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二章 第一話

 狭いが大人四人がゆったり座れ、長時間座ってもお尻が痛くなることがないクッションのあるイス。組み替えればベッドにもなる優れ物だ。そしてわずかに車輪のきしむ音が聞こえるものの、良く整備された路面と、最新の木のたわみを利用してショックを吸収する機構により、中の乗り心地はかなり快適な物になっていた。


 そんな馬車から、夏よりも色彩が落ち着いてきた山並み眺めて、イセリがため息をつく。


「どうしました?」


 キリクが読んでいた本を閉じながら、イセリの方を見る。


「移動も楽しい旅行の一部だと思っていたの」


 どうも空いた移動時間に歴史の授業をしたことが不満らしい。


「そうですね、ムルタラからダマスク、そして教都アルドリアへの旅はとても安全になりました。他の国では比較的安全なはずの街道ですら襲われないとは言い切れず、旅で襲われたとしても、それは自己責任とされています。」



 何となくイセリが振り返り、キリクの話しに耳を傾けている。


「しかし国主代理はそう考えられてはおられないようで、宿場町に急使を置き、兵による定期的な巡回を行っておられます。」


 イスに座りなおし、キリクの方を見るイセリ。


「では、なぜそのようにお金をかけてまで、街道の安全を確保しているのでしょう?」


 イセリは体ごと窓を向き、頬を膨らませる。興味を持った事にも腹を立てているようだ。


「ムルタラが見えてきました」


 御者の声でイセリとキリクは窓の外へ顔を出し、進行方向を見る。これから下っていく道の先に頑丈な城壁で守られた、大きな街が見える。ムルタラだ。


 小高い部分に城壁に囲まれた城郭があり、その南側やや低い位置、楕円に広がるようにさらに城壁に囲まれた街がある。長く続いた戦で一部復旧が進んでいないところも見えるが、街全体には明るい活気があるように見える。


「ムルタラは帝国との国境にあるため、幾度と無く侵攻を受けては撃退するのを繰り返しています。ですが、ムルタラ領はとても繁栄しており、人々の行き来も盛んです。それは帝国やさらにその向こう、東方との公益で行き来する商人が必ずここ、ムルタラを教会圏への入り口に選ぶからです」


 イセリがまたイスに座り直し、キリクの話しに耳を傾けている。


「商人は知っているんです。教都アルドリアへの道で、もっとも安全なの道はどこなのかを」


「だからシリウス様は、道の安全のために兵士を置いているのね」


「そうです。商人はその立ち寄る地で商品を落とし、必要な物を得るためにお金も落としていきます。そしてダマスクの製品も買っていきます」


 イセリの幸運を呼ぶ姫の噂も、この商人たちが広めている。


 ムルタラの城門へ近づくにつれて、検閲待ちの行列が出来ているのが見えてくる。ミアタの姉の結婚にあわせて一儲けしようとしている隊商の列だ。


 イセリとキリクの乗った馬車は、行列を横目に馬車が余裕をもって並んで通れそうなほど大きな門の前に行き、御者が衛兵に話を付けると、そのまま中に通されていく。


「なにかずるをしているようで嫌だな」


 馬車の後方に流れていく列を眺めてイセリが言う。


「仕方ありませんよ。列にイセリ様が並んでいるとばれたときの方が恐ろしいです」


「人を化け物みたいに」


 座ったまま前に座っているキリクのすねを蹴る。


 ダマスクにいてさえ幸運の女神への拝謁希望、貢ぎ物、手紙などが後を絶たない。それがこんな商人の列に光臨したとなれば、検閲どころではなくなってしまうだろう。


 馬車は大通りをすすむと、かなり速度を落とさなければ危険なほど人でごった返す広場にさしかかった。


「す、すごい人だわ」


 建ち並ぶ露店に、買い物客。昼時とあってか、香ばしいおいしそうな匂いをあげている店には行列も出来ている。

 まだ結婚式自体は先の話のはずだが、街全体がその先に見える平和に浮かれているようだ。


 と、ぐぅぅという音が馬車の中に響く。音源はイセリのお腹付近だ。


 ぎょっとした顔で固まるイセリ。


「お昼代わりに何か買ってきましょうか」


 返事を待たず、御者に馬車を止めるように頼み、耳まで真っ赤にして顔を伏せるイセリの方を見ないようにしながら、外へでる。手近な出店で香ばしい匂いがしている店に少し並んで、鳥の揚げ物を購入し馬車に戻る。


 まだ顔を伏せていたイセリが、匂いに釣られたのかキリクの手の中にある鳥の揚げ物をちらりと見る。と、またぐぅぅと音が鳴り始めた瞬間


「甘辛いソースで香草と一緒に食べるとおいしいらしいですよっっ!!」


 キリクが全力で音を阻止する。


 まだ赤い顔をしたまま、目を合わせないように食べやすいように小さく切られて串に刺されている揚げ物に手を伸ばすと、そのまま一つかじりつく。

 口の中で何度か噛んでいると、鳥の肉汁と甘辛いソース、それと少し青臭いが辛みのある香草が混ざり合い、絶妙な味になっている。


「お、美味しい……」


 キリクは2本目にかじりつくイセリを見て、水筒から紅茶の準備をする。


 馬車は一般的な人々が住む区画を通り、高級そうな家が建ち並ぶ区画を抜け、城の建つ丘につながる坂を上り、もう一つの城門の前で止まる。街への門と違い、馬車一台分ほどの門だ。

 御者が城門の脇に立つ衛兵に何事かつぶやき、少し待たされた後馬車ごと中に入り込んでいく。そのままお城の正面玄関前に馬車を止める。


 キリクは馬車の扉を開け、イセリが降りやすいように階段になっている箱を置く。


 その階段を、イセリが慣れない服でそろりと降りていると、城の扉が勢いよく開き、中からフリルとレースの固まりが飛び出してきた。いや、正確に言うなら全身フリルまみれのイセリと同い年ぐらいの少女だった。


「ミアタ様!危険です!走らないでください!」


 後ろで叫びながら走ってくるのは、お付きの侍女だろうか。


 すると、走っていたフリルがつんのめるように転んだと思った瞬間、一回転して背中からボフッ!と着地する。しばらくもごもごしていたが自力で立ち上がり、また馬車の方へ駆けてくる。


 息を切らせながら走ってくると、馬車の横に降り立ったキリクとイセリの前にたち、長い癖のある金髪と、切りそろえられた前髪を整えている。


「よ、ようこそキリ……イセリちゃん!」


 ものすごく良い笑顔で、鼻血を出しながら。


「だ、大丈夫?」


 あまりの勢いに半歩下がるイセリ。


「何が?」


 追いついた侍女が鼻血を拭き、小さくちぎった綿を右の鼻の中に詰める。少し擦りむいているおでこと鼻の頭が痛々しい。


「何がって……元気そうで何よりだわ」


「今日は疲れてるでしょう?まずはお部屋に案内するわ。お父様への挨拶とかは夜で大丈夫よ。昼間は商人とかの面会で忙しいし」


 侍女に服の乱れを直されながら、ミアタ自身が部屋へ案内してくれる。


「イセリちゃんはこっちで……キリク様はこちらで」


「前の部屋じゃないのね」


 以前泊まった時はイセリとキリクの部屋は隣同士で、直接扉がついていて続きの部屋になっていた。


「今回は夜も一緒にいられるよう広めの部屋にしたの。それに」


 イセリに顔を近づける。


「夜もキリク様がそばって言うのは少し早い気がするの……あぁ、でも次に来るときは私の部屋の続きにキリク様を……」


 ひそひそとしゃべりながら、少し頬を染めてくねくねしている。


「……面倒くさいわね……。好きなら好きってはっきむげがぇ」


 ミアタが両手でイセレの口を押さえ、キリクと離れるようにイセレを引きずっていく。


「むぐ、ぐぐが、ちょっと!!」


 ミアタの手を口からはずす。が、ミアタに頭を両手で持たれて正面を向かされる。


「いいことイセリちゃん。こういうことは秘めているからこそ、良い事もあるんですのよ」


 ぎりぎりと両手に力を込める。


「わかったから、わかったから!」


 ミアタの手をふりほどき、こめかみをさする。


「荷物を運び込んで一休みしたぐらいに、おじゃまします」


 使用人にあれこれ指示を出して去っていくミアタ。


「……ああいう方でしたっけ」


 去年キリクを見るまではもうちょっとおしとやかだったわよとは、あえて言わない事にした。

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