元部長
ガラリ――――ッッ
わざとらしいような大きな音を立てて教室のドアが開かれる。オレと皐月しかいない、梅雨時のぬるく湿った空気が開け放たれた拍子に流れでいく。そこに立っていたのは、背の小さな少女だった。
「あれ――?琴葉先輩じゃないですかーっ、どうしたんですか?こんな所に」
……前言撤回。どうやら皐月の…つまり、オレの一つ上の先輩にあたるようだった。少女、もとい背の小さな先輩は大きく息を上がらせている。
「――どーしたもこーしたも、皆帰っちゃっててさ、今日は体育館で…部活……が……」
言いかけたところで、彼女の瞳にオレの像が映る。そのまま皐月に目線を動かすと、何故か慌てだした。
「ごっ、ごめんっ!!お邪魔したっぽいね」
――は?
「ちょっと待て、そういう関係じゃねーから」
「そ、そそそうですよ先輩っっ!!わわ私達ただの幼馴染だからまだその付き合ってるわけじゃなくてそのえーと……あれ??」
自分で何を言っているのか分からなくなったのか、皐月は一人で混乱していた。
「――こほんっ。で、琴葉先輩は何でここにいるんですか?」
皐月の質問を聞くと、琴葉先輩と呼ばれる人は怪訝そうに顔をしかめる。
「こっちが聞きたいよ…皆部活の時間になっても来ないから呼びに来たんだけど…皆帰っちゃってて」
「……部活?今日は顧問の先生が出張で部活中止って言われてるんじゃ」
「え?」
SNSで情報交換しているのか、彼女はスマホの画面を覗き込む。暫くすると、彼女の表情がさあぁぁと蒼ざめた。
「ご、ごめん…私の勘違いだったかな」
「もーう、部長なんだからしっかりして下さいよっ」
「もう部長じゃないよ…四月から皐月ちゃんが部長になったでしょ?」
そうだっけ?と首を傾げる皐月。そういえばコイツが部長になったとか一人嘆いていた事があったな。
「――ま、過ぎた事だしいっか。で、そこの君は確か……えーと、良人…君?だっけ」
「は?おい待て、何でアンタオレの名前知ってんだよ」
「アンタじゃないよ――私にはちゃんと千歳 琴葉っていう名前があるのっ」
「あーはいはい、千歳なー。んで、何でアンタオレの名前知ってんだよ」
「だ、だからー…はあ、もういいよ」
「ごめんね先輩、良人ってとっても失礼な子だから」
中々名前で呼ばないオレに諦めたのか、先輩は肩を落とした。
「キミの名前くらい、知ってるよ。皐月から色々聞いて――」
「――今日は良い天気ですねーーーッッッ!!」
いきなり大声を出した皐月を前に、先輩、いやオレもだが、目を丸くしていた。
「――ああ、なるほど。そうかそうか」
何がそうなのかは理解に苦しむが、琴葉先輩は皐月の言動の真意を掴んだようだ。
「皐月ちゃんの言いたい事が分かったよ。まあ、頑張りたまへ」
「――はあ?何をだよ」
「いいからいいから。うんうん、青春だねぇ…それと皐月ちゃん?早くしないと盗られちゃうからね?」
「は――はひっ」
盗られる?一体何を盗られるというのだろうか。
「それと良人君も。あまり待たせない方がいいかもよ?」
「は?何をだ?」
「もう、鈍感だなぁ――つまりだね、皐月ちゃ――」
「先輩っ!!最近ウチの近くにカフェが出来たんですよっっ!!行きましょうよっ!!ほら、今すぐにっ!!」
何かをごまかすように、ぐいぐいと先輩の腕を引っ張り出す皐月。結局何を盗られそうで、何を待たせてはいけないのかはお流れとなった。
「で、何でオレまでいるんだ?オマエらだけでいいだろ」
「まあまあ、お気になさらず」
軽い口調でオレの目の前にコーヒーを置く皐月。淹れたての、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
そう、今オレ達がいるのは皐月の言っていたカフェだった。
「わざわざオレを引っ張ってまで来るか……」
「いいよー、いいじゃんよー」
「とか何とか言いやがって、本当はオレの奢りを狙ってんだろっ!?オレの200円はやらないからなッッ!!」
「いや、いらないから……私もそこまで小さい女じゃないよっ」
「ほんと仲むつまじいねー……君たち」
日々日常的と化しているささやかな口論を間の当たりにした琴葉先輩は、何が面白いのか、笑顔を見せていた。
「あ、ところでさ良人君。何か流れで来ちゃったんだけど、私今財布持ってなかったんだよね」
「――結局奢れって事じゃねーかっっ!!」
「あ、何なに?奢ってくれるのかな?かな?」
「ここで断ったら何されるか分からんねーから仕方なくな、しーかーたーなーくっ」
「ふふん、キミとは仲良くなれそうだよ」
「勘弁してくれ……」
そこで折り良く、店員が四つのパフェをオレ達のいるテーブルに――
「何で一つ多いんだ?」
「あ、それ私の」
ひょいっと一つ余分に現れたパフェを、琴葉先輩が掴み取る。確か彼女が頼んだのは店で一番の評判だと噂のパフェで、確か値段が980円、だったな……それが二つだから――
「てめぇぇぇぇぇぇっっっ!!オレの財布を空にするつもりかぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「えへへー。てへぺろー」
「可愛くない、可愛くないからとにかくそのスプーンを運ぶ手を止めろっ!!」
「まぁまぁ落ち着いて良人君。ほらあーん」
と、先輩は生クリームの乗ったスプーンをオレの口元に近づける。
――いや待て、このスプーンはさっきから先輩が使っていたもの。という事は……
「それって間接キ――」
反論しようとするも、オレの口はすぐさま塞がれてしまった。さっきから眼前にあったスプーンで、だ。
「良人ぉ……」
後ろから放たれる殺気とドスの聞いた声。声の主は、やはりなんというか、皐月だった。
「私の目の前で、何甘い雰囲気を繰り広げちゃってくれてるのかな……?」
「ちょっと待て、今のはオレに非は無いだろっ」
「問答無用。先輩、ちょっと良人をお借りしますね」
「ああ、どうぞどうぞ。良人君、死なないようにねっ」
パチッと先輩はウィンクを決め込む。これがアニメなら、確実に目の端から星が出ていただろう。
ちなみに、その後オレの姿を見たものは誰もいなかった。
いやあ、投稿がびっっっっっくりするくらい遅れました。
私も晴れて高校生になれましたよ。ええ。