迷解
天井を抜けると別の部屋につながった。二階の一室であるそこの部屋は、僕が取り外した天井部分の床だけが不自然に切り取られていた。
「ひとまずリヲンと合流しよう」
服についた砂埃を払うと僕はドアを開け部屋を出ていく。
二階の廊下も全体的な作りは一階と同じだった。所々にほつれた赤く長い道、暗い廊下を手に持つ光晶だけを頼りに僕は進む。
廊下に響くのは僕の足音だけ。廊下には扉、高価そうな壺、明かりのついていない照明が続く。
「確かこっちでいいはず」
一階の廊下を進んだ時とは逆の方に向かっていた。そろそろ玄関に辿り着くという所でリヲンの声が響き渡った。
「おおおおおぉおおぉおおおおぉ」
「リヲンッ」
悲鳴とも雄叫びとも取れるリヲンの声に、僕は廊下を走り出す。僕は玄関までたどり着くと始めに行った場所に向かって急ぐ。
「何してるの」
心配して急ぎ来た僕の眼前には何とも間抜けな姿をしたリヲンが映る。しかし僕の冷めた視線にもリヲンは臆することはなかった。
「見てわかる通りだ」
リヲンの周りには無数の猫が群がっている。マタタビでも使ったかのようにすりすりと体を寄せ付けじゃれている猫たちにリヲンはもう骨抜き状態だった。
「わかるだろ?」
「う、うん」
真剣な目をしていてもリヲンのその手には猫が抱きかかえられている。来て良かった、と呟くリヲンは特性が解かれたのか、口調も態度も変わっていた。
そんなリヲンを横目に僕は別のことを考えていた。
どうしてこのようなところに猫がいるのだろうか、と。手入れされているのか毛並はよく、とても野良とは思えない猫だった。
すると唐突にリヲンの癒しの時間は唐突に終わりを告げる。口笛のような音が響き渡り、猫たちは途端にどこかへ向かっていく。リヲンは猫たちが向かう先へ手を伸ばし、血の涙でも流すぐらいに顔をゆがませていた。
「先に進もう」
落ち込んでいるリヲンにそう声をかける。
「おう」
リヲンはもう先程までの顔つきではない。特性によるものなのか、僕には正確な判断は出来なかったが、リヲンはまた強気な態度になっていた。
僕はリヲンに先程までの経緯を伝え、ひとまずの目的を足音の主の捜索に切り替えた。
「この部屋で最後のはずだよな」
「そうだね、これで全部の部屋を回ったはずだよ」
それでも何も見つからない。足音の主はおろか、先程の猫の一匹すら見かけることなく時間だけが過ぎて行った。
「何か秘密の部屋、のようなものがあるんじゃないかな」
僕が閉じ込められた部屋の天井のように、不自然に改造され、通れるようにされた場所がほかにもあるのではないか。僕はそう考えた。
「秘密の部屋ねぇ、それらしきものは見てないはずだが」
よほど精巧隠されているのか、今まで見て回った部屋に怪しいところは見つからなかった。百を優に超える部屋の中から闇雲に探し出すのは得策ではない。それはリヲンもわかっているようで、何かを必死に考え込む様子で壁にもたれかかっていた。
「一度全部の部屋を書き出してみるか」
そういうと、リヲンは取り出した紙に建物の間取りを書き出す。リヲンからは想像もつかないほど綺麗に書かれた間取りは一目で建物の構造を理解できるほど完璧に描かれていく。
「意外か?」
僕のそんな奇異な視線を目ざとく感じ取ったリヲンはその手を止め顔を上げた。
「やっぱそう思うよな、だけど俺は本来こういう細かい事が得意なんだ。特性によって性格が切り替わっててもそれは変わらない」
「そうなんだ」
僕は未だ特性というものについてあまり知らない。僕がさんざん厄介に思っていた忌まわしい嘘も、特性というものらしい。しかし特性と分かったとしても厄介という事実は覆らない。
結局『嘘』は僕にとって好きになれるものではない。
「できたぞ」
出来上がった見取り図を簡単に説明するとこうだった。一階は主に貴賓室とでも言うのか、とにかく部屋が多くみられる。そして二階の中央にはパーティーにでも使うような大広間があった。浴室、お手洗い、厨房は一階と二階に数か所存在していた。
「何か気が付くか?」
別段おかしな点は見られない。見取り図はまさに見てきた通りの部屋が正確に描かれていた。僕はリヲンの言葉に首を横に振る。
「だよなぁ」
リヲン共々頭を悩ませる。
「大広間にでも行ってみるか? 一番デカいし」
「そうだね」
悩んでいても状況は何も変わらない。たとえ関係のない場所であっても、一考の価値はある。善は急げ、とりあえず行動する事で事態の進展を期待し、僕たちは動き出す。
二度目に訪れた静寂の中不気味さを感じる仄暗い大広間はやはり壮大だった。しかし、二手に分かれて辺りを探索してみても何も見つからない。
「そういえば腹減ったよな」
合流したリヲンの突然の言葉に僕は腹の虫で答えてしまった。
「厨房に食材があったはずだ、飯にしようぜ」
「ああ」
置いてある食材はどれも新鮮であり、とても長年放置されていたとは思えない。厨房も掃除が行き届いており、埃が全く存在しない綺麗なものだった。
使って良いのかの許可を取る者もいない建物ではとにかく自由だった。僕は一度来た時にすでに食材や道具の位置をある程度把握していたので、迷うこと無くそれらを取り出す。
「俺も手伝うぞ」
僕はリヲンと共に光晶の明かり一つの仄暗い厨房で料理を始めた。火晶も劣化が目立たない比較的まだ使える代物であり、何一つ困ること無く火を使うことが出来た。
生活感を感じさせる建物に疑問を感じつつも、料理は完成した。
「うめぇ、シラ姉の作る料理よりホントうまいわ」
「シラ姉は料理下手なの?」
「あれは下手ってものじゃないぞ」
何かを思い出してかリヲンの顔が青ざめる。
「一度みんなの要望に応えるように、リラ姉が仕方なく料理を作ったことがあってな、見た目はうまそうなんだ、だけど味は最悪だった。あらゆる料理の欠点を集めに集めたような究極の下手物だ」
そうして次々と味の詳細を語っていくリヲン。口では嫌そうにしながらも表情は嫌そうに見えなかった。
ぐゅるるぅる。
厨房に響き渡る空腹の音色。
「おいおい、まだ腹減ってるのか」
「違うよ」
「なら誰が」
僕は物陰からこちらを見る二つの眼を見つける。
「あの子じゃないかな」
リヲンは僕の指差す方向に人影を見ると、途端に捕獲に向かう。人影は逃げ出そうとするものの、リヲンに呆気無く捕まってしまう。
「離せッ」
「暴れるな、手間だろうが」
リヲンに抑えられた者は振りほどこうと必死にもがき青色の髪を揺らす。しかし抵抗むなしく、リヲンの拘束は少しも外れることはなかった。
「女の子?」
身なりは古めかしく髪も雑に揃えてあるものの、目の前の者は線が細く整った顔立ちをしていた。
「だったら何だよ」
少女は威嚇するように睨みつける。それに反して少女のお腹は正直なのか大きな音を立てて主張する。
「ぅ」
腹の虫が鳴ると、少女は恥ずかしいからか顔を赤らめる。僕は残った料理を持ってくる。
「良かったら食べる?」
「それは元々アタシのだ」
少女の言葉にリヲンは腑に落ちた様子を見せる。
「どうりで食材が新しいわけだ」
少女からしてみれば自分のもので勝手に料理を作り、あまつさえそれを食べている僕とリヲンは不審者以外の何者でもなかったのだ。
「勝手に食べてごめん」
「悪かったな」
僕もリヲンも勝手に盗賊の物だと思い好き勝手していたが、思い違いだったことに謝罪する。
「いいから離せよ」
おっと悪い、とリヲンは慌てて手を話す。少女は捕まっていた手首を軽く擦ると目の前の料理を食べ始める。
その様子を僕とリヲンが見ていると少女はきつい目つきを向けてくる。
「何か悪いか、これは元々アタシものだぞ」
そのまま少女は満足するまで料理を漁った。最も大半は僕とリヲンは食べ終わった後だったが、少女野原にはそれでも十分なようだった。
「お前、ここに住んでるのか」
少女が食べ終わる頃を見計らってリヲンが質問を投げかける。
「そうだよ、ここはアタシの城だ」
誇らしげに胸を張る少女。しかし発展途上の胸は山になることはなかった。
「ホントにお前のものか?」
「この森にも城にも誰も住んでないんだ、だから全部アタシのものだ」
少女は自分理論を炸裂させる。
「盗賊とか見かけたことはない?」
このままでは一向に先に進まないと感じた僕は、リヲンと少女のやり取りの間を見て質問する。
「ん~、そういうのは見ないな。まず人を見かけないからな」
この森を満足に歩けるのはアタシぐらいだからな、と少女は鼻を高くする。
「なら、町に行った事はあるかな?」
僕は続け様に質問する。意図を把握してか、リヲンも無駄な口を開く事をやめる。
「町ならよく行くな、この森じゃ食べ物もろくに無いしな」
僕が切り出すより先にリヲンが口を開く。
「お前が最近町で盗みを働く輩か」
「はぁ、何を言ってんだよ。アタシがそんなことやるわけ無いだろ」
「最近町で物品や金品が盗まれる事件が多発している。その犯人はこの森付近に逃げていくそうだ」
「だから何だよ」
「この森に住んでいるのはお前だけだ。つまりどう考えてもお前が盗賊その人だ」
「アタシを盗人扱いするとはいい度胸だな? アタシのものを勝手に食ったくせによ」
少女の反論にリヲンも僕も一瞬萎縮するものの、リヲンはすぐに立て直し言い返す。
「それも盗んできたものじゃないのか」
「そんなわけないだろ」
どうかな、と挑発するようなリヲンの言葉に少女は怒りで顔を赤く染める。少女が口を開こうとしたその時、リヲンは突然誰もいない方向に顔を向ける。
『こんなとこに城があるなんてな』
理由を聞くより先に、声が聞こえ、それがリヲンの行動を証明する。誰かが建物の中に入ってきたのだ。声が反響するおかげですぐさまそれに気づく。
リヲンは声を潜めて、気づかれないように言葉を発する。
「誰かが入ってきたな」
言われるまでもなく僕と少女もそれに気づいていたので頷く。
「知り合い……なわけないよな」
「当たり前だろ」
不貞腐れるように言葉返す少女。やり取りの間にも声は近づいてくる。
『しかし、なんたってこんな森に城なんてあるんだか』
『知らん、頂けるものがあれば頂戴するまでだ』
『だな』
声からして人数は二人のようだった。幸いこちらには向かってこず、別の方向へと足音は遠ざかっていく。
「明らかにあっちが本命だな」
「そうだね」
悪かったな、と少女に軽く頭を下げるリヲンに僕を続く。だから言ったじゃねぇか、と口悪く少女は言い返す。
「出来るなら捕縛したいところだが……」
リヲンは言いながら僕と少女を交互に見る。
「このメンツじゃ難しいか」
「何アタシを頭数に入れてんだよ、アタシは何もしないぞ」
「良いじゃねぇか、お前だって不審者がウロウロしてたら困るだろ?」
「そうだな、アタシはお前らがウロウロしてるのに困ってる」
少女は暗に僕とリヲンを不審者呼ばわりするが、僕は言い返すことが出来なかった。何せ僕らも十分不審者という立場だったからだ。
「お前らと、そのお前らが言う盗賊もアタシからしてみれば同じだ」
少女はお前らも出て行けと視線で訴える。
「分かった」
行くぞ、と言い残しリヲンは厨房から出て行く。リヲンがいなくなると僕は少女に一声かけ、厨房を後にする。
去り際、みんなアタシから何かを奪っていくんだ、と聞こえた少女の呟き。その言葉はとても悲しい響きで僕の耳に残った。
先に行っていたリヲンに追いつくと隣に並ぶ形で歩調を合わせる
「あの子は一人だ大丈夫かな?」
「心配なら戻ってやればいい、まぁ戻っても邪険に扱われるだけだろうがな」
「う~ん」
「それにアイツ自信が望んだことだ」
「そう……だね」
僕はリヲンの言葉に押される形で、どこか釈然としないまま先に進む。
出て行けという少女の意思は本心だった。散々嘘をついてきた僕にはありありとそれが分かった。しかし僕の嘘が出なかった事から少女は困っていなかったのだろう。
それでも何かかけられる言葉があったかもしれない。少女に手を差し伸べられたかもしれない。だけど僕はそれをしなかった。
僕には勇気がない。僕にあるのは嘘だけだ。
やりたいことが増えると必然的に蔑ろになる執筆。やりたいことが増えすぎるといっそ全部を投げ出したくなる僕です。執筆ではうまく言葉で表現出来ずに悩んでいます。同じ言葉ばかり使ってしまう辺りが残念極まりないです。方針はゆったり行こうに確定した次第です。自分のペースで、あくまで楽しんでやるのが一番だと思いました。仕事ではないし、期限を設けて自分で自分の首を絞める行為は逆効果でした。やれと言われるとやりたくなくなる、そんな子供のような自分に思わず笑ってしまいます。この作品は荒い設定の元書き始めたので雑さが目雑かと思いますがご勘弁を。一人称で書き始めたのですが、三人称のほうが良かったかなという優柔不断さ。書きなぐるように思いついたことを書いていく適当さ。しかしそれをまとめる文章力の無さ。悲しいです。