行こ~」

 「お~」

 「すすめ~」


 青年の了承を聞くや否やすぐさま強制連行となった。

 拒否権などありはしない。


 広場に行く先々で子どもが増えて行き、その数は軽く十を超え二十に届くかという程になった。

 そしてそんな青年と子どもたちの一団は兎角目に付く。

 

 「今日も人気モンだねぇ、兄ちゃん」

 「ホント羨ましいぜ」

 「ガハハ、モテモテじゃねぇか?」


 屋台のおっちゃんたちはニヤニヤしながらジンにエールを送る。

 勿論、他人事だから言えることだ。


 「代わってくれても良いんだよ?」


 「つか、代われ」と内心思いながら青年は不貞腐れる。

 親父共は笑いながら手を振って答える。

 軽く溜息をつきながら青年は小さな兵士達に連行されて行った。

 

 広場に着いてすぐジンは子どもたちにせがまれた。

 仕方ない、と子どもたちの人気者は人形を取り出し語り始める。


 1話目は月に住む男の子と兎の物語。

 男の子と兎はとても仲の良いコンビでいつも一緒だったが、ある時、悪い神様が月を破壊すべく動き始める。追い詰められた人々は月から違う星に移り住むことを決める。しかし、それを悪神が拒もうとする。兎は己にとって何より大事な男の子を守る為に一匹だけ月に残り、悪神を食い止める。悪神は怒り全てを壊そうと自爆を試みる。兎は大切な人を守る為己の体で何とかそれを防ぐことに成功する。男の子は必死になって兎の名を呼ぶが、その場所には大きな穴があるだけだった。その後、移り住んだ星から男の子は空を見上げる。すると月に兎の模様が浮かんでいた。男の子は大きな声で兎の名を呼ぶと月は一段と光輝いた。


 この話は小さい子には少し内容が難しかったのか、「よくわかんない」という声がちらほら挙がった。

 だが、年長の子には響いたようで特に女の子に泣いている子が幾らか見られた。

 ごく僅かだが、大人の中にも鼻をすする人や目を擦る人がいた。


 

 2話目は趣向を変えて明るい物語。

 とあるちょっとおバカな貴族の息子は悪戯好きで周囲の人をよく困らせていた。ある時、そのバカ息子は偶々見掛けたお姫様に一目惚れしてしまう。何とか気を引こうとするがどうしても上手くいかない。そんな中とある偉い貴族の性悪息子がそのお姫様を嫁にする為お姫様や彼女の実家に嫌がらせや脅しを掛けている事を知ったバカ息子はそれを何とかする為に自分の得意な悪戯で性悪息子とその一家を撃退する。そしてバカ息子とお姫様は結ばれ、めでたしめでたしとの結びとなる。


 こっちは小さい子にも分かりやすい様で悪戯の場面では大きな笑いが起きた。

 性悪息子に悪戯する場面でも歓声が上がり、とても盛り上がりを見せていた。


 2話ともそれなりの長さだったこともあり本日はそれでお開きとなった。

 勿論ねだる子もいたが、親に引きずられ家に帰って行った。



 「あ~終わったぁ~」


 ジンは伸びをして体の凝りを解す。

 小腹も空いたし何処かの屋台に寄ろうかと思っていると、声が掛かった。


 「ちょっと、良いかしら?」


 青年は声のした方にちらりと視線を向ける。

 声の主は女性だった。

 とても整った顔立ちをした美しい女性で笑みを浮かべている。

 そんな彼女の笑みは並大抵の男なら抗い様なく引き込まれる、そんな魅力を持っていた。

 しかし、その魅惑的な女性に対しジンは何の反応も見せない。いや、視線を合わせようとすらしなかった。


 「・・・」


 青年は目線を戻し、人形をバッグにしまい無言のまま立ち去ろうとする。

 しかし、美女は逃走を許さず、ジンの前に回り込む。


 「聞こえてるわよね?無視かしら?」


 美女の笑みは何時の間にか作り物めいたものに変わっていた。

 そんな彼女の言葉に非難が込められているのは顔を見ずとも容易に察せられた。

 しかし、ジンは気にせず彼女を抜き去ろうとする。

 美女は慌てて腕を掴み、逃げるのを止めに掛かる。


 「ちょっと!」


 その声には焦りと怒りが混じっていた。

 どちらの感情も目の前の男性が全く自分の事を気に掛けない事に対してのものである。


 「いきなりなんです?迷惑なのでこの手を離して頂けませんか?」


 丁寧な口調での返事ではあったがその声色には「さっさと放せ」という意図が十二分に込められていた。

 しかし、目の前の美女はそれよりも青年の言葉が引っ掛かった様だ。


 「なっ、この私が折角話し掛けているのに迷惑ですって!?」


 完全に女性の余所行きの顔が崩れた。

 その瞳には強い怒りの炎が灯っている。

 この傲慢さこそ、彼女の素であった。

 そしてジンには何故かそれが最初から分かっていた。

 ジンは一つ大きな溜息をついてから丁寧に語り掛ける。


 「名も名乗らず、人の都合も聞かず、勝手に話し掛けて来て、そんな人警戒しない訳がないでしょう?何より人の腕をいきなり掴み掛かる人なんて迷惑以外の何物でもないと思いますが、あなたはどう思われますか?」


 腕を掴んだのはジンが無言で立ち去ろうとしたから仕方がなかったと言えば仕方がないのだが、頭に血が上っていた女性にはそんな事は考えられなかった。

 そして、その言葉に美女の眦は更に吊り上がり、口元は何とか怒りを堪えようと力が入っている様でキリキリと音が鳴っている。そこには美しさなど欠片も残っていなかった。

 ジンは腕を掴んでいた力が弱まったので、軽く振り払い更に言葉を続けた。


 「で、そんな貴方は一体何処の何方様なのでしょうか?」


 その言葉には敬意などこれっぽっちも込められていなかった。

 女性はその態度にひくひくとこめかみを動かしながらも男のへりくだった言葉遣いに一応留飲を下げたのか服の乱れを直して話し始めた。

 

 「ふんっ、まぁ、いいわ。お望み通り名乗ってあげるから感謝なさい。私はアズリラ、この国の第二魔術部隊所属のエリートよ」


 どう?とでも言わんばかりに勝ち誇った顔を見せるアズリラ。

 この言葉で目の前の男は絶対に謝ってくる筈、そう確信していた。

 国属の魔術師、それは彼女が国そのものの様な錯覚を起こさせ、魔術と言う形のない凶器によって力のない者を簡単に屈服させる。それを彼女はよく知っていた。

 


 「そうですか、ご丁寧にどうも。私はジンと申します。根無し草の旅人です。そんな私に国の魔術師様が御用とは?」


 青年は心内で自分の迂闊さを悔いていた。


 (いくら魔術でないとは言え、無警戒が過ぎたな)


 人目の付きやすい広場での短慮、何処かで自分が物事を甘く考えていた事を恥ずかしい程に自覚させられる。だが、過ぎたことは戻し様がない事も分かっている。


 (これからはもっと慎重に行動しよう)


 そう思い直し、頭を切り替える。

 この間ほんの数秒であった。表情も一切変えずにである。

 


 女性──アズリラは男の変わらぬ態度が気に入らないながらも、接触の目的を話し始める。


 「先程の人形遊び見てたけど、あれ魔術よね?どう言った魔術なの?」


 「は?」


 この女性のあまりに横暴な言葉にジンは虚を突かれる。

 この様な間の抜けた反応になった事について彼に非はない。

 一拍で持ち直した青年は密かにこう思った。


 (コイツ、馬鹿か?)


 他の魔術師の魔術を詮索すること、これは魔術師にとって犯してはならない事である。と言うより魔術を扱う者なら誰しも肝に銘じているであろう常識でもあった。

 正直、殺されていても文句は言えない程の禁忌(タブー)をこの時彼女は犯していた。

 だが、ジンの技術は正確に言うと魔術ではない。

 しかし、ジンはこれ幸いとこの女性の言を利用する。


 「それは無理です。で、用件はそれだけですね?では自分はこれにて」  


 早口で捲し立てると、ジンは全速力で走り出した。

 アズリラはまさかの出来事に数秒ほど思考が停止してしまった。

 

 「え?あ、ちょっと!」


 フリーズ状態から立ち直った女魔術師だったが既に男の姿は人の波に隠れて見えなくなってしまっている所だった。彼女は親指の爪を噛みながら自分の失敗を悟った。

 しかし、そこから思考を切り替える。


 「あの男、この私のお願いを聞かないなんて。でも、魔術師なのは確実ね。無理って言ったもの。それで多分国属ではない。もしかして他国の?でもそれならあんな目立つ真似する筈ない。だったら野良?それならあの無作法も納得できるわね。となると・・・やり様はいくらでもあるわ」


 一通り考えがまとまると彼女はとある目的地に向けて歩き始める。

 その彼女の目は狙った獲物は逃がさないとばかりに爛爛としていた。



   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ