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 翌日も、その翌日も、ハル君は朝私の家の前に立っていた。

 そしてその隣には不機嫌な高瀬君。日増しに眉間の皺が増えているのは、きっと気のせいではないだろう。


「おはよう、ハル君。今日も来てくれたの?」

「おはよう。」

 そしていつものように、私とハル君は高瀬君を無視するように挨拶を交わしてその場を離れた。

 いや、離れようとした。


「おい、あんた。」

 低く唸るような声に二人で振り返ると、高瀬君がハル君を睨みつけていた。

「あんた、毎朝毎朝、どういうつもりでここに来るんだ?」

「ちょっと高瀬君、そんな言い方・・・・。」

 いくらなんでも、いきなり失礼じゃないだろうか。

 私の言葉が聞こえなかったのか、無視したのか、高瀬君はじっと探るような鋭い目でハル君を見据えて言葉を続ける。

「言っとくけど、千月ちゃんが目的でそいつといるならやめといた方がいい。そいつが、妹とあんたを会わせるとは思えないけどな。それに、千月ちゃんは俺と付き合ってるんだ。あんたの出る幕じゃない。」

 まるで挑発するような言い方にズキリと胸が痛んで、とっさに胸を押さえる。


 ハル君は、そんな人じゃない。そう思うのに、過去の経験が次々と脳裏に蘇ってきて、高瀬くんの言い分を否定しきれないでいた。

 本当は、そうなのだろうか。私と仲良くして、千月と接触する機会を狙っているのだろうか。

 ・・・そんなはずない。だって、ハル君は千月を知らないから。

・・・本当に?そう言い切れる?

 だって、千月が目的だって言うほうが、よっぽど自然じゃない?

 こんなにもかっこいい人が、そういつまでも私なんかに構うのはおかしくない?

 俯いた私の視線の先で、ハル君の手がぎゅっと握り締められたのが見えた。


「勘違いするな、お前の女になど興味はない。」

 淡々とした答えに、高瀬君がフッと笑うのが聞こえた。

「嘘つくなよ。あんた、毎朝俺の事睨んでるだろうが!」

 俯いたままの私の両耳に、ハル君の手が添えられる。驚いてハル君を見ると、大丈夫だというように笑顔を返された。

 本当に軽く添えられているだけなのに、それまで聞こえていた車の通る音も、鳥の鳴き声も、何も聞こえない。

 まったくの無音・・・どうして?

 不可解な現象に、心臓が小さく音を立てる。

 まるで無声映画のようにハル君の口だけが動く。高瀬君にはちゃんと聞こえているのか、疑うような表情が次第に驚きに変わり、わずかに怯えの色が混じる。

 一体、何を言っているんだろう?

 最後にバカにしたような笑みを高瀬君に送って、ハル君は私の耳から手をどけてくれた。


「分かったな?」

 ハル君の言葉に、高瀬君はぎこちなく頷いた。

「誤解は解けた。行こう、ヒナ。」

「えっ?・・・う、うん。」

 学校への道を歩きながら、私はチラチラとハル君の顔を見た。

「どうした?」

「・・・さっき、高瀬君に何を言ったの?」

 思い切って訊ねると、ハル君は困ったような表情をして、最終的には私の頭を撫でて誤魔化した。

 素直に教えてくれるとは思ってなかった。私に聞こえないようにわざと耳を塞いだのだろうから、きっと聞かれたくない内容なのだろう。

「じゃあ、どうして毎朝迎えに来てくれるの?」

「嫌か?」

「そんな、嫌なわけじゃないけど・・・・。」

 むしろ嬉しいと思うし、ハル君がいてくれれば高瀬君も私に何も言ってこない。

 助かってはいるけど、別に彼氏彼女でもないのに毎朝家まで来てくれるっていうのは、どうしても疑問に思ってしまう。

「俺がしたいようにしてるだけだ。」

 それ以上、ハル君は何も言わなかった。

 なんとなく触れられたくないような気配がして、私もそれ以上追及するのをやめた。


「ヒナ、今日は放課後空いてるか?」

「うん、今日も特に何もないけど。まだ買うものあるの?」


 ここ数日、放課後は定番のようにハル君と買い物に出かけていた。

 最初の日のソファーをはじめ、次の日はテーブル。その次の日はマグカップ。

「ああ。今日は、食器を見に行きたいな。」

「昨日マグカップ探した時に一緒に見てくればよかったのに。」

 テーブルだって、ソファーの近くに展示してあったのに。

「買い物はもう疲れたか?」

「そんな事ないけど。ただ、同じ場所に何度も行くの、ハル君が大変なんじゃないかと思って。それに、仕事とか大丈夫なの?」

 何の仕事をしているのか知らないけど、まともに働いている人なら平日の日中に毎日買い物に行くなどほぼ不可能だろう。

「自由業なんだ。じゃあ、帰りにまた迎えに来る。」

 ちょうどいつも別れる場所まで来て、私達は話を切り上げた。

「あ、うん。ありがとう。」

 ハル君は頷くと、いつも帰っていく方向へと歩いていった。


 その後姿をぼんやりと眺めながら、溜息が出た。

 鞄を持ち直した拍子にチリンと音がした。

 いつも持っていないとお守りにならないとハル君に言われて、もらった鈴は鞄につける事にした。


 ・・・さっき耳を塞がれた時、本当に何にも聞こえなくなったよ?ねえ、どうして?

 普通、少しは聞こえるよね?だって、本当に手は軽くしか当てられてなかった。


 あんなにいい人なのに。

 ちょっと変な所あるけど、かっこ良くて、大人で。私にも優しくしてくれて・・・。

 それなのに、ちょっとだけ怖いと思ってしまった。

 踏み込んではいけない何かがあるような、そんな気がして・・・。


「おはよう、ヒナっ!どうしたの?こんなとこでぼーっとして。」

 ポンと肩を叩かれて、私は飛び上がりそうなほど驚いた。

「歩美っ?おはよう。今日は遅いんだね?」

 登校時間としては早い方だけど、部活の朝練がある歩美はいつもはもっと早い。

「あー、寝坊しちゃって。だから今日はサボリ。」

 気まずそうに頭に手をやる歩美に少し笑って、どちらからともなく学校へと歩き出した。

「珍しいね、歩美が部活サボリなんて。」

「たまにはね~。それより、さっき何見てたの?」

「えっ?あ、うん・・・ちょっと、猫が通ったような気がして。」

 ハル君の事をうまく説明できる気がしなくて、私は適当に誤魔化した。

 歩美は気のないようにそうなんだ、と言って話題を変えた。

「そう言えば、もうすぐ夏休みだね。ヒナは夏休みなんか予定ある?」

「う~ん・・・特に何もないかなあ。でも・・・・。」

「でも?」

 さっきまで全然考えていなかったけど、いい事を思いついてしまった。

「バイト、しようかな。」

 母の態度はあれから軟化したけど、それでも良好な関係とは言いがたい。毎日家にいるのは気が滅入るし、将来家を出る為にバイトも考えていたんだった。

 夏休みに働くだけでたいした額にはならないと思うけど、とにかくやってみるという意味ではいいかも知れない。

「へえっ!いいじゃんバイト!何するの?」

「まだ全然決めてないんだけどね。でも、探してみるよ。」

 短期の仕事だったら、何があるだろう?ティッシュ配りとか?

「いいなぁ~、私は多分、陸上漬けかな。合宿もあるみたいだし。走るの好きだから、全然いいんだけどね。でも、ちょっと羨ましい。」

 歩美はふふっと笑うと、溜息をついて肩を落とした。

「でもその前に、期末テストがあるけどね。」

「・・・そうだね。」

 

 もう、そんな季節なのか・・・。

 あと半月もすれば、きっと蝉が鳴き始めるのだろう。

 夢で見たあの耳が痛くなるような蝉の鳴き声を思い出して、私は少しだけ身を震わせた。


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