表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短篇集

あなたとわたしの、しあわせなはなし。

作者:

 今日も、彼は帰って来ない。

 誰もいないリビングを見て、わたしは静かに溜息を吐く。

 付き合い始めた頃からわたしは、彼の部屋へ頻繁に足を運んでいた。けど、それだけじゃ物足りなくて。いつでも、彼と一緒にいたくて。いつか一緒に暮らすことができればと望んでいた。

 彼の夢だった、ワンルームでの甘い生活。いつか二人で一緒に住みたいって、彼は友達にもそう話していたから。だからわたし、すっごく頑張って、この部屋を借りたの。

 それなのに……。

 結婚してからというもの、彼がこの部屋へ帰ってきてくれたことは一度もない。あなたの願いが詰まったこの部屋に、わたしはいつだって一人きりで。

 ねぇ、どうしてなの?

 冷たいソファに身体を預け、わたしはもう一度深く溜息を吐いた。

 ――忙しいのかしら。それともわたしより、他の女の方がよくなった?

 手元にあったスイッチを入れて、いつもみたいに目の前で動く画面を眺めながら、わたしはぼんやりと物思いに耽る。

 ねぇ、次はどの子?

 何度わたしを裏切れば、あなたは気が済むというの?

 わたしが、何も知らないとでも思ってる?

 何度問いかけても、返事はない。あなたはわたしの存在になど目もくれず、今日もどこかで誰かと睦み合う。


 ――そう、こんな風に。


 動く画面を凝視しながら、わたしは今日も一人、唇を噛みしめ嫉妬に狂うのだ。


    ◆◆◆


「な、に……」

 突然目の前に現れたわたしを、彼は心の底から驚いたように凝視する。

 わたしはゆるりと笑みを浮かべた。言い知れぬ高揚感が、わたしを心ごと包み込む。

 嗚呼、いいわ。そうよ。もっと。

 もっと、わたしだけを見て。その美しい瞳に、わたしだけを映して。

 一歩、また一歩と距離を詰めようとするわたしから逃れるように、彼は怯えながら後ずさる。揺れる黒い瞳は、どんな宝石よりも美しい。

 手に入れたい、と強く願う。

 ねぇ、あなた。

 呼びかけると、戸惑いがちに表情を歪める。それでもその瞳は逸らされることのないまま、わたしのことだけを一心に見つめている。

 逸らせないのかしら。わたしが、あまりに魅力的すぎるから? 嬉しいわ。だって今日は、とっても気合を入れてメイクしたんだもの。衣装も(あか)を基調とした、とっても素敵なドレスよ。

 真っ赤なルージュを引いた唇を、にぃ、と挑発するように引き上げる。ふわりと、鉄の香りが僅かに漂った。

 こっちに、おいで。

 きらりと光る、銀。

 丁寧に磨いた愛用のそれを目の前にちらつかせると、彼は大きく目を見開いて……がたがたと、震え始めた。

「や、やめて……たすけて」

 掠れる声さえも、美しい。それがわたしにだけ向けられたものだっていう、それだけでわたしは打ち震えるほどの歓びを感じる。

「いとしい、あなた。これからは、ずっと一緒にいましょうね」

 もう二度と、他の女のところへ飛び立っていくことのないように。あなたの全てが、わたしに対してだけ向けられるように。

 あなたに関わった愚かな女たちは、全てわたしが排除した。だから今は、あなたとわたし、二人っきり。

 何度も首を振りながら、彼はさらに後ずさる。けれど残念、もうその後ろは行き止まりだわ。

 ドン、と彼の背中が壁に着いた。同時に、わたしは彼のもとへと大きく足を進める。

 にぃ、と口角を上げると、わたしは彼の整った目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。嗚呼、なんて綺麗。

 でも、今のわたしも……すっごく、きれいでしょう?

 銀色に光るそれを、彼の腹部へと突き立てる。ぐちゅり、と何とも言い難い音を立てて、それは確かな手ごたえとともに沈んでいった。

「が、は」

 彼の薄い唇から、美しい朱が一筋、伝う。

 息も絶え絶えになりながら、彼は――いとしいあなたは、言った。

「あんた……あんたは、一体、誰なん……だ……がっ、あ」

 ぐりりっ、

 彼の言葉を遮るように、彼の身体に沈んだそれを捻る。彼の顔が、激痛によってさらに歪んだ。

 息絶える寸前まで、彼はわたしから瞳を逸らさなかった。そのことに、言い知れぬ幸福を感じる。

 わたしだけを見ていてくれる、あなたはやっぱり一途な人。恨んだこともあったけど、この一瞬だけでわたしはあなたの全てを許すことが出来る。

 あなたはずっと、ずっと、わたしだけを愛しているのね。そうよね。えぇ、知っているわ。

 これからは、あの部屋で一緒に暮らしましょう。あなたの夢だった、ワンルームで、二人きりで一生過ごすの。

「あいしているわ……」

 がくり、と力の抜けた、いとしい彼の(からだ)を抱きしめながら、わたしは――世界で一番幸せな女は、生まれて初めてかもしれない満面の笑みを浮かべていた。

ごめんなさい(土下座)


何かノリで書いたら、いつの間にかできてました。

『世にも奇妙な物語』で昔やってた、ある女の子が彼氏のストーカーに悩まされるんだけど実はその女の子の方がストーカーだったっていう話(題名は忘れました)を思い出しながら書きました。なんか違う気がしています←

もう少しまともな恋愛を書きたい…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読んだ直後「しあわせなはなし」が「しあわせはなし」に見えた。でも、彼女は幸せだったんだね・・・ 面白かったです。
[一言] 死んだ人の網膜には死の直前の映像が記録されている、そんなことを聞いたことがあります。 デスマスクならぬ、デスアイを集める女のホラーを読んだことがあります。 女はストーカーですか?愛情の全てが…
2014/11/10 02:54 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ