全て私が悪いのか
一気にワーっと書きました。ちょっと展開早いです。
虐待とは、一体何処までが虐待なのだろうか? そして、虐待じゃなければ、逃げてはダメなのだろうか?
「一人でやりなさい」
それは、私の最初の母の口癖だった。
母は、美人だったが、典型的なキャリアーウーマンで女医の仕事が好きで、父と結婚したのも私を妊娠したからという理由だった。
一人でやりなさい、一人で出来るようになりなさいと、母は口癖のようにいい、さっさと自立しろとよくいっていた。
けれど愛情が無かった訳ではない。熱を出して色んな物を吐いてしまった時は、汚いのも構わず抱き締めてくれたし、慣れない料理を四苦八苦してつくってくれた。
まぁ、普段は色々なことを叩き込まれ、死ななければ生きていけると言われつづけた。
「もう、一人で留守番出来るわよね?」
5歳の時に鍵を渡され、私はずっと留守番していた。寒い夜は酷く寂しかったし、私の食事は野菜の丸かじりだった。
9歳になれば、流石に料理の一つや二つは出来るようになるが、作る気もなく、私は調味料を飲んだり野菜をかじる程度。
さて、そんな状況で事件は普通に起こる。至って単純、栄養失調と近所のお節介。
私の住んでいた所は団地だので、私がずっと部屋から出ず、両親が帰るのが遅いと不安になった大家さんが勝手に入り、倒れた私をみつけ、そのまま病院送り。
「大丈夫かチアキ!?本当に……すまなかった!」
目を開ければ、父に痛いほど抱き締められた。この時の衝撃は余りにも凄かった。父は典型的な仕事人間で、私など見向きもしなかったのに、目の前の父は涙を流しているのだ。
「お母さんは……?」
「大事な手術が始まるから来ないそうだ……」
母らしい。悲観する訳でもなく、むしろ私はその執念ともいえる何かに感動すら覚えた。
母がいなければ明日をつかめない人もいる。だから、仕方がない。
しかし、父はそうではなかったらしい。その日から父は母と衝突することが増え始めた。
「少しは仕事を減らせ……!?」
「私がいなきゃ死ぬ人も……」
「まだ子供に……」
「あの子はあぁ見えて強く……」
普段は互いを無視して、いない存在としていたのが嘘みたいに、二人は意見をぶつけ合った。そして、最終的な結論は……
「俺たちは、離婚することとなった」
12の時、父はそういった。母は最後まで私の親権を主張してはいたらしいが、父が親権をもつことになったという。
「それで……引っ越すことになったんだが……」
「うん、いいよ」
私はそういうしか無かった。
父は、私が病院に運ばれてから、優しくしてくれた。会社を適度に休みながら私の側にいてくれたし、参観日や運動会にも来てくれた。
今回の引っ越しも私を思ってのことだったのだろう。ずっと夫婦喧嘩して、近所の注目になってたから引っ越しを決めたのだ。
父の善意を無に出来なかった。
新しい町に引っ越し、新しい家に来てからの生活は普通に幸せだった。私が大好きだといってくれる友達も多く出来て、勉強も楽しんで……なりより……『不干渉』だった。
「紹介する……君の新しいお母さんになる……琴音さんだ」
「こ、こんにちわ!琴音です!仲良くしてね」
ある日、父から紹介されたのは、フワフワの髪の毛とゆるふわっとした雰囲気が特徴の人で、女性というよりかは少女というのが強い感じがする……
母とは正反対の、女性だった。
考えてみれば、当たり前だ。父はまだ30代でまだ若いし、大きな仕事をしていて、何より見た目もいいから、女性はよってくるだろう。
だから、その中に惹かれた女性がいても仕方がない。
「よろしくね、琴音さん」
私が色んなものを飲み込み、笑顔で手を差し出せば、琴音さんはホッとしたようにその手をつかんだ。
「うん!」
こうして、私には新しい母が出来た。
琴音さんは、優しくて純粋で可愛くて一生懸命な努力家だった。暖かい料理を作るし、甘くて美味しいお菓子も作ってくれる。連れ子の私にも優しく接してくれた。
「ご飯作ったよー」
「甘いお菓子を作ってみたんだけど、どうかな?」
「今度、遊園地にいかない?」
けれど、私には正直、鬱陶しく思っていた。口には出さず、ずっと飲み込んでいたが、ある時にはついいってしまう時がある。そうすると、琴音さんは泣きそうな顔でこういうのだ。
「やっぱり……私がお母さんじゃないから……」
それを言われると罪悪感でいっぱいになった。彼女は悪くなく、むしろいい人で……そうなると、必然的に悪いのが私だけなのだ。
「逃げちゃ……ダメだ」
私は、向き合うことにした。逃げてはダメだと思う。
一人でなんとかしなくてはダメだ。父にこれ以上迷惑をかけてはダメだ。大丈夫、笑顔を張り付ければいい。
資格も取るようにした。未成年が取れるものは片っ端からしらべあげ、大量の資格収得を目指した。ある意味ではプライドの問題だったのだろう。
そんな風に、私は頑張ってた筈だった。
「虐待されてたなんて可哀想にね……」
「…っ…」
それでも、琴音さんにこう言われただけで私は全てに苛立つ。琴音さんはバカにしてるんじゃないのは分かるが、苦しかった。
「あ、美味しい?今日はパエリアにしたの」
「うん、美味しいよ」
ごめんなさい。全然美味しくなんてないです。吐き気がします。凄く苦しいです。私、嘘ついてます。
まるで、水の中で生活するような、底なし沼に沈められるような……そんな苦しさを飲み込んでいた。何度か、限界を迎えてカウンセリングも受けて助けを求めたが……
「これは虐待ではありませんよ。君のお母さんとお父さんは愛情深く接してます。ちゃんと向き合えばいいのです」
「逃げないで、しっかりと話し合えば大丈夫です…」
「世の中には、もっと苦しんでる子供たちもいるんですよ。アナタは贅沢です」
やはり、自分が悪いのだった。
向き合えばいいというが、一体いつまで向き合えというのだろうか?
確かに私は贅沢だ。この世には優しくされない子供がいるし、本当の虐待を受ける子もいる。前の母がしていたことも虐待だったはずだ。それで今は何不自由ない……なのに
とても、苦しいのです。
それでも、色々と飲み込み問題のない家族をやってたけど……
「チアキちゃんは昔と違って幸せだよね?」
プツン
この悪意ない一言が……たぶん最後の糸だったのかもしれない。
ある日、夜中に目が覚めてしまった私は冷蔵庫を開けるとビールや発泡酒に目がいき……思わず手を伸ばしてしまった。プシュッと音をならし、私は一気に煽る。
もう、何もかも分からなくなりたくて、一時的でいいからと……気が付けば、13本くらいをすぐに飲んでて、14本目に手を伸ばした時……
「何をやっているんだ!?」
「チアキちゃん!?」
異変に気づいたらしい父と琴音さんが部屋にきた。辺り一面の缶が散らばってるのを唖然としてみていた。何かを言おうと口を開こうとしたら……
「ウプッ……ウボォォエェエ!!!」
思わず吐いてしまった。顎が外れるんじゃないかというぐらい不純物を口から出した。まるで今まで溜め込んでいたものが吐き出されたようだと思った。
「ゲボッ……グッ……ウェエボボ…助け…」
手と服を汚してゲロまみれになった私は苦しさの余り思わず琴音さんに手を伸ばしてしまった。
「触らないで!」
バシン!と手を弾かれた。そりゃそうだ、こんなの汚いし臭いしヤバイ。触りたくないに決まってる……けど……
「チアキ!?」
「ヴぁぁああ…!!…あぁぁあ!…………」
私は琴音さんを突き飛ばして、家を出た。裸足で薄着のままでも気にしないで私は足を動かし、走り続けた。
喉は張り裂けそうな痛く、意識はもうろうとする、走った足は痛くて、肺は千切れそうで、胃が痛い。どれくらい走ったのだろうか……走る力を無くし、フラフラと歩く。
「チアキ!?」
振り向けば、そこには絶対にいない筈の人がいた。黒髪の長身で、とても綺麗な人……
「お母さ……ん?」
「どうしたのチアキ!そんな格好で……上着着なさい!熱あるじゃない……」
私は幻覚でもみているのだろうか?前の母がゲロまみれで汚い私を抱き締めながら、顔を真っ青にしている。上着を着せようと四苦八苦している。なんだか笑えてしまう。
「私……汚いよ……」
「何が汚いのよ!?」
その言葉を聞いて、私は思わず力が抜けて意識を手放した。
もう、いっそこのまま死んでしまえばよかったのに。このまま、目が覚めなければいいのに。
そしたら、もう全て解放されるのに……
「目が覚めた?」
けれど、やはり目はさめ、私は生きている。
目の前の白衣を着た人はきっと医者だろう。大丈夫?って聞いた後、彼は私の症状をいった。
「急性アルコール中毒だよ……それと、かなりのストレスで胃に穴があいてたし、発熱もしている。しばらくは入院だね」
「母は?」
「君のことを心配してはたけど、急患で緊急オペが始まるからと、出ていったよ」
なんとも母らしい。それでこそ母だ。
そして、医師は続けていった。
「君の父と母も来たけど、出ていって貰ってる。ストレスの原因は、あの二人だろ?経験から何となく分かるよ。あの二人は悪い人たちじゃなかったけれど、ストレスになるね」
そんなことを……言われたのは初めてだった。
「何があったのか……いってごらん」
その言葉に、冷静だっと筈の私の涙腺は決壊した。
「う……うぅ……うわぁあん!!」
私は涙を流して先生にしがみついた。ずっと流さなかった、流せなかった涙を流し、子供のように泣きじゃくりながら今までのことを話した。
苦しかったと、悲しかったと、もう嫌だと、しんどくて、気持ち悪くて、それでも虐待じゃないから、自分が悪いから、向き合わなければ、逃げてはダメなんだと、私は心の奥から全てをぶちまけた。
全てを聞いた後、医師は優しくこういった。
「逃げていいんですよ」
「ふぇ?」
言われている意味が分からなかった。向き合いなさいと、逃げてはダメだと言われると思っていたのでとても驚いた。
「いいですか?貴女は逃げてよかったんです。今のようにぶちまけてしまってもいいんです。君は……間違っててもいいし、正しくなくてもいい、不幸でもいい。それは悪いことではない。
君は……どうしたいんだい?悪くても、正しくなくてもいいんだよ。自分の意見だから」
「逃げだい!」
私は即答で答えた。悪くても、正しくなくてもいいのならば、私は逃げたい。距離をおきたい。この問題と向き合いたくない。それが率直な意見だった。
「よく、頑張ったね……辛かっただろう……」
医師は私を強く抱きすくめ、そう優しくいった。私はずっとずっと、子供のように泣きじゃくっていた。
それから少しの入院をし、その間、医師や大人たちと相談してから病院で親と一緒に話し合う機会をもうけた。医師は一緒にいようかと言われたが、それを断った。
「私、家を出ます」
父と琴音さんは、私の言葉を聞くと驚愕した表情をした。
「この病院で治療をした後は、祖父母の家に少しいます。その後は奨学金のある高校を受験して、バイトをしながら一人暮らしします」
それが、医師や色んな大人から聞き、結論をだした最善策だ。
「やっぱり……私が母じゃないから……」
琴音さんは悲しそうな目をして、そういった。ズキリと心が痛むが、私は言い返す。
「それは、あなたでしょ?娘だと思ってないのは……家族と思っていないのは……琴音さんです」
「ちがうわ!」
反射的に琴音さんはそういったが、私には違わない。そして、それを攻める気はない。ただ淡々と事実をいう。
「貴女が私に向けてるのは『愛情』ではなく『同情』です。いうなれば、恵まれない子供に寄付やボランティアをする精神なのです。そして、前の母との差をつけたいに過ぎない。
私を優越感の道具にしないでください」
やっと言えた。
ずっと気づいていたけれど、円滑にするために、あえて何も言わなかった真実。
「私は……努力した……つもり、で……純粋にお母さんになりたくて……」
この人はちゃんと努力してくれてた。優越感という感情を得る目的以外でも、純粋に、いい母になろうと躍起になってくれた。
けれど、私はそれも鬱陶しかったのだ。
父は泣き崩れた琴音さんにハンカチを渡し、私の方を向いていった。
「わかった。それが最善だろう」
父の言葉に、私はもちろん琴音さんも驚いた顔をした。
父は、苦しそうに、悔しそうに唇を噛んで手が震えていた。
「間違ってるわよそんなの!私たちは何も悪いことしてないじゃない!チアキちゃんに暴力をふるったことなんてないし!虐待してない!それに前の生活より「琴音!」……っ……」
父は琴音さんの言葉を制し、こういった。
「ここまで追い詰めたのは、俺の責任だ。琴音がよく頑張ってくれてることも知っている。けれど、私はこれ以上、娘を……
苦しませたくないんだ。」
すまないと、父は頭を下げて、琴音さんも涙をふき取って、ずっと俯いていた。
こうして、話し合いは終わった。
「話し合いの末、部屋選びは一緒に選ぶことになり、半月に一回は会うことになりました。後、一応仕送りも送ってくれるそうです」
「よかったね……いっそ、母親と一緒に暮らすという選択肢もあったんだよ?」
「アレと一緒に暮らすのはもうごめんですね」
冗談っぽく私が返すと、医師も確かにと笑った。ちなみに、母とはアレから面識があり、そこそこに話すようになった。
「推薦合格したんだろ?おめでとう。」
「はい、色々とありがとうございました」
私は荷物をまとめた鞄を背負い、扉を開けて出ていった。
苦しさや気持ち悪さはもう無くて、爽やかな空気が私のからだを包み込んだ。