始まり
重厚なものを書いてみたいと思い筆を執りましたが、どうにも無理っぽいです。
某忍者漫画の傀儡の術は大好物です。
更新は毎度の如く不定期ですが良ければどうぞ。
「魔術」
それは自然を超える力。
人は体内に含まれる「魔素」と呼ばれる肉眼では見る事が到底不可能な小さい物体を用いて魔術を行使するとされ、魔素の集合体である「魔力」と言う無形の存在を燃料として「術式」に注ぎ込むことで現象として世界に現れるものが魔術であるとされている。
だが、全ての人が魔術を使える訳ではない。体内に魔素を持たない人は魔術を使う事は不可能とされ、更に魔素を持つ者でも魔術を使えない者は存在する。魔素を持つ者と持たない者の違い、魔素を持つ者の中で魔術を行使できる者と出来ない者に分かれる理由、これらは魔術の命題とされ、長年研究者たちの間で様々な議論が交わされてきたが進捗は好ましくない。
魔術を短時間に連続行使すると貧血の際と似通った症状を見せることから、「魔力=生命力、若しくは血液」とする論も出ている。これについては根拠がないため仮説の域を出ないと言うのが一般的な見解である。
その魔術を使う「魔術師」と呼ばれる人物たちは術式の事を魔術と呼ぶ。そして術式は「魔術師の命」とされ基本的に秘匿されていることが多い。理由は単純で術式が分かってしまえば魔術が使える人間、つまり魔術師には大抵の場合使えてしまうからである。こうなってしまうとその魔術師の価値は途端に一段も二段も下がってしまう。そして戦闘専門の魔術師であれば、自分の手の内がバレることはそれこそ自らの死に繋がりかねない危険な事なのである。だからこそ、魔術師は自らの力を隠す。その所為もあってか魔術の研究はここ数十年程停滞を見せている。
それもあってか、魔術の種類はそれこそ人の数ほど存在するとされ、現在『魔術図鑑』に掲載されている魔術の総数と同程度の数は未知の魔術がこの世界に存在すると言われている。
魔術の研究は今も進められてはいるが前述した通り、近年では大きな発見は見られていない。
それでも、研究によって魔具と呼ばれる器具が生み出され、人々の生活を豊かにしている点は研究が無駄ではないことを逆説的に証明している。ただ、魔術は戦いにも用いられる為、魔術を使えない者の中には「反魔術」を唱える者も一定数存在し、更にその中には少数ながら「反魔術師」を叫ぶ過激な者たちが生まれている。
魔術は人々に何を齎すのか。
幸福か、それとも破滅か、将又それ以外のものなのか。
何れにせよそれを選ぶのは我々人間であるということは間違いないだろう。
「・・・じーちゃん」
「そんな顔するな。これも又摂理というものだ」
ある国の首都から遠く離れた場所に村があった。
裕福とは口が裂けても言えない様な小さな村。
その村から更に山の奥に入った所にポツンと小屋が建っていた。
その小屋の中では床に臥せる老人とそれを悲しげな顔で見つめる少年が居た。
「でも、「でもも糞もあるか。いずれお前は儂の元から巣立って行かなきゃならんかった。それが、儂がオッ死んで少し早まるだけだ」
老人は軽く笑みを浮かべてその様な事を言うが、その笑みは弱々しく、血色のない顔は老人の最期が迫っていることを否応なしに見せつけて来る。
そんな育ての親を見て少年は唇を噛みしめる。手は強く握られ、湧き上がる激情を目の前の老人に悟られまいと必死に堪える姿はどこか美しくもあり悲しくもあった。
「ふぅー、ジンや。お前は自分が独りになると思っとりゃせんか?」
息を静かに吐いてからやれやれと言った口調で老人は少年─ジンに語り掛ける。
少年は間を空けてこくりと頷き返す。
「ばかもん。違うだろうが。人は死ぬ、だがその者が生きていた事を尊び、思い続ける者がいる限り生きる者と死んだ者は繋がっていられるのだ。ジン、お前はクソ爺どものことを忘れたことはあるか?」
「うんうん。そんなことある訳ないよ。テル爺ちゃんやバイ爺ちゃんは今だって大事な家族だもん」
因みにこのテル爺、バイ爺の両名は既にこの世にいない。
両名とも死因は老衰であったこと、穏やかな死を迎えたことを付け加えておく。
「そうだろう?それこそが繋がりだ。お前があやつ等の事を大事に思い続ける限り繋がりは消えん。それにお前にはあやつ等から授かったものがあろうが。だからお前は独りにはならん。いや、もしお前が嫌と言っても独りにさせてもらえんだろう」
カッカッカと笑う老人の声には臥せる前の快活さが少しではあるが戻っていた。
「・・・うん。そうだよね、じいちゃんごめんなさい」
「分かればいい。それと、此処にあるものは全て好きに使え」
その言葉に少年の体が硬直する。
「それって、もしかして下のも?」
老人はゆっくりと頷く。
「残しておいても勿体無いからな。それに、お前の趣味にも丁度良かろうよ」
「ありがとう、じいちゃん」
「泣くな、ばかもん」
その日少年と老人は久々に2人並んで寝た。
少年は久しく忘れていた懐かしい匂いを感じていた。それは祖父の仕事場の香り。
その匂いはとても心地よく眠気を誘い、少年はあっという間に夢の世界へ誘われることとなる。
「自由に生きろ、ジン。」
少年が微睡み行く中、小さくも優しくはっきりとした声が聞えた気がした。
その日、夜空に浮かぶ一つの星が輝きを失った。
少年が翌日目を覚ますと隣の老人は物言わぬ身となっていた。
少年は呼び掛けた。
「じーちゃん、朝だよ?起きなって」
そんな孫の声で祖父が起きることはもうない。
その大きな体を揺すっても、どんなに大きな声で呼んでも老人の死は決して覆らない。
少年はその日家から一歩も外に出て来なかった。
その日とある森で雨が降り続けた。
静かで、そして長い雨であった。
◇◇◇
ザクザクザク
音の先では1人の少年が穴を掘っている。
その様子は正に一心不乱と言ったところか。
手に持つシャベルは少年と比較して不釣り合いな大きさだが、黙々と少年は作業を続けて行く。
「これくらいで良いかな」
自分の首元程までに穴を掘った少年は服のポケットから1枚の紙を取り出す。
綺麗に折り畳んだ紙を丁寧に開いて行くとそこには不思議な幾何学模様が描かれていた。
少年はそれを地面に置いて一歩後ろに下がる。
「開錠、求むるは三つが黒き棺、今ここに出でよ」
少年の呟きと共に幾何学模様が発光し始める。
すると紙上に3つの黒い棺が現れる。
そして発光が終わると模様が消えた真っ新の紙が少年の元へ浮かんで戻って来る。
それから3つの棺はしっかりと穴底に着地する。
それぞれの棺には故人の名前が金色で刻まれている。
いずれも少年を厳しく鍛え、そしてそれ以上の愛を以て育ててくれた恩人たち。
棺に付けられた小窓を開くと3人の故人はどれもまるで死んですぐの様な状態であった。
これも魔術によるもの。言ってしまうだけならば簡単だが、これがどれだけ超越的な技術であるかは術者本人には分かっていない。
そんな少年は目を瞑り合掌する。すると自然と彼等との思い出が頭の中を駆け巡る。歴戦の兵も尾を巻いて逃げ帰る様な地獄の特訓。夕食のおかずの奪い合い。一つ一つは取るに足らない様な小さな思い出に過ぎない。それでも込み上がって来るものを抑えることは出来なかった。
棺の傍に一か所だけ湿っている所があった。
その日は目の覚めるような快晴であったことを添えておく。
穴から這い出た少年はまたシャベルを持って穴を埋める作業を開始する。
黙々と自らの手でこの者達を葬ってあげるのだと言わんばかりに。
少年の目は赤く腫れていたがそれよりも力強い光が灯っていた。
その日から少年は無数の努力を積み重ねて行く。
家にある蔵書を片っ端から読み進め、知識を蓄えて行く。
言語、お伽噺、魔術と選り好みせず書物を読んでは放って行く姿は正に本の虫と言えるだろう。
それだけではなく、魔具の作成、肉体の鍛錬、狩りと亡き家族たちとの習慣を怠ることなく続けていた。
そんな忙しない日々はあっという間に過ぎて行く。
◇◇◇
3年の月日が流れた。
少年は15歳の年を迎える。
3年の月日は少年を青年へと変えつつあった。
子どもっぽさのあった顔は何時しか青年と言って差し支えのないものに移ろいつつあり、背も二回り程大きくなり、体格も日頃の鍛錬の賜物か細身ではあるが絞っていることは窺えるものとなっている。
「じーちゃん、テル爺ちゃん、バイ爺ちゃん、俺行って来るよ。当分戻らないからお墓の世話できなくなるけど許してね?」
そう言ってジンは目印の3つの墓石に水を掛けてから布で水気を拭き取り、花や酒を供える。
墓石はそこら辺に落ちていたものに名を刻んだだけの些か不格好な仕上がりとなっている。
これは故人たちが生前口を揃えて「墓石に鉱石なんか勿体ねぇ、そこらに転がってる石ころで十分だ」と言っていた事に端を発する。ジンは師の言いつけをちゃんと守っていた。
「家の掃除、荷物整理も問題無し。防御系、迎撃系の術式も組んだし、墓の手入れも終わったし、そろそろ行きますか」
最後に墓に向かって手を合わせ軽く黙祷してから青年は歩き始める。
その瞳には寂しさなど欠片もなく、これからの期待に満ちている。
もし、老人たちがこの場に居れば「少しは寂しがらんか!」と拗ねたことであろう。
それでも結局は「行って来い」と青年の背中を押してやっただろうが。
こうして1人の青年がみすぼらしい小屋から旅立った。
その青年の行く末を案じるかのように陽は彼に光を注ぎ、草木はサワサワと風に揺れ、鳥は綺麗な声で鳴くのであった。
後にジンが幼少期を過ごしたこの小屋は多くの者が訪れることになる。その目的は興味本位からであったり、盗みであったりと様々だったが、害意を持って侵入しようとした者は誰一人として敷居を跨ぐことは叶わず、室内に入ってから欲に目が眩んだ者は仕掛けられていた術により問答無用で叩きだされた。
また、小屋の傍にある墓石を見つけ、死体を掘り返そうとしたり、墓石にいたずらをしようと手を出した者は組み込まれた迎撃術式により死すら生温いと思わせる様な痛みをその身を以て味わうことになる。
当然、ジンの仕込みであったのは言うまでもないかもしれない。
遅れましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。