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二章 第二話

「ふぅ……」


 ベッドの枕に倒れ込むように顔を埋める。

 ミアタの父が開く宴に参加していたものの、ひっきりなしに現れる商人のプレゼント攻勢や親族の挨拶などで疲れてしまい、早めに退出し休ませてもらうことにしたのだった。


 心のこもった物以外手紙の返事はもらえ無いという噂も広まっているためか、そこまで強引な者はいなかったものの、それなりに力を持った者もおり、邪険に出来ないのがさらに気疲れする要因になっていた。


「キリク……」


 喉が渇いたので、飲み物を持ってきてもらおうと顔を上げて扉に向かって呼びかけてから、少し離れたところにいることを思い出し、あきらめて枕に顔を埋める。


「呼びましたかイセリ様」


 扉を開けてキリクが入ってくる。手には水の入った瓶とコップを乗せたトレイを乗せている。


「えっ!?」


 驚いて勢いよく顔を上げる。


「丁度水をお持ちしようと通りかかった所だったので」


 驚いている理由を察してキリクが告げる。


「そう……」


「飲まれますか?」という問いにそのまま頷き、ベッドの上に座るとコップを受け取り、喉が渇いていたのもあって半分ほど一気に飲む。


「これ……おいしい」


 ただの水に見える手に持ったコップの中をのぞき込むが、何も入っていないのにほんのりと甘くとてもさっぱりしている。


「水が美味しいのもあるんですが、帝国の方で採れる果実がとても美味しかったので、少し果汁を入れてみました」


 残りを飲み干してコップをキリクに渡す。


「今日はお疲れでしょうし、ゆっくりお休みください」


 トレイの上を片づけ、すぐに飲めるように新しいコップを準備して、そのまま退出しようとする。


「あ、もう行くの?」


 仲が良いとはいえ人の城に一人残される不安からか、思わずそんな言葉がでてしまう。


「実はムルタラ公に呼ばれていまして、すぐに戻らなければなりません。ミアタ様付きの使用人が控えているそうなので、何かあればそちらに申しつけてください。すぐに参りますので。」


「そう」とそのままキリクが退出するのを見送る。


 また枕に顔をバフッと埋める。確かに馬車での移動や慣れない人付き合いで疲れてはいたのだが、まだ眠気が襲ってくるような時間ではなかった。

 というか、いつものようにキリクにハーブティを入れてもらいながら読書でもしたかったのだが、ここには本もないしキリクもミアタの父にとられてしまった。


 不意に扉がノックされる。


「誰?」


 一瞬キリクが戻ってきたかと喜んだものの、そんなわけもなく上がった気分はまた一瞬で下がる。


「イセリちゃん体調はどう?」


 扉を開けた隙間からミアタの顔がのぞく。


「少し疲れただけよ」


 イセリの下がった気分が少しだけ持ち上がった。


「そう。お菓子と飲み物を持ってきたわ。イセリちゃんが良かったら、明日からの予定を立てない?」


 ミアタに続いて男の使用人が小さいテーブルとイス、お菓子やティーセットなどをあっという間に準備する。


「本当に元気ね」


 まだ少し傷の残る鼻の頭を見ながらも、このミアタの裏表のない明るさがイセリは好きだった。


「何が?」


 ニコニコしている。


「ううん、何でもないわ。」


 男の使用人が前に進み出て、紅茶を入れようと手を出そうとした瞬間、イセリがビクっとしたように身を堅くする。


「どうしたの?」


「いえ、たいしたことじゃないのだけど……男の人は少し苦手」


 イセリは少し嘘をついていた。確かに苦手な相手に男が多いのは事実だったが、それをここで言ったところでどうにもならないと思っていた。


「ふ〜ん。アサドラ、こちらが呼ぶまで控えていて」


 アサドラと呼ばれた使用人が扉の脇の壁まで引き下がり、直立不動の姿勢をとる。

 ミアタは気を使ってか、ポットを手に取り自分の分とイセリの分のハーブティを注ぐ。


「リラックスできて、よく眠れるっていうハーブをブレンドしてもらったの。こっちのお菓子も美味しいだけじゃなくて栄養もあるって。食べてみて」


 あれが美味しいこれが美味しい、どこどこの布地は綺麗だった、どこ産の宝石はきれいなど、他愛もない会話がイセリにはとても楽しい物だったが、ポートベイルの真珠は虹のようと言う言葉には、ブロストンの嫌らしい顔とオーラが頭に浮かんで、気分が沈み込んだ。


「そういえば」


 話を変えようと紅茶を一口のみ、イセリが続ける。


「キリクがムルタラ公に呼ばれたようだけど、どんな御用事なのかしら」


 その言葉を聞いてミアタが少しニヤッとした顔をする。


「むふ〜ん、気になるのかにゃイセリちゃん?」


「気になるって言うか、主人として家令の行動は把握しておきたいというか」


「ふふん。今お父様とキリク様は、私とキリク様の婚約の話をしてるはずよ」


 胸を張って答えるミアタ。

 ブーーーーーーッと口からハーブティを吹き出すイセリ。


「汚いわイセリちゃん」


 ニコニコしながらナプキンで顔に直撃したハーブティを拭く。「あれ、なんか鼻がひりひりする」と真っ赤になった鼻をこすっている。


「けほっけほっ、え、そ、そんな話し聞いてないんだけど、え?」


「そりゃそうだよイセリちゃん。私がそうだったらいいなと思っただけだから」


「え、思っただけって……はぁ」


 椅子に座りなおし、リラックスするというハーブティで気分を沈めようとするが、動機が収まらず机に突っ伏す。


「冗談よイセリちゃん。お父様はね、シリウス様のファンなのよ」


「ファン?」


「ファンというか恩人?前の戦争の時にものすごく助けてもらって、復興にも手を貸してくれたって、ものすごく感謝してるの。それで去年イセリちゃんが遊びに来た時に、キリク様をシリウス様のご子息だと知らずに返してしまったことを、ものすごく悔やんでいたのよ」


「ふぅ〜ん」


「ふぅ〜んってイセリちゃんはあまり知らないかもしれないけど、教会圏でのシリウス様は知らない者はいない英雄よ」


「それぐらい知ってるわよ。先の戦争の救国者、教会の剣。ダマスクでもシリウスおじさま個人への面会希望がいまだに多いもの」


 教会の剣というのは、教会から付与された称号のような物だった。


「い〜え、まだまだ分かってないわイセリちゃん。シリウス様は教会の剣として今でも中央に強い影響をお持ちなの。そしてそのご子息キリク様よ」


「キリクがどうかしたの?」


 イセリはキリクが何かをしたとか、面会希望があるとか、そういった話を聞いたことがなかった。


「イセリちゃんにぶいわねぇ。年頃の女の子がいる貴族なら、キリク様を結婚相手に真っ先に上げているはずよ」


「え、で、でも、そんな話は全く来てないわよ。キリクだってそんなこと一言も言わなかったし」


「でも本当の話よ?私が聞いただけでも三つは知ってるわ。その一つはダマスクの西、ポラルトの姫様よ」


 ぶっ!っとまたハーブティを吹くイセリ。


「量は減ったけど、やっぱり汚いわイセリちゃん」


 ミアタはまた顔を拭くが「あれ、おでこもひりひりする」と撫でている。


「けほっ、でも、ポラルトの姫様って、まだ6歳ぐらいじゃない、そんな無茶な縁談」


 イセリもさすがに悪いと思ったのか、優しくミアタの顔を拭く。


「あくまで婚約でって話みたい。二十歳になったキリク様と十歳ぐらいで結婚……夢のよう」


 目をキラキラさせてうっとりしている。


「そんな話し全く知らなかった……」


 しょげるように少しうつむくイセリにミアタが優しく声をかける。


「多分シリウス様が全部お断りしたって事だと思うわ。もしかしたらキリク様も知らないんじゃないかしら。私のお父様も申し込みはしないまでも、そういうニュアンスはシリウス様にお話したことあるそうだし」


「ニュアンスって、婚約の?」


「そう。でも、まだ早いから〜みたいな感じではぐらかされたそうよ」


「そうなんだ……でも、キリクは領地も名声も何も持ってないわよ? いくらシリウスおじさまの息子だからって、そんなに魅力的なのかしら。その、結婚相手として」


「シリウス様と懇意になれるなら、娘の一人や二人差し出すわ! って感じじゃないかしら。ま、私はキリク様がそばにいるだけで幸せになれるんだけど」


 ちらっとイセリを見る。そういった事実を全く知らなかったことに、イセリは少しショックを受けているように見えた。


「結婚と言えばだけど」

 

 ミアタが話の流れを変えるように大きめの声をだす。


「こんな話を知ってる?昔まだ帝国もバラバラだった時代、とある国が攻められたそうなの。もうお城の中まで敵兵がなだれ込んできて、美人で有名なお姫様も兵士に襲われそうになったらしいの」


 興味をそそられるのか、クッキーをかじりながらミアタの言葉に耳を傾けるイセリ。


「その時、なだれ込んできた兵士を前に、お姫様はこう宣言したらしいの「私の名はトレジア!我が身をツルギス陛下に捧げる!」って。ツルギス陛下って言うのは」


「帝国を統一した初代皇帝、よね」


 キリクの授業に出てきた名前だった。


「そう。で、普通ならそんな言葉無視される所なんだけど、その時小隊を率いていた隊長さんが、その姫様を丁重にもてなして、ツルギス陛下の元までお連れしたそうなの」


 この時代、奪うか身代金か命を取るかであり、身代金を取れなさそうな相手は、男は殺され女はおもちゃにされるのが普通であった。


「でね、ものすごく美人だったお姫様と、その姫を丁重に扱った隊長さんに感動した陛下は、その姫を妻として、その隊長は自分の近衛兵に取り立てて厚く遇したそうよ」


 イセリもその話は聞いたことがあった。最後の手段で皇帝に身を捧げるという話を、冗談で聞いたことがある。よくラブロマンス的に語られ、ミアタは目をキラキラさせているが、イセリ的には引っかかる所があり、どうしてもなじめなかった。


「でも、今の皇帝は四十越えてるし、その当時の話しもお姫様が十五歳でツルギス初代皇帝も四十近かったはずよ」


 くねくねしていたミアタの動きがピキッと止まる。


「もう、イセリちゃんは夢がないわね。それに四十近いっていっても、シリウス様みたいな人だったらどうなの?」


「え……」


 イセリはシリウスと結婚する自分を想像してみた。いつも真っ白なとてもまぶしい光を、まっすぐイセリに向けてくるシリウス。頭の中で想像するだけで恥ずかしさで顔が赤くなっていく。


「おやおや〜。イセリちゃんはそうなんだ〜。ふ〜ん」


 ミアタがにやにやと真っ赤になったイセリを見つめる。


「ち、違うわよ!シリウスおじさまは確かにすごく素敵な方だけれど、死んだ奥様一筋だし」


「まぁそういうわけで、幾つになっても素敵な人は素敵なのよ!」


 鼻息の荒いミアタに比べ、いまいちそういった話しに乗り切れないイセリは、話の方向を修正する。


「そういえば、明日からの予定を決めるんじゃなかったの?」


「そうだったわ。一応明日はゆっくり休んでもらって、明後日に山向こうに木の実とかを採りに行こうかと思ってるんだけどどうかしら」


「木の実ねぇ。それよりもおもしろい物を持ってきたのよ」


 イセリは椅子から降り、運ばれた荷物の中から袋に入った釣り竿を取り出す。


「これよ」


 目の前で組み立てて見せて、ひゅんと竿先をしならせてみせる。


「釣り竿?」


「そう。町の人からの贈り物でもらったんだけど、試してみたら結構楽しかったの。湖畔で釣りをしながらピクニックとかどう?釣れた魚はキリクに料理してもらうの」


「キリク様は料理もなさるの!?」


 興味なさそうに聞いていたミアタが、キリクの料理という部分に強く反応する。


「えぇ、素朴な感じの物が多いけど、外に出たときにたまに作ってくれるわよ」


 キリクに料理を作ってもらい、食べさせて貰うところを想像するミアタ。

「い、良いと思うわイセリちゃん、そうね、釣りにしましょう!」


「ミアタ様話が違います!」


 いきなり後ろから語気を強めた言葉が入り込んでくる。後ろに控えていたアサドラだ。


「何が?」


 珍しく真顔になったミアタが、アサドラを咎めるように強い口調で言う。


「も、申し訳ありません。た、ただその日の予定はサリムの丘へ木の実の採取となっておりますし、そのための準備も終わっています」


「そんなものは中止するか日を改めるかすれば良いことだし、あなたが口を挟むようなものではないわ」


 ミアタにしてはかなり強い口調だ。


「ごめんなさいねイセリちゃん。最近教都からの紹介で入ったんだけど、まだ慣れていないみたいなの……イセリちゃん?」


 狼狽えるアサドラをじっと見つめるイセリ。


「イセリちゃん?」


「ミアタ」


 ミアタに顔を近づけ何か耳打ちする。


「アサドラ。今日は下がりなさい。代わりにジーナを呼んできて」


 言われてアサドラは少し戸惑うような表情を見せたが、言われたように下がっていった。


「言われたように下げたわイセリちゃん」


 イセリはふぅと一息つくと、まじめな顔をしてミアタを見つめた。


「あのアサドラって人は解雇した方がいいわミアタ」


「え、でも教会から紹介された人よ。少し礼儀がなってないだけだし、いきなり解雇は厳しくないかしら」


 イセリの口から予想以上に厳しい言葉が出て、少し戸惑いを見せる。


「ミアタ、私を信じてほしいの。あの人をそばに控えさせるのは、とても危険だわ」


 ミアタは真剣な顔をするイセリに気圧されるようにうなずいた。

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