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二章 第四話

「ダマスクのイセリ……だと?」


 立ち去ろうとしていた黒ターバンの男が、馬を返し戻ってくると、飛び降りて片腕の男をどかしイセリの前に立つ。

 顔をつかみ、突如降ってわいた宝が本物か値踏みするように眺める。


「ダストン!どう思う!」


 呼ばれて、逞しい赤毛の馬に乗った、さらに真っ赤な鎧を着た大柄の男が進み出てくると、イセリとキリクの横に鎧と体の重さを全く感じさせない軽さで馬から下りる。

 ダストンと呼ばれた男は静かに二人を眺めた後、キリクの方に手を差し出してくる。


「武器を渡してもらおう。この状況でなにも考えず暴れても、その結果が跳ね返っていくのはお前の主人だ」


 低く威厳のある声で言う。

 キリクは一瞬逡巡したものの、おとなしく剣を渡す。

 ダストンは妙に丁寧に剣を受け取り、刃の部分をじっくりと眺めると、周りに聞こえるかどうかの小さな声で、感嘆の声を漏らす。


「で、何かわかったのか?」


 いらいらしたようにターバンを巻いた男がせかすように言う。


「この者が噂に名高いイセリ姫なのかはわかりませんが、少なくともそちらの従者殿が持っておられた剣は、ダマスク産の鉱石を使い、さらにダマスク内でじっくりと手をかけて作られた、かなり上質な剣であるのは確かです。」


「だからどうした。ダマスク産の剣なら、俺も持っているぞ?」


 それだけで証拠になるかと言わんばかりの態度だ。


「おそらくですが、この剣はダマスクの名工の手による物で、すさまじい叩き上げがなされています。この剣と同じレベルの物は、帝国内には存在していないでしょう」


「なに?」


 ターバンの男が剣を奪うようにとると、光にかざすように眺める。


「実際どれぐらいの価値がある?」


「人によるでしょうが、私なら領地を分け与えてでも手に入れたい物です」


 この時代、領地の多さはそのまま家格につながる。


「はは、はははは!!!」


 ターバンの男がいきなり剣を掲げて笑い出す。


「やったぞ!ムルタラの小娘が予定の場所に来なかった時はどうなるかと思ったが、そんな物はもうどうでもいい。幸運を呼ぶ姫、手紙姫、ダマスクのイセリ姫か!」


 剣を右手に持ったまま、左手でイセリの顎をつかむ。


「我が領地に連れ帰ったらたっぷりとかわいがってやる」と言うと乱暴にダストンの方に押しやる。


「逃げられないように縛っておけ。あと、こっちの従者はどうでもいい、好きにしろ」と下がろうとすると、ダストンがターバンに耳打ちをする。


「あの者は、教会の剣の縁者と思われますが」


 ぴたりと足を止める。


「なぜそうとわかる」


 睨むようにダストンを見、振り返るようにキリクを見る。


「これだけの剣を持ち、イセリ姫の従者をつとめています。そしてあの物が羽織っているマントの逆さに向いた剣の紋章、あれは昔から教会から授与される物で、着用を許されているのは現時点ではただ一人、シリウスだけのはずです」


 最後の名前を聞いた瞬間、憤然とキリクの方へ振り返り、苦々しい表情でキリクの前に立つ。


「貴様、名前は」


「……キリク」


「下の名は!」


「……無い」


 ターバンがダストンの方を振り返ると、ダストンが肯定するように答える。


「確かシリウスは貴族の出ではありません」


 貴族には、その領地ゆかりの名称が下に続くのが習わしだった。

「では聞き直そう。おまえの父の名は?」


 わずかな沈黙の後、絞り出すように答える「……シリウス」ここで否定しても、調べればすぐにわかる事だった。


 ターバンの男が大仰に天を仰ぐような仕草をする。


「おぉ。今日は何という日だ!ムルタラの馬鹿げた婚儀を台無しにするためだけのはずが、こんな土産まで手にはいるとは!」


 両手をおろし、ダストンの方へ振り返る。


「こいつも縛り上げろ。このまま領地に連れて帰るぞ……ん?そのガキも縛り上げろと言っただろ。こんなところに長居は無用だ」


 言われてもダストンは動こうとしない。

「なんだ、早く馬にくくりつけろ!」


「申し訳ありません。ですが、それはいたしかねます」


「……なにを言っている?意味の分からないことを言っていないで、こいつを縛り上げ――」言いながらイセリの手を乱暴につかもうとした瞬間、ダストンがそれを遮る。


「どういうつもりだ……?」


 今すぐ噛みつくような形相でダストンを睨む。


「先ほどイセリ殿がなされた宣言により、イセリ殿とその持ち物や従者殿の身柄は、ムロギア様に委ねられることになります。そしてこれから戻るのは、王都ムロギアになります」


「なっ……!馬鹿な!そんな宣言など何の効果がある!今までだって宣言する奴はいたが、たいてい無視されてきたはずだ!」


「はい、取るに足りない町娘や、下級貴族などであれば、戯言ですむでしょう。ですが、ムロギア帝その人の益となる人物や物、もしくは大変興味を持たれるような人物であった場合、その宣言を無視すればどのような汚名を着させられるかわかりません」


「ぐっ……そんな馬鹿な話は黙っていればわかりはしない!」


「その宣言を聞いていたのが、イムニ様だけであれば、そういうことも可能かとは思われますが」


 イムニと呼ばれたターバンの男が、目で人を殺そうとするかのような形相で睨む。


「きっ、貴様……裏切ると言うのか?」


「残念ながらこの場合裏切るというのは当てはまりません。私は生涯、現ムロギア帝ただ一人に忠誠を誓っております。そしてもう一つ。ここには先の宣言を聞いた兵も大量におり、その中にもムロギア帝その人に忠誠を誓った者も一人や二人ではないでしょう。ここでこんなやりとりをすること事態が、忠誠を疑われる事にもなりかねません」


 誰が誰に対しての忠誠なのかは言わずもがな。

 イムニは顔を真っ赤にし、どこに向けることもかなわない怒りで身を震わせながら、


「……この二人を馬に乗せ、帝都まで護送しろ……丁重にな……」と絞り出すように答えると、自分の馬の方に歩き始め、ダストンの横を通り過ぎざまにつぶやく。


「次の王にもその忠誠を見せてほしいものだな」


 イムニが自分の馬に乗り、気が付いたようにダストンを振り返る。


「負傷した者の治療と運ぶ準備をしろ。帝国領に入ったら手頃な馬車を徴用し、帝都の施術院に向かわせる」


 ダストンは短くもはっきりとした返事をし、部下に命令を伝達すると、イセリの前に出る。


「少し粗雑な扱いになりますが、お許しください」


 ダストンは副官を呼ぶと何事か耳打ちし、イセリを抱えあげると馬に乗った副官の前に乗せる。その後キリクも馬に乗せると、自分もその後ろにまたがる。

 隊の前方にいるイムニの側へ馬を寄せると、準備が整ったことを告げる。


「よし、帰るぞ!」


 一団は激しくかけ降りてきた丘をあがり、帝国の国境方面へそろそろと向かう。軽装の兵数騎が先行し、少し離れた所をダストンを先頭に一体が進んでゆく。


「くれぐれも変な気を起こさんようにな。何かあれば隊の後方を進んでいるおまえの主人に害が及ぶ」


 キリクには元より問題を起こす気などはなかった。当然である。二人は今分断され、片方に何かあれば、片方がどんな目に遭うかわからない状態にある。

 キリクの方からは振り返ってもイセリはほとんど見えず、イセリの方からだと、ダストンの頭が見えるかどうかという状態だった。


 一団は国境にあたる川にさしかかり、少しだけ上流に上ると、騎乗のまま川の中へ入っていく。


「地形が気になるか?」


 周りの地形を見渡していたキリクに話しかける。

「この川を騎乗で容易に渡河できるのは、この時期だけだ。少しでも雨が降ったり、雪解け水があればよほどの腕がないと対岸に辿りつけん」


 ダストンは、なぜ少年にこんな事を教えているのか、よく分からないまま喋っていた。ただ、足に傷を受け、主人は捕らえられ、敵の一団の中にあるこの状況下にあっても、冷静に周りを観察し続けているこの少年に、わずかな敬意を抱いていた。当然帝国にしてみれば仇敵である、シリウスの息子であると言う部分に興味が沸くのも確かであった。


「先ほどは、ありがとうございました」


 イセリに対し丁重な扱いをした事に対しての言葉だった。

 この一団に対して強い力を持つダストンに対しての媚びかとも思ったが、純粋に主人に対して対応に恩義を感じているようだ。


「礼を言われるような事は何もしていない。それに帝都に着いてからも、同じ様な言葉が聞けるか保証はないぞ」


 その通りだった。イセリとキリクはこのまま帝都に運ばれ、そのままムロギア帝の前に引きずり出されるだろう。そして先ほど行ったイセリの宣言により、二人はムロギア帝その人の所有物となったのだ。


 生かすも殺すも皇帝次第。そんな言葉がキリクの胸に強く突き刺さるのだった。

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