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不可視

 その日はとても晴れた日で、真夏の日差しがオレの肌をチクチクと刺す。日は、既に真上まで上がっていた。

「あっちい……」

 喧騒の止まない昼休み、教室の隅っこでグッタリと暑さに根負けしている奴が一人。オレだ。

 ちょこちょこと、幼馴染の皐月(さつき)がオレの隣に移る。その手には二人分の弁当箱が納まっていた。オレと、彼女の分だ。


「まーたダラッとしてえ……」

「るせーな、暑いんだからしょうがないだろ」

「ま、それもそうだけど」

 彼女の指先が踊るように弁当の包みを(ほど)く。パサリパサリと軽快な音が聞こえると、気付けばオレの弁当も開かれていた。

 いただきます、という弾むような声と共に、皐月はもぐもぐと食べ始める。


「がっつくなよ、みっともないぞ」

「えー、ふぇもふぁやふふぁうぇわいふぉ」

――何言ってるかサッパリ分からん。

 オレは彼女の水筒を引っつかむと、彼女の鼻をつまんでその口に麦茶を流し込んだ。

 げほげほとむせ返ると、ようやく彼女は話せるようになる。


「でも早く食べないと、午後の授業に間に合わないよ?」

 その言葉に気付いて時計を見る。既に昼休みも終わりに近づいており、もうすぐ午後の授業が始まろうとしていた。

 ああ、オレは寝ていたのか。

「つーかオレが寝てたの知ってたんなら起こしてくれりゃ良かっただろ」

「え?あ、うーん…ちょっと、その」


 トントンと中指を机に当て始める皐月。彼女が困った時のクセだ。

「要するに結局はお前も寝てたのな」

「べ、別に寝てたワケじゃ…その、いつの間にか気付いたら昼過ぎてたってゆーか」

「つまり寝てたんじゃねーか」

「う……もーう、早くしないと昼休み終わっちゃうよっ」


 腕を振り、必死に取り繕う皐月。ちょうどそのタイミングで昼休みとの別れを告げる予鈴が鳴った。

 全員が着席すると同時に、担任の教師がやって来る。律儀で真面目な、悪く言えば堅物で有名な教師だ。

 次は数学か……心の中で呟く。数学といえば、大勢の生徒達を受験の日に泣かせた悪魔の教科……故に総じて悪名高い教科のトップである。

 まあ、オレには関係無いよな…寝るし。

 始めから分からない問題など解く必要はない。オレは机に突っ伏したまま深い眠りの沼に落ちていった。




「いつまで寝てるの、起きなよっ良人」

 チカチカと視界が(またた)く。頭が右へ左へと動いている気がした。

 ああ、ジェットコースターってこんな感じだよな……

 ……。

 …………ん?


「ままままて皐月、そそそれ以上振るな、マジでしし死ぬ」

 意識がハッキリした事で、現状が理解できた。

 凄まじい勢いで振られる首。骨と骨が擦れ、軟骨が削れていく感覚が直に伝わってくる。

 と、中途半端なタイミングで肩にガッチリと固定された腕が離される。勢いあまってオレは椅子から墜落した。


「ありゃ、ちょっと振っただけなのに」

「お前のちょっとは常人のじゃない……こっちからすりゃ致命傷だ」

 彼女は生まれつき運動神経が抜群であり、筋力は常人の比を超越している。暴走するととにかくその場にある物で殴りかかってくる事も相まって、下手をすれば命を落としかねない。

 しかし慣れとは恐ろしいもので、今こうしてオレが原型を留めていられる事も奇跡の一つだった。

「もーう、大袈裟に言わないでよ」

「大袈裟も何も、事実だっての。首の血管が幾つか切れた気がするぞ」


 まるで寝違えたように首筋が痛む。皐月め……

「――ん?」

 首をほぐすようにぐるぐると回していると、ふと一つの人影に目が留まる。

 特徴的な長い黒髪。例の飛び膝蹴り女――もとい、生徒会長が立っていた。


「どうしたの?良人」

「いや、アイツ確か生徒会長とか言ったよな?ま――まー……何つったっけ?名前。思い出せねーや」

「アイツじゃないよ、舞先輩だよーっ。あの人すっごい人なんだよっ。例えば――」

 皐月によると、何でも成績、運動トップ、そして果てにはそのカリスマ性を(もっ)て部活棟を一つ増築させるにあたったとか……とにかく、ビックリするほどビッグな人らしい。


「しかもすっごく優しい人だから男子にはモテモテなんだよっ」

「ふうん……アイツがねぇ……」

 問答無用で飛び膝蹴りをかましたアイツが、ね……

 まるで影みたいな、正体の見えないヤツだった。

 感慨にふけっていると、ギラリと皐月の目が光った――気がした。


「で、何で良人は生徒会長さんの事をそんなあたかも仲が良いみたいに話せるのかな?」

 頭をむんずと鷲掴みにされる。もし回答を誤れば、視界が180°反転するに違いない。

「仲が良いも何も、昨日の夕方屋上で――」

 目の前に、ノイズが走った。

 ――屋上?

 昨日は確か、学校の廊下で彼女と遭遇したはずだ。

 一体どこから屋上というワードが出たのか、自分でも分からなかった。


「――屋上で?」

「あ、いや違う。記憶違いだ」

 オレは仕方なく、彼女と出会った時の事を話し始めた。オレを掴む手はそのままだったので、慎重に言葉を選びながら。

「ふーん……生徒会長さんって、そんなにアバンギャルドな人だったんだ」

「なんつーかこの世の産業廃棄物全てを合わせたみたいなヤツだったぞ」

「私の生徒会長さんはそんなに真っ黒じゃなーいっ!!本当に、ほんっとうに優しい人なんだよ?」

「へぇ……」


 しかしまあ、百聞は一見に如かずというか、あの舞先輩を見た後では全く説得力が無かった。

「――――?」

 背後に気配を感じ、振り返った。

 目の前には、ガラスの嵌った引き戸。その裏にユラユラと(うごめ)く人影が映っていた。

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