既視感
深緑に染まった木々が、辺りを包んでいた。
カラスの鳴き声が、遥か遠くで木霊する。空は、茜色に染まっていた。きれいな――――きれいな夕焼けだった。
こんもりと茂った山の中で、私は独り佇んでいた。
目の前には、小さな石ころの柱。
それはお墓だった。
灰色にくすんだ、小さな小さな柱。その数が増えていく度に、私の心は満たされ――
――いや。
私の心は、それどころかもっと虚しくなっていくだけだった。
私はこの心の空白を埋めたくて。
ふらふらと、山道を歩いていく。
目の前に、ふわふわとした白い塊が立っていた。野ウサギだ。
野ウサギは、その特徴的な赤い瞳で私を見据えていた。
――欲しい。
あの子が――――欲しい。
私は、道端に立っている野ウサギに手を伸ばした。
事が済むまでに、随分と時間を喰ってしまった。
無理もない。何も持っていなかったんだから。
今、目の前には赤い――いや、数分前までは白かった生き物が転がっていた。首は半分ほど千切れて、ザクロのようにパックリと割れた腹からはデロリと内臓が飛び出ていた。
私は目の前に転がる――私が殺した野ウサギの骸をそっと持ち上げる。あらかじめ掘っておいた穴に、その子はすっぽりと収まった。
柱はオベリスクのようにそびえ立ち、墓標――そう言うにふさわしい景色だった。
「もう、何匹目かも忘れちゃったね……」
誰に言うことなく、ぽそっと呟く。その言葉は風にさらわれ、消えていった。
石の白と灰色、そして自然の緑のみが存在していた。やっぱり、私の心が満たされる事は無く、虚無感だけが私の心を蝕んだ。
まるで喉の渇きを癒すように。
私は、次の子を探しに歩き始めた。
**
気がついたら、目の前は暗闇に覆われていた。
――いや、何で?
後頭部にリノリウムの冷たい感触が伝わる。オレは、地面に横たわっているのか?
こころなしか、頭が重い。そして痛い。何か、さわさわというか、ふよふよというか、布のような感触がオレの鼻先に感じる。まるで何かがのしかかっているような――
と、視界が急に開け、五月の赤みを帯びた夕焼けの光が差し込む。やはり何かが上に―――
――そこで、オレの思考は止まる。
何というか、うん、複雑な気持ちだった。
オレの目に映っていたのは、言うまでもない。
「痛ってぇ…んだよ、高校生にもなってピンク色かよ……」
ズキズキと痛む脳天を抑えながら立ち上がろうとする。その時、突然現れた靴の裏に再び地面に押さえつけられ、叩きつけられる。
「あなたは……このまま頭を踏み潰されるか土下座をして許しを請うか、どちらがいいのかしら?普通あなたに選ぶ権利は無いのだけれど、特別に選ばせてあげる」
頭上から冷たい声が聞こえる。その声は凛としていて、しかし一切の感情も含まれていなかった。
選択の余地は無い。
「す…ずんばぜんしだ……」
掠れる声で謝罪をする。すると、案外簡単に脚はどけられた。
やっとの事で見上げると、黒い髪の少女が目に入った。赤いリボン――――一つ上の、先輩だ。
彼女は冷たくオレを見下ろしている。氷のような彼女の表情は――とても、綺麗だった。
いや、落ち着け、オレ。相手は三次元だぞ?金髪でもなければツリ目でもロリでも猫耳でも何でもない。
パンツを見たくらいで何を慌てる必要がある。オレはただのロリコンなんだ。そうだ、落ち着け、おちつ――
ゴス――――――ッッ!!
鈍い音が廊下を反響する。先輩のグーがオレの後頭部に決まったのだ。
「な、何で殴んだよっ!?」
「さっきの事を思い出してそうだったからよ。さっきの事は忘れなさい――もしも次思い出したら、コロスから」
恐ろしい女だった。
「ん――?おい、そういえばさっきの事と言えば」
「何よ、この変態。また私の下着を見たいわけ?あなたの心は煩悩と下心しかないのかしら」
あえてスルーだ。
「その前だよ、その前。なんであんな事になったんだよ」
「――事故よ。ただの事故」
ああ、何となく思い出せてきたぜ――
確かオレが階段を上ろうとした時に、この性悪女が一番上から飛び降りてきて……
オレを思いっきり蹴り倒したんだったな……
「――って!!アンタの仕業じゃねーかっ!!」
「ああもう、うるさいわね。過ぎた事を何度も何度も……全く、小さい男ね」
「さっきからパンツ見られたこと根に持ってたヤツが何を――」
「あら、忘れなさいと言ったはずよ。次思い出したら殺すと――言ったわよね?」
だああっくそっ!!
ラチがあかねえぇぇっっ!!
「だーかーらー、何でアンタはあんな所から飛び降りてまで急いでたのかっつってんだよ」
「あなたに言う義務は無いわ。そもそも――」
言いかけて、彼女は止めた。
「――いえ、話すわ。私はね、追いかけていた。それだけよ」
何を?
それ以上の質問には答えないと、彼女の目は言っていた。続く質問は、飲み込まざるを得なかった。
「でも――もう、遅かったみたい。だから少し、残念な気持ちよ」
「アンタは一体何を――」
オレの言葉は、彼女の指に遮られてしまった。暖かな風が、彼女の髪を揺らす。
「この話は、また今度にしましょう?」
ぱっと、彼女の指が離れる。彼女が何を考えているのか、分からなかった。
「――はいはい」
「はいは七回よ」
「多すぎだ」
しかしなぜだろう――彼女には、不思議な安らぎを感じた。
「じゃあ、また今度……会いましょう」
すたすたと、歩き去ろうとする先輩。オレは、その後ろ背中を呼び止めていた。
「――良人だ」
オレの名前を聞き取ると、彼女は静かに微笑む。
「――舞―――よ。でも、先輩と呼んで頂戴」
「……はいはい」
「はいは三・三・七拍子よ」
「運動会の応援合戦か」
そんな下らない会話をして、彼女とは別れた。
互いに知り合ったこともない、今日初めて出会ったオレ達。
なのに、なぜだろうか――不思議と、初対面ではないような気がしていた。
えー、みなさんこんにちは、またある人はおはようございます、またある人はこんばんは。
この度は『茜色に染まる空』を読んで下さりありがとうございます。お久しぶりです、または初めまして。はぎぽんです。
本作品では前作の『言ノ葉』とはまっっっったく別世界です。いわゆるパラレルワールドってやつです。
しかし、ここで前作での謎は解けます。色々共通しちゃってる点もありますので。はい。
と、まあ自己紹介はこれまでにしておいて。
『茜色に染まる空』を、今後ともよろしくお願いいたします。