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一章 第一話

 比較的暖かい一日だったとは言え、日が傾き、城壁で日が遮られてくると、さすがに冷え込みが厳しくなってきた。


(上に何か羽織ってくるんだったかな)


キリクは上に薄手のシャツしか着てこなかったことを少し後悔したが、戻って取りに行くのも面倒くさい。


 服の襟元に首をすくめるようにして少し足を早めると、腰につけた一本の鍵がチャリチャリと音を立てる。

 城門に行くために町の市場を通り過ぎるとき、たまに立ち寄る果物屋のお婆さんに声をかけられる。


「おや、今日は一人かい?」


見た目より張りのあるしっかりした声だ。


「ええ、イセリ様は少し風邪気味なので、部屋で休んでもらっています」足を止めて振り返る。


「そりゃいかんね。これを持ってお行き」


 有無を言わさず篭を手に持たされ、果物を中に入れられていく。


「篭を返すのは来週でもかまわないからね」


 ぎっしりと詰められた果物で篭の取っ手が広がり、片手では持ちにくい。

 キリクは財布を持っていなかったため篭を持って躊躇していると、果物屋のお婆さんは少し乱暴に手を振り「さぁ行った行った」とキリクを追い払った。お金はいらないと言う意味らしい。


 キリクは頭を下げ礼を述べると、市場を抜け、城門の脇にある急使の宿舎に向かった。


 城門付近では、もうしばらくすると門が閉められるせいか、その前に入ろうとする隊商、旅人、巡礼者などが少なからず列を作って、城塞都市であるダマスクの中に入るための審査を受けている。

 帝国側と隣接している地域と比べてそこまで厳しくはないものの、教会圏と帝国との戦争が終わって十年ほどしか経っていないこともあり、帝国側からの旅人に対する警戒は未だに厳しい物があった。


「あれ、キリクさん今日は一人ですか?」


 城門の脇で、繋がれている馬の体にブラシをかけている若い男が声をかける。

 キリクは(またか)とは思うものの、皆イセリのことを心配してくれているのだと思うと邪険な返事も出来ないし、またキリクもそういった対応をする青年でもなかった。


「ええ、イセリ様は少し御気分が優れないので。手紙の方はどれぐらい届いていますか?」

「ちょっと待ってくださいね……」


 すぐ脇に建っている、馬に乗った騎手が旗を持っている図(急使を表している)の描かれた看板が掛かっている建物へ入っていき、さほど時間を置かず手にいくらかの封書を持って出てくる。


「え〜十通ほどですね。今回は贈り物とかの大物はないみたいですね」

 手にした封書を数えながら歩いてくる。

「しかし、わざわざこんな所まで来ていただかなくても、誰かに持って行かせますよ」

 キリクに持って来た物を手渡す。

「いえ、イセリ様は皆大事な仕事があるのだから、出来ることは自分でする、と。」


 ざっと手渡された封書の宛名や質感などを確認する。中の一つに、見覚えのある封蝋がされた物が目に入った。隣国の物で、サインはミアタ・ド・ムルタラ。イセリと仲良くしている姫様の物だ。


(きっとまた喜ぶだろうな)


 その姿を想像して少し頬が緩む。

 封書を持ってきてくれた男に礼を言い、完全に日陰になった町を抜けて城に戻る。

 勝手口から中に入り、そのまま三階にあるイセリの居室に向かう。

 建物の中に入ったというのに、石造りの廊下は結構な冷え込みだった。


(せめて廊下にカーペットが敷いてあれば、少しは冷え込みも押さえられるんじゃないかな)

 そう思いながら、扉を開けて毛足の長いカーペットが敷いてある部屋の中に入る。

 入って正面に大きめの執務机。向かって左の壁は大きめの本棚で占められており、机右横には奥へ続く扉がある。右手の壁には暖炉があるものの、まだ火が入っておらず、部屋はややひんやりとしていた。

 青年は手に持った果物の入った篭を机の上に置き、封書を手に持って机右手の扉をノックした。


「キリク?」


 中から返事の声がする。


「イセリ様、入りますよ」


 中に入ると、大きめの窓から入ってくる低くなった日の光に照らされて、不似合いなぐらい大きい机に座り、これまた分厚く大きい本を読んでいる小柄な少女が目にはいる。逆光でシルエットになっているが、少し波打っている金髪が光を反射して輝いている様に見えて一見神々しくもあるのだが、布団を着込んだような上着を着込んでいるため、体のシルエットは丸く見える。


 部屋全体がわずかに出窓のように外へ出ており、そこから入ってくる光のおかげで、まだ明かりを必要とするほどではない。日が落ちかけているので、少し冷え始めているのだが当然のように暖炉には火が入っていない。


 少女が目線を本からはずし、ちらりとキリクの方を見て手に持っている物に視線を移し、封書に目線を止めたものの、興味をなくしたように机に開いたままの本に視線を戻す。


(あれ?)


 封書を運んできたキリクは不思議に思った。いつもならミアタからの手紙が混じっている場合、どうやって見分けているのかわからないが、すぐに気がついてうれしそうな顔をするのだ。


「お加減はいかがですか?」


 言いながら少女の机の前に進み、手に持った十通ほどの封書を並べていく。


「別に大したことはなかったのに、シリウスおじさまが大げさにされるものだからおとなしくしていただけよ」


 少し恥ずかしげに目線を横にそらしながら、キリクが封書を並べ終える前に右手で一通の封書を手に取って眺めると、小さくため息をつく。シリウスというのはキリクの父で、亡くなったイセリの父に代わりイセリが成人するまでの国主代理をしていた。


 封蝋をはがしながら中の手紙を取り出して目を通す。


「一応私宛にはなっているけれど……」


 ちらりと上目遣いでキリクの方を見る。


「……ミアタ様からの手紙、ですよね?」


 ミアタというのはイセリの数少ない友人であり、隣国の姫だ。しかし反応がいつもと違う。


「そうよ。ミアタのお姉さまが婚約されたそうなの。それで式への招待を受けたのだけど」


 と、またちらりとキリクを見る。


「それはそれは」

 キリクは答えつつも(いつもならもう少しうれしそうに中を見るのにな)と不思議に思う。


「雪が降る前に式を挙げる予定なのだそうだけど、早めに招待して遊びましょうって」


 手紙を右手に持ってひらひらさせている。


(どこにも問題はないように思えるんだけどな……)


 キリクの顔に不信感が出たのだろうイセリが答える。

「是非キリクもご一緒に、だそうよ」


 と言いながら手紙をキリクに渡す。

 受け取った手紙に目を通すキリク。別に変わった所もないし、姉の結婚式にかこつけて遊びましょうと言う内容だ。最後に強調されたキリクの同行についても、毎回同行しているので取り立てて不自然なところはない。


「……見えないんだから仕方ないけど」(見えないとしても鈍いわ)

 思わずにいられない。イセリには「ご一緒に」の後にハートマークすら見えるようだ。


「とりあえずほかの手紙と一緒に、返事を書いておいて」


 と、残りの手紙の上にミアタからの手紙を乗せて、キリクの手に戻す。


 ほかの手紙についてはいつもと一緒の対応だが、ミアタへの返事もキリクに書かせるのは初めてのことだ。

 イセリは気に入った手紙だけ中を読み、その他の物についてはすべてキリクに返事を書かせていた。

 「手紙姫」他国の人が呼ぶイセリの異名だ。「手紙姫直筆の手紙には、幸運が宿る」という噂を信じて、 いろいろな人がイセリに手紙を送ってくる。時には贈り物を添えて。


「新しくお店を始めました、近くにお越しの際は是非お寄りください」「今年の流行となる色で服を作りました、お気に召しましたら是非御試着を」「姫様にお似合いになる宝石がとれましたぜひ・・」などなど。


 だが、こういった手紙のほとんどをイセリが見る事は無かった。「ほかの手紙」行きなのだ。


「行くのは来月に入ってからでいいと思うわ。あと、返事はキリクの言葉で書くのよ。私からの言葉ではなく、ミアタ宛にね」


 そして視線を広げてある本に戻す。

 キリクはいまいち腑に落ちないものの、わかりましたと返事をして退出しようとする背中に、イセリが声をかける。


「そういえば、こっちに入る前に机の上に置いた物は、誰からいただいたもの?」本から顔を上げずに。


 キリクは少し驚いて振り返ったものの、何をしゃべって良いか見当がつかず、でてきた言葉は至極普通の言葉だった。


「え、あ、果物です、食後に切って出そうかと……」


 答えになっていない。

 イセリは「そう」とだけ答え、キリクはそのまま退出した。


 「……鈍い、鈍いわ。キリク」


 イセリがぼそっとつぶやいた。

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