手探り
彼女の言っていることが、理解できなかった。
「――何、言ってんだよ…妹が、茜が人を殺しただって?」
「あまり真に受けないで頂戴。一割は冗談のつもりなんだから」
つまり九割本気じゃねーか。
「あの子の目、普通のヒトとは違うわ。人を殺した――大罪を犯した者の目」
「どうしてそんな事が―――」
「――分かるかですって?そんなの簡単よ。私も――」
――人を殺した事があるんですもの―――
ああ、なるほど。
「アンタの中二病もいい加減そろそろ末期だな、とっとと精神病院にいく事を勧めるぞ」
「ふふ、信じないとは思っていたわ。こんな事、誰も信じるワケが無い。でもね、良人君」
外の雨は、いつの間にか本降りとなっていた。大きな雨粒が、窓を叩く。
「七年前、あなたの両親は本当に原発事故で死んだのかしら――?」
ガタン―――ッッ!!!
大きな音をたてながら、床に転がるオレの椅子。勢いに任せて立ち上がったオレは、そのまま何も出来ずにいた。
「どうして――」
やっとの思いで、口を開く。
「どうして、オレの過去を知ってるんだ――?」
「ふふ、やっぱり信じていなかったのね。言ったでしょう?私は触れた者――もとい、物の記憶を読み取る、と」
彼女の笑みが、怖かった。
自分の考えている事、記憶、思い出――記憶の奥 底に眠る 忘れさっていた記憶。
何もかも、彼女の前では筒抜けだった。
「――何たって、そう思うんだ」
「そう思うって?」
「オレの両親は、原発事故で死んだ。七年前の新聞でも、報道面で大きく書かれていたはずだ。確かにオレの両親は――」
「嘘つき」
嘘つき、その一言でオレの身体は凍りついた。
「あなたは、自分自身に嘘をついているわ。本当は違うのでしょう?あなたの両親は、殺されたはずよ」
「――違う、親父とおふくろはあの時に―――」
言いかけたところで、オレの唇は彼女の指で塞がれる。ぐっと、先輩の顔が近づいた。
「自分を偽って、何がしたいのかしら?」
何も、言い返せなかった。
「――ああ、そうだよ。オレの記憶違いじゃなきゃ―――オレの両親は誰かに、殺された」
「誰かに?」
「――――ッ」
彼女は、知っているんだ。
オレが見る夢を……記憶を――――
「あくまで夢だ。茜が、両親を殺せるはずがない」
「あら、私は何も茜さんが殺したなんて一言も言ってないわ。でも、そうね。あの子の健康状態じゃ――人を殺すなんて事は出来ない」
…………
………………ん?
「そういや、どうしてアンタが茜の事知ってんだよ」
「知ってるわよ。この高校に主席で合格、かつ一学期末の定期考査で五教科全て百点満点。今や十年に一度の異才なんて影で呼ばれているほどの有名人なんだから」
「そんなに有名なのか……悪い虫がつかないか心配だ」
「というより、話を反らさないで頂戴、このシスコン」
何とも不名誉な称号をいただいたような気がするが、彼女の目は真剣そのものだった。
「さっきも言ったように、彼女の身体は、殺人はおろか長時間の運動すら許すことは出来ない。そうだったわね?」
「――ああ、その通りだ」
「よく、思い出して。七年前、あの時はあなたと茜さん、そして両親。それ以外に誰か――いなかったかしら」
「……よく、分からない。すっぽりその記憶だけが抜かれたように、思い出せないんだ」
「ヒトというのはね、嫌な事や衝撃的な出来事が起きた時、その記憶を忘れ去ろうとするの。でも、ふとした時にその記憶を封じた扉の鍵が開く時がある。あるはずよ、扉を開けるための、鍵が―――」
目を瞑り、思考を巡らす。
思い出せ――思い出すんだ―――
しかし、いくら意識を奥深くまで潜らせたこところで、思い出す事はできなかった。
「――やっぱダメだ、思い出せねぇ」
「そう…残念ね。思い出すまで、様子を見るべきかしら」
その言葉に、オレはふとした違和感を覚える。
「なあ、先輩―――どうして、オレの過去に執着するんだ?」
口をつぐみ、なにやら考え込む舞先輩。彼女はなぜ、オレに記憶を思い出させようとしたのだろうか?
「……それがね、自分でも分からないの。あなたの記憶を始めて見たとき、この人は過去に決着をつけないといけないと思ったから…かしらね」
「ん、おいちょっと待て、オレの記憶を覗いてたんなら誰が両親を殺したのか分かってんじゃないのかよ?」
「そこまで深くは見れなかったわ……あの時、あなたはすぐ私から離れてしまったから」
あの時――?ああ、飛び蹴りを喰らわされた時の事か……思い出すと、再び怒りが沸いてきた。
オレの心情を知ってか知らずか、彼女は薄く笑みを浮かべている。
「あ、待てよ…アンタのその能力でオレの過去を見てくれれば一気に解決なんじゃないか?」
「それはおすすめしないわ」
考えるまでもない、と言いたげな勢いで舞先輩は断った。
「忘れ去った記憶――特に、トラウマの類や衝撃的だったもの――を強制的に引き出すと、その記憶が今実際起きているかのような幻覚を見て、パニックに陥る場合があるわ。フラッシュバック、と言えば分かるかしら」
「……それでも、だ。アンタさっき自分で言ってたろ、オレはオレの過去に決着をつけなきゃいけないって」
渋々、と言った表情で彼女は頷いた。一歩歩み寄った先輩の腕が、オレの頭に乗せられる。
「それでは、悪いけど――あなたの記憶を、見させてもらうわ」
言い終わるか終わらないかの内に、オレの意識が薄れていく。
視界が歪み、方向感覚が狂う。今自分が立っているのかどうか、分からない。
身体中を、無数の腕がまさぐってくる感触がした。彼女が、オレの中の記憶を覗き込んでいる感触だ。
二本の腕が、オレに近づく。それは段々と距離を縮め、オレを包み込もうとした、その瞬間だった。
「――――」
気がつけば、オレは廊下に立っていた。
歪んだ視界はもう一度しっかりと像を結び、地面に立っている感覚がある。
「先輩、今のは―――」
成功したのか、と聞こうとした矢先の事、その時に変化に気付いた。
舞先輩は、口元に手を当て、廊下の隅に座り込んでしまっていた。




