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 教室に入ると、やはり早く来すぎたのか生徒の姿はほとんどなかった。

 窓をつたい流れ落ちる雨水を何となく目で追いながら、今朝の事を考える。


 あの人は、一体いつからああして家の前で待っていたんだろう。いつ私が家から出てくるのかも分からないだろうに・・・。

 私がいつも通り朝食を食べて、いつも通りの時間に出ていたとしたら、彼はさらに長い時間、雨の中外で待つ事になったはずだ。

 昨日の事を心配して、わざわざ様子を見に来てくれたのだろうか?

 私と歩きたくなった、なんて誤魔化していたけど、実はものすごく心配性な人とか??

 もしもそうだとしたら、とんでもないお人好しだ。年中誰かの心配をして生きているんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながらも、朝から彼に会えて気持ちが浮上したのは確かで・・・。

 申し訳ないと思いながらも、つい頬が緩んでしまう。


 それにしても、あの時感じた胸の痛みは一体なんだったんだろう。

 知ってるような、知らないような、不思議な感覚。あれは・・・・・。


「あの男、誰?」

 低い不機嫌そうな声が、私の思考を唐突にさえぎった。

 窓から目を離して声が聞こえた方を見ると、高瀬君が鞄を持ったまま私の横に立っていた。

 どれくらいぼんやりしていたのか、気がつけば教室には生徒が集まり始めていた。私と高瀬君の会話が気になるのか、みんなが聞き耳を立てているのが分かる。

 めんどくさいと思いながらも、私は高瀬君に返事を返した。

「あの男って?」

 唐突に単語で聞かれても、何の事か分からない。しかもかなり上からの言い方に、私の言い方もついついきつくなる。

 私が聞き返すと、高瀬君は嘲笑と呆れのまじった表情で私を見た。

「さっき俺の隣に立ってた男だ。知り合いなんだろ?」

 そこまで言われて、やっと分かった。いや、思い出した。

 そういえば、高瀬君も家の前で千月を待っていたんだった。正直木田さんのことばかり考えていて、その事をすっかり失念していた。

 携帯で連絡も取れるだろうに、なんであんな所で待っていたんだか。

 それに、高瀬君なら母とも面識があるんだし、喜んで家の中で待たせてもらえただろうに。

「知り合いだけど、それが何?」

 高瀬君が聞きたい答えがそういう事ではないのだと分かってはいたけど、高瀬君に木田さんの事を説明する気にはなれなかった。

 何を言われるか、分かったものではない。


 高瀬君は舌打ちして、それでも引き下がらなかった。

「家の前で待ってたら、あの男がふらっと現れていきなり俺を睨んだんだ。・・・千月ちゃんとは、どういう関係なんだ?」

 睨んだ?高瀬くんを?・・・どうしてだろう。

「千月は会った事ないはずだけど・・・。」

 そこまで言って、閃いた。

 高瀬君は、不安なんだ。

 自分よりも数段格好いい男が突然現れて、千月の家の前で千月の彼氏である自分を睨む。

 しかも、自分と同じように家の前で待ってる。

 この男は千月の何なのか、自分が知らない所で、千月と会っていたのか。どういう関係なのか。

 そう考えても不思議は無い。

 それが先に出てきた私とあっさり行ってしまったのだから、余計に疑問に思ったのだろう。

 それで苛々しているのかと思えば、少しは可愛げもあるというものだ。

「最近引っ越してきたって言ってたから、千月はまだ会った事ないと思う。私が知る限りではね。」

 それ以上の事は、高瀬君に必要な情報ではないだろう。私はそれだけ言って、視線を机の上に落とした。

 もうこれ以上何も言う事は無いという意思表示のつもりだった。

 高瀬君はしばらくそこに立っていたけど、それ以上私が何も言う気がないのが分かると無言で自分の席に戻った。

 教えたのにお礼も言わないなんて。千月を苛める意地悪な姉には、お礼を言う必要すらないとでも思っているのか。

 ・・・やっぱり、教えないほうが良かったかも。


 高瀬君の恋敵の登場を匂わせる意味深な私達の会話に、聞き耳を立てていたクラスメイトたちが好き勝手に騒ぎ出す。

 こういう話は、他人事である場合に限って楽しいものだ。

 それにしても木田さんが高瀬君を睨んだっていうのは、どういう事なんだろう?


「ねえねえ、何の話?あの男って誰の事?」

 どこから聞いていたのか、歩美は自分の席に座るといそいそと私に聞いてきた。

「おはよう、歩美。誰っていうか、あんまり私もよく知らないんだけど・・・。」

 歩美に話すことに抵抗はなかったけど、木田さんの事を説明するためには、母との事も話さないといけない。

 それを他のクラスメイト達が大勢いる中で話すのは気が引けた。

「昨日、ちょっとね。大した事じゃないよ。・・・それにしても、本格的に梅雨に入ったのかな?雨だと部活もできないんじゃない?」

「そうなんだよね~。まあ、たまにはのんびりできていいけど。早く帰れた所で、雨降ってたらどこかに遊びに行こうって気にもならないし。あんまり毎日続くと体も鈍るしね。バスケ部とか卓球部とかは屋内だからいいよね。」

 少しわざとらしく話を逸らせてしまったけど、歩美は気にする事無くその話にのってくれた。

 こういう気遣いができる所も、歩美のいい所だと思う。

 それから雨の日の過ごし方で盛り上がってるうちに予鈴が鳴り、友達同士で固まっていたクラスメイト達もバラバラと自分の席についた。


 毎日繰り返される、昨日と変わらない風景。

 それなのに、自分の気持ちはどこかふわふわと浮いているように安定しない。

 ふと気を抜くと思い出すのは木田さんの事で・・・。

 何故か、頭から離れてくれない。



 結局ぼんやりとしたままで一日が終わり、部活のない歩美と途中まで一緒に帰ることになった。

「ヒナ、大丈夫?」

 横に並んだ歩美が、学校を出ると心配そうに私を覗き込んだ。

「えっ?何が?」

「今日はずっとボーっとしてたし、なんか元気なかったから。顔色もちょっと悪いよ?」

「そう、かな?・・・大丈夫だよ。ちょっと変な夢みちゃって、寝起き良くなかったから。そのせいかな?」

 ボーっとしてたのは自分でも分かっていたけど、顔色には気付かなかった。

 もしかして、本当に体調が悪いのかな?

「へえ、どんな夢?」

「すっごい蝉が鳴いてて、暑くて、その中を歩いてるんだけど、その蝉の声が起きてもずっと耳に残ってて。起きたら外は雨だし、夢とのギャップがすごいというか・・・。」

 自分がおばあちゃんになってて若い男に恋をしてる夢でした、なんてちょっと欲求不満っぽくて、当たり障りのない所だけ話した。

「あるある、寝起きに見たときの夢って、けっこう覚えてるよね~。」

「そうそう。結構リアルなんだよね。」

 こんな風に友達と帰るのも久しぶりで、歩美が私と同じ帰宅部なら良かったのに、なんてつい自分勝手な事を考えてしまう。


 楽しい時間はすぐに過ぎてしまうもので、あっという間に歩美と別れる道まで来てしまった。

「それじゃあヒナ、また明日ね。」

「うん。また明日。」

 手を振りあって、歩美の姿が見えなくなるまで見送った。


「友人か?」

 突然後ろから、それもすぐ近くから声が聞こえて、心臓がドキリと大きく跳ねた。

「・・・木田さん。・・・びっくりした、いつからそこに?」

 振り返ると、朝と同じように傘を差して私を見ている木田さんがいた。

 全く気配を感じなかった。

 心臓が、まだドキドキしている。

「ヒナって呼ばれてるんだな。・・・俺も呼んでいいか?」

 木田さんは私の問いには答えず、そんな事を言った。

「い、いいけど・・・。」

 歩美とのやりとりを聞いていたのだろうけど、そんな近くにいて気付かなかったなんて・・・。歩美も気付いてないみたいだったけど。

「ヒナ、今から時間あるか?頼みたい事があるんだが・・・。」

 木田さんにヒナって呼ばれると、落ち着いてきた心臓がまた跳ねた。

 落ち着けと自分に言い聞かせながら、木田さんに頷いて見せた。

「私にできることなら。」

 昨日のお礼をしたいという気持ちもあったし、木田さんともう少し話したいという気持ちもあった。

 木田さんは表情を緩めると、私の手から鞄を取った。

「よかった。買い物に付き合って欲しいんだ。着替えるなら、一度家に帰るか?」

「うん。あの、鞄・・・。」

 持ってくれようとする気持ちは嬉しいけど、さすがにそこまでは甘えられない。

 取り返そうとすると、ヒョイとよけられた。

「木田さん?あの、鞄自分で持つから・・・。」

 前に立って歩く木田さんは、チラリと振り返って恨めしげに私を見た。

「名前・・・。」

「名前?」

「俺がヒナって呼ぶのに、木田さん、じゃおかしいだろ?」

 おかしいだろうか?男の人を名前で呼ぶって、私にはちょっとハードル高いんだけど。

「じゃあ、なんて呼べばいい?えっと、遥希さん?」

 恥ずかしくて小声で呼んだけど、木田さんは返事をしてくれなかった。

 気に入らなかったのだろうか?

「遥希君?」

 なんか、それもしっくりこない。

「ハル君なんてどうかな?」

 愛称で呼ぶ方が、遥希君って呼ぶよりもまだ照れくさくない気がする。

 もうこれ以上は譲歩できない。

 祈るような気持ちで後姿を見詰めていると、木田さんは振り返って少しだけ笑みを見せてくれた。

 よかった。呼び捨てで、なんて言われたらさすがに困るところだった。

 



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