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白昼夢

 また、あの夢を見た。

 狭く暗い部屋の中でオレは一人、ポツンと座っている夢を。

――いや、正確にはオレ一人ではない。そこに――転がっているのだ。二つの、かつてはヒトだった塊が。


 ドシャン――――ッッッッッ

 背後で、大きく水の跳ねる音が聞こえた。光の届かない真っ暗な部屋、その中でも一際黒く見える人影。ソレがゆっくりと床面へと崩れ落ちる。

 その奥には、少女が立っていた。

 スカートから伸びる、細い二本の脚。それはまた小さな胴体へと連結される。

 その少女の顔は――

 よく見知った、幼い妹の姿だった。




「…………」

「…………」

「……何か喋れよ、おい」

 滅多に無い出来事に、皐月は目を丸くしていた。

「えっと……どちら様でしょうか?この部屋には確か、良人と名乗る人間を自称した豚がいるはずですが……」

「随分と酷い言われようだな、オレ。まぁ否定はしないが」

「な、何でこんな朝早くに起きてるの?否定するしないはおいて置くとして」

「全く、オレもなめられたもんだぜ……オレだって本気を出しゃこれくらい余裕だ」

「いや、本気も何もコレが普通だからね?コ・レ・がっ。何を勘違いしてるのかは分からないけど」

 時計の短針は、7と8の間を指していた。

「ま、いっか。起こす手間も省けたし、朝ごはん出来てるからはやく降りてきてね」

 


「――あ、お兄ちゃん。おはよう」

「おはよう、妹よ」

 階段を降りると、ココアを飲みながらテレビのニュースを見ている妹の姿が目に入った。

――目の前に、ノイズが走る。一瞬脳裏に浮かんだのは、血に(まみ)れ、濁った目をした―――


「――お兄ちゃん?どうしたの?」

 白昼夢。 

 目に映った赤黒い少女は、いつもの雪のように白い肌をした妹の姿に戻っていた。

「いや、何でもない」

――夢だ。あんなもの、ただの夢だ。

 なのに、何故こんなにも嫌な予感しかしない?

 頭の中にあの記憶がへばりついている。オレは表面上いつものように接しているが、背中には嫌な汗が滲んでいた。


「――それじゃ、私はもう行くね」

「茜ちゃーん!!行ってらっしゃーいっ!!」

 キッチンから飛び出した皐月が、ブンブンと腕を振る。小さい妹の姿が扉で見えなくなると、再び彼女はキッチンへと向かう。

「なあ、皐月――」

「――?」

「お前、七年前の事って…覚えてるか?」


 黙々と朝食を片付けていた彼女の身体がビクリと跳ねると、そのまま停止する。

「――何で?」

「あ、いやホラ、オレ七年前の事忘れちまってるからさ。茜は覚えてんのに、情けない話だよな。それで」

「聞かなくていいよ、そんなの」

 冷たい言葉に、オレの口は閉ざされる。


「もう七年前の事なんだよ?忘れちゃったんなら、それでいいんだよ」

「でも――」

「いいの。過ぎちゃった話なんだから、今更蒸し返すのは止めよう?」

 明らかに、様子がおかしかった。


 彼女が怖かった。

「それとも――」

 幼馴染の、光を通さないような黒い目が。

「あの時に――」

 それよりも、何よりも。

「良人が今更になって、気を引くような事でもあったのかな――――?」

――コイツは、何かを隠している。

 何の混じりけの無い笑顔。ただ、その目は一欠けらも笑っていなかった。





「ヒトというものはね、見えないものに対してはそれは大きな恐怖感を感じるのよ」

 梅雨時の暗い雨雲を一人眺めていたオレの背後に立っていたのは、舞先輩だった。

「こんにちは、良人君。一体ここで何をしていたのかしら?もう放課後だから、帰って良いのではなくて?」

「――別にいーだろ。家帰ってもやる事ねーから、ここでボーッとしてただけだ」

「嘘ね」

 言い放つ彼女の言葉には、どこかしらトゲがあるように思えた。


「あなたは今、考え事をしているわ。そうね、例えば…過去の事、とか?」

「アンタは――」

「ふふ、図星みたいね。私はね、触れた人の記憶が読めるのよ」

 気付けば、オレの肩には彼女の手が乗っていた。


「信じる信じないは、あなたの勝手よ。それで、一体何を悩んでいるのかしら?過去の記憶なんて、忘れてしまいなさい」

「アンタがチョッと頭がおかしいのは薄々気付いていたが、ココまでトンでるとはな」

「あくまで話を反らそうというわけね。いいわ、じゃあ早速核心に触れてあげる」

 窓の外からは、ポツポツと雨が降り始める音が聞こえていた。


「あなたの妹さんは、過去に人を殺しているわ――」

 彼女の悲痛な宣告は、無人の教室に反響するだけでオレの頭には素早く染み込んでいかなかった。

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