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再婚

作者: ここぎ

「あの、ね、純。私…………結婚しようと思ってる人がいるの」

 冬が終わりに近づきだんだんと昼が長くなり始めたある日の晩、まるで長年の罪を懺悔するかのごとく母さんはそう切り出した。

「仕事の方でお世話になってた方なんだけど宏樹ひろきさんが食事に誘って頂いたのが始まりで……」

 聞いてもいないのに母さんは照れながらも馴れ初めを話し始めた。どうも宏樹さんと言うのが相手方の名前で前妻は病気で10年以上も前に亡くなっているらしい。

 将来を誓ったパートナーを病で亡くしたという共通点もあってかすぐに仲良くなり、次第に恋へと発展したと言う。

「でもね、やっぱり子供も大きいし、いい年になってるじゃない? お互いにそれ以上進むのはないだろうって思ってたの」

 聞けば付き合い始めて2年になると言う。それが長いのか短いのかいまいち俺には判断できなかったが、結婚を前提に交際を始めたと言うなら長い方なのではないだろうか。

「でもこの前会ったときに一度考えてみないかって言われたの。もちろん純が反対するならこの話は無かったことにするし、宏樹さんにも会わないわ。だから一度、考えてみてもらえないかしら? ほんの少しでも嫌な気持ちがあるなら遠慮せずに言ってよ。お互いの子供を最優先に考えようって宏樹さんも言ってくださってるしね」

 晩飯が終わり、俺の唯一のリラックスタイムがとんだことになったものだ。

「お互いの子供って相手方にも子供がいるの?」

「えぇ。今年から高校1年生の女の子がいるわ」

 どうやら妹が出来るらしい。しかも年が1つしか違わないとは大丈夫なのだろうか。

「答えはすぐじゃなくてもいいわ。でも出来れば今週中に教えてくれると助かるわ」

「俺は反対しないよ。母さんも父さんが死んでから8年も経ってるんだから自分のこと考えなよ。まぁ相手がオッケー出したらの話だけどね」

 俺がそう言うと母さんは目を潤ませながら「純……」と小さく呟いた。

 正直、俺にはどっちでもよかった。母さんと2人暮らしでも小さなアパートで慎ましく暮らせば不満らしい不満もなかったし、あと2年もすればどうせどこか地方の大学にでも進学して一人暮らしを始めるつもりだった。

 何より俺がいなくなったときに、母さんと一緒にいてくれる誰かがいるならそれにこしたことはないし、母さんもそれで幸せなら反対する理由もない。

 よって俺は両手を上げてというわけではないが、断固反対というような理由もないため当面は応援していくことにした。




 事が動いたのはそれから1週間後、新学期もそろそろ始まろうかと言う頃だった。 相手方の子供たちからも特に反対が出ることなく、当人同士が「これまで散々悩んでいたのはいったい……」と拍子抜けするほど順調に進み、実際に顔合わせをしようかということになったのだ。

 指定されたのは駅前の高級ホテルだった。母さん曰く、相手は相当の資産家でそれなりに大きな会社の社長をしているらしい。

 母さんから会社名を聞いたときはあまりにも有名な名前で騙されているのではないかと真剣に疑ったほどだ。

 だが、冷静になって考えてみれば10年以上もの間女手ひとつで手のかかるガキを育ててきたのだ。それなりにとは言えない程の額の金もかかっているだろう。そう思えば母さんもなかなかの腕だったのかもしれない。

 若干、緊張しながらもそんなことを考えながら俺は一人でホテルへと向かった。

 高級感漂う大理石のエントランスから、絨毯の敷かれたエレベーターに乗り込むと、脇に制服を着た女性が待機していた。

「どちらまでいかれますか?」

「レストランまでお願いします」

 何階なのか調べるのも面倒でそう言うと「かしこまりました」と28というボタンを押して、扉が閉まった。久しぶりにした腕時計を見ると18時50分を示していた。約束の時間の10分前だ。

 ようやく安っぽいベルの音がして28階に着くと中に入る前にお手洗いに向かい身だしなみを確認した。一応きちんとした格好で、と母さんから厳命を承けていたためそれほどチャラチャラしたようなものではなく、学生なのを考えるとこういう場所でも大丈夫だろうと思われるものを着てきたつもりだ。

 たいして直すところもなくもう一度確認してから中に進むと、すぐに声をかけられた。

「どちら様でしょうか?」

「たぶん高橋で予約が入ってると思うんですけど」

 高橋と言うのは例の宏樹さんの名字だ。それを手持ちの名簿で素早く確認すると「ご案内します」と言ってついてくるように促した。黙って後ろをついていくと、なんとなくあの席だなと言うのがわかった。窓際の夜景が綺麗なその席には可愛い女の子が、緊張した表情で座っていた。

「こちらの席になります。ごゆっくりお楽しみください」

 そう言ってウェイターが下がると、俺は窓際に座った。それを女の子はポカーンとした表情で特に何を言うわけでもなく眺めている。

「えっと、初めまして。水戸 純です。母さんはちょっと仕事の都合で遅れてくるって。ごめんね」

 このままだといつまでも呆けてそうな2人に対して俺が自己紹介すると慌てて女の子が自己紹介をした。

「あっ初めまして。高橋 れいです。父も仕事が終わらないらしくて。すみません」

 なにやら父親の不手際に責任を感じているようだった。しかし、俺にとってこの状況は好都合だった。

「そういうのはお互い様だから、気にしないようにしよう。で、玲ちゃんって呼んでもいいかな」

「はい、もちろんです」

 年下の女の子と話す機会があまりないためどのように扱えばいいのかいまいちよく分からないが、出来るだけ優しく話しかけると嬉しそうに笑ってくれた。

「じゃあいくつか聞きたいことがあるんだけどいい?」

「なんでしょうか?」

「この結婚には反対じゃないんだよね?」

 確認の意味合いも込めてそう始めるとしっかりと頷いた。

「なるほど。でも変な話、俺の母さんが君の家の財産目当てだって思わなかったの?」

「そういうのは父が判断しますし、父も分かってると思いますから」

「まぁそうだろうね。じゃあ俺と玲ちゃんって1つしか年が違わないんだけど、再婚が決まると一緒に暮らすことになるかもしれない。それって大丈夫?」

「正直初めは抵抗があると思います。でも、純さんなら大丈夫だと思います。そういうのって慣れだと思いますし」

 答えにくいことを聞いたつもりだったのだが、玲は即答で返してくる。なかなかに頭の回転が早い子なのだろう。

「そっか。それはよかったよ。母さんも最近は凄く嬉しそうにしてるから、きっと宏樹さんのことが好きでしょうがないと思うんだ。だから玲ちゃんが反対しなくてよかった」

「あの、私からも質問してもいいですか?」

「もちろんいいよ」

「純さんもこれについては賛成なんですよね?」

「そうだね」

「でも引っ越しとか転校とか大変じゃないですか?」

「まぁそれぐらいは新しい生活をするんだから必要なことだろうって覚悟はしてたからね」

 この事が決まってすぐに出た話が住居の問題だ。高橋家と水戸家は電車で片道およそ2時間かかり、結婚が決まれば当然一緒に暮らすことになる。そうなるとどちらかが引っ越すことになるのだが議論の余地なく、水戸家が引っ越すことになるだろう。あんなアパートに1家族が暮らせるとは到底思えない。というわけで長々と通学時間をかけるぐらいなら転校することにしたのだ。今からでは新学期には間に合わないだろうが、それでも4月の間には決まるだろう。高橋家から最も近い高校も目星が立っている。

「質問はそれだけかな?」

「はい。ありがとうございました」

「よし。じゃあまずはその敬語を止めようか」

「へ?」

 俺のその要求に玲はいささか間抜けな返事を返した。

「ほら、たぶん親たちは子供同士の反応に敏感になっちゃうと思うんだ。だからどうだろう?」

「は、うん。わかった」

 無理しているような気もするがその内慣れてくるだろう。初対面の年上相手にタメ口は違和感があるのかうつ向きぎみになっている。

「よし、じゃあこれで安心だね」

 そう言って右斜め前方に視線を向けた。その席に座っていたスーツを着た男と一瞬目があってすぐに逸らされたが、笑っていると観念したのか相席していた女性と一緒に立ち上がってこちらに歩いてきた。それに合わせて俺も立ち上がった。

「いや~まさかばれていたとは思わなかったよ」

 ニコニコした爽やかな短髪の男性はそう言いながら俺に挨拶した。素直に俺もこういう年の取り方をしたいと思うような男性だった。スーツを着て確かではないが見た目は細いがそれでもひ弱ではないという印象を受ける。その男性をみて玲はギョッとした表情を見せた。

「初めましてだね。高橋宏樹です。君のお母さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいているよ」

「初めまして。水戸純です。母からは常々素晴らしい方だとのろけられています」

「ほぅ」

「ちょっと純!」

 そう言うと母さんは顔を赤くして制止をかけ、宏樹さんはにやにやしながら母さんを見ていた。

 それから母さんと玲も自己紹介を済ませ、食事を始めた。

 初めの冗談がよかったのかそれとも宏樹さんの人柄ゆえか食事中は和やかに進んでいった。


「さて、いささか怖くはあるが聞いておかなければいけないな」

 メインディッシュも終わり、デザートが運ばれてくる僅かな時間に宏樹さんはそう始めた。

「実はね純くん。この子達と遥さんが会うのは初めてではないのだよ。数日前に既に顔合わせは終えている」

 俺はそれを黙って聞いている。そういえば自己紹介の時も勝手知ったると言った感じだったなとぼんやりと思い返した。

「それでもう一度だが、私は君のお母さん、遥さんと結婚したいと思っている。しかし、私はこの通り子供もいるし家もきっと私の家に住むことになるだろう。君にはこの中で一番迷惑をかけることになってしまう。君が嫌だと言うならこの話は白紙に戻すし、遥さんとの交際も止める。返事はすくじゃなくても構わないから一度私たちと家族になることを考えてもらえないだろうか」

 最初のニコニコとした雰囲気は一切なく、真面目な顔つきで頭を下げた。そんな様子を母さんは固唾を飲んで見守っている。

「分かりました。結論は今すぐには出せませんが考えてみます」

「そうか。ありがとう」

 なんとなく張り詰めた空気が緩み、丁度デザートが運ばれてきた。

「ささ、真面目な話はこれで終わりだ。ようやく料理を味わって食べることが出来るよ。それじゃあ頂こうか」

 その宏樹さんの声でさっきのような楽しい時間が最後まで過ごすことが出来た。しかし俺の隣の母さんだけは表情に影が落ちていた。俺が即答しなかったことで気が変わったのかもしれないとか考えているのだろう。

 食事が終わり少しだけ談笑したあと、レストランを後にした。ちなみに会計は宏樹さんがカードで払っていた。この時、真っ黒のカードなんて初めて見てみて、密かにぎょっとした。

「今日は楽しい時間をありがとう。大事なことだから私になんて遠慮せずにじっくり考えてくれよ」

「あのっ」

 そう言って締め括ろうとしていた宏樹さんに口をはさんだ。

「少しだけ2人で話しませんか?」




 俺と宏樹さんは母さんたちを置いて2人でぶらぶらと散歩に出た。母さんたちはホテルのエントランスで座って待っているだろう。

 長引かせるつもりのない俺はさっさと本題に入った。

「正直、俺はこの話を始めて聞いたとき反対しようかなと思ってました」

 まぁ嘘だけど。

「俺の父は俺が8歳の時に癌で亡くなりました。今から9年前です」

 僅かな沈黙。周りからは都会だというのにその独特の喧騒は完全に成りを潜めていた。

「俺はまだ小さかったけど今でも鮮明に覚えています。病室で、俺の前で声をあげて泣いている母さんのことを。それまでは少なくとも俺の前ではどんなに辛くても涙なんて見せなかったのにです。それからの母さんは見ていられませんでした。ボロボロなのに一生懸命働いて、なのに夜な夜な涙を流してました」

 宏樹さんは黙って聞いている。もしかしたら自分の妻が亡くなったときのことを思い出しているのかもしれない。

「俺と宏樹さんはまだ他人です。変な話、宏樹さんが明日死んでもたぶん涙も流さないでしょう。母さんと違って血の繋がりもありませんし。でも家族になれば話は別です。血の繋がりがなくても、過ごした時間が短くても、誰かがいなくなればきっと悲しいし、涙を流すと思います」

 僕はその場に立ち止まった。宏樹さんが少し前に立ち止まったからだ。大通りから一本ずれたその道には人通りは少なかった。

「でも家族にならなければそんな心配はしなくてもすみます。あんな傷ついたボロボロの母さんを見る心配がなくなるんです。だから反対だった」

 俺はゆっくりと宏樹さんの方を振り向いた。丁度街灯の下で真上から光を浴びていた。その表情は悲痛そうに歪んでいた。

「だから母さんと結婚したいなら条件があります。それは必ず側にいることです。精神的にも、肉体的にも母さんの側に居続けてください。当然、どんな理由があろうと離婚なんてさせませんし、事故であろうと先に死ぬことも許しません。日々の生活に注意をしなくてはいけませんしたぶん相当めんどくさいです」

 そんな表情でも、宏樹さんは俺から目をそらすことはなかった。

「絶対に母さんを一人にしないでください。宏樹さんはそれを誓えますか?」

「それが遥さんとの結婚の条件なら、もちろん誓うよ。私は絶対に遥さんを一人にはしない」

「即答するんですね。もう少し悩むと思ってました」

 思わずそう漏らすと宏樹さんは小さく笑った。

「私は遥さんと出会ってから、少しでも長く一緒に居たくて健康には気を使うようになったんだよ。それが条件なら大丈夫さ」

「そうだったんですね。宏樹さん、母をよろしくお願いします」

 俺がそう言うと宏樹さんは少年のように笑った。

 それからたわいもない談笑をしながら戻るとなんと宏樹さんはホテルのエントランスで母さんに抱きついてキスをした。それからその場で膝をついて指輪を取り出し、

「遥さんが心配していたことは全てクリアしました。ですから僕と結婚してください」

 プロポーズした。

 母さんは嬉しさやら驚きやら羞恥やらで複雑そうな顔を俺に向けたが、黙って小さく頷くと、涙を流しながら「はい」と笑った。

 と同時になにかの舞台の演技を見ていたような野次馬たちが一斉に拍手やら口笛やらで祝福してくれた。それに母さんと宏樹さんは笑顔で答えながらもう一度キスをした。

 その様子を少し離れたところで俺と玲は苦笑いをしながら祝福した。

 こうして俺たちは家族となった。




 翌日からはとにかく大忙しだった。なにしろ高橋家は電車で片道2時間はかかる。それも県境を2回も越えなければならないのだ。しかも、母さんはこんなにもあっさりと俺が許可をするとは思っていなかったらしく、準備を何一つしていなかった。 慌てて引っ越し業者に連絡を入れ、慣れ親しんだアパートと別れるべく荷造りをしなければいけなくなった。それでも、もともと部屋の物が少ないため、片付けに手間はあまりかからないが。

 それに持っていくものといったら自分の衣服やどうしてもというものだけで生活に必要な家具やらは高橋家には既に揃っている。

 後から必要になればいくらでも買ってやれるからと宏樹さんにも言ってもらっているため、母さんも処分することを躊躇することはほとんどない。

 それよりも大変だったのは高校のことだ。急に決まった再婚で転校することを了承したが、新学期が始まるまで2週間をきっている。現在の学校に電話して書類等をその場でさっさと書いて提出したが、おそらく新学期開始には間に合わないだろう。そんなに仲の良い友達がいたわけではないが、最低限の連絡は全てが決まったあとに事後報告ということになりそうだ。

 転校先は玲が入学を決めていた高校にした。理由は進学率は県内トップを誇り、超難関大学にも合格者を出しているから。ではなく、一番の理由は家から近いからだ。ちなみに玲も同じ理由らしい。

 学校に連絡を入れて、前の学校の成績表と必要書類の提出。それから両親も交えた簡単な面接の後、学力検査。いわゆる転入試験を受けた。で、新手のイジメか何か知らないが、俺と親の目の前で採点をするという鬼畜な仕打ちを受けた。

 2年生からという変な時期からの転入と言うことだったが、幸いにも結果はアベレージ90点越えの好評かで見事合格。前の学校でもたまに学年トップに立っていた学力は、数日勉強しなかった程度では衰えないらしい。欠席日数がそれなりにあることを母さんは心配していたが、特に言及されることもなく、『高橋純』の入学許可書を受け取った。

 一応、引っ越しなどを済ませて落ち着いてからということで、始業式から1週間後から登校することになった。

 引っ越しを玲の入学式の前日にすることになって、あの顔合わせからの2週間は息つく暇もないほど慌ただしい日々を過ごしてきた。

 宏樹さんの車から降りて目に飛び込んできたのは、豪邸と言っても差し支えないほど大きな家だった。隣で母さんが「大きいって聞いてたけどこんなにも大きいなんて」と呟いていたので、母さんも初めてきたのだろう。

 荷物は一足早くに着いていたらしく既に運び込まれているらしい。俺は2階で玲の部屋の隣に、母さんは宏樹さんの書斎の隣に1つずつ自分の部屋をもらい、しかも合格祝いと言って俺専用のパソコンまで買ってくれたのは流石にびっくりした。

「さて。今日からここが君の帰ってくる家だ。改めてよろしくな」

「はい。よろしくお願いします」

 こうして慌ただしいながらも俺たちの新生活はスタートした。


なんか書いてて純と玲が恋に落ちる未来しか見えない

再婚ってもっと慎重になってるかもって書き上げた後に思った

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