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 買ってもらった麦茶をちびちびと飲みながら、二人で公園の外周をのんびりと歩く。

 彼の、とても一般人とは思えない端麗な容姿に、行き交う人達の大半が驚いたように彼を見る。 

 中には、立ち止まってまじまじと彼を凝視する遠慮の無い人もいた。

 それでも彼はそんな視線に慣れているのか、一切気にする様子はない。

 

「すいません、付き合わせてしまって。時間とか、大丈夫ですか?」

 そもそも彼はこんな時間にこんな何もない公園で、一人で何をしていたのだろう。

 ・・・人の事言えないけど。

「ああ、大丈夫だ。」

 横に並んだ彼は、長い足をゆっくりと動かしていた。

 重い足を引きずるようにトロトロと歩く私の歩調に合わせてくれる事に、彼の優しさを感じてほんわりと心があたたかくなる。

「さっき、お母さんとちょっと喧嘩しちゃって・・・。それで、つい飛び出してきちゃったんです。あの、でも、ちゃんと家に帰りますから。」

 言葉にするとなんだか陳腐で、子供っぽい。

 私の言葉を聞くと、彼は少しだけ口の端を上げて笑って、私の頭をポンポンと叩いた。

「なんで喧嘩したんだ?」

「それは・・・・・。」

 詳しく話すこともはばかられて、かなり省略した形で説明した。

 妹との仲が上手くいってなくて、その事で母に叱られた事。自分の言う事を疑われて、信じてもらえなかった事。

 話しているうちにその時の事を思い出してしまって、つい強い口調になってしまった。


「そんな奴の事は、気にするな。」

 話し終えた後の彼の言葉は、中途半端な慰めでも、励ましでもなかった。

 足を止めた彼につられるように、私も立ち止まる。

「俺が、お前の味方になる。」

「えっ・・・?」

 言われた意味がよく分からなかった。

 ポカンとする私を気にする事もなく、彼は真剣な目で言葉を続けた。

「俺だけは、ずっとお前の味方だ。」

 何故急に彼がそんな事を言い出すのかわからず、返す言葉も思いつかない。

 困り果てた私に、彼はポケットから何かを取り出した。


 それは綺麗な赤い紐のついた、小さな鈴だった。古いものなのかずいぶん色がくすんで見える。

「これを持っているといい。」

 目の前に差し出されたそれを取り、紐の先を持って揺らしてみた。

 中も少し錆びているのか、チリンと鈍い音しかしない。

「・・・あの、これは?」

「御守りになる。」

「・・・・御守り・・・・。」

 確かに、鈴は魔除けになるって聞いた事があるけど・・・。私が喧嘩したのは母で、別に幽霊とかじゃないんだけど・・・?


「まだ名前を聞いていなかった。教えてくれ。」

 素直にもらってもいいものか考えていると、急に思い出したように名を聞かれた。

「あ、すいません。相沢日向です。あなたは?」

 もう会うこともないと思うけど、名を聞かれて聞き返さないのは失礼だろう。

「・・・・・・・木田遥希。」

 彼はすこし考える様子を見せてから、そう名乗った。

 何で考える間があったんだろう?もしかして、偽名とか?

「あと、敬語使わなくていいから。」

「でも、木田さんって私より年上ですよね?」

 落ち着いた雰囲気といい、大人びた顔立ちといい、どう見ても年上には違いない。

「いいから。」

 答えにはなっていなかったけど、有無を言わせない雰囲気に思わず頷く。

 本当に、変わった人だ。



 その後最初はぎこちなくしゃべっていた私も、しばらくすると普通の話し方に慣れてきて、公園を一周し終わる頃には木田さんともずいぶん打ち解けられた気がした。

 学校はどこに行ってるとか、家はどのあたりとか、そんなたわいのない内容だったけど。

 木田さんは自分の事は殆どしゃべらなかったけど、最近この辺りに引っ越してきたということだけ教えてくれた。


「今日は、本当にありがとう。じゃあ・・・。」

 家の前までついてきてくれた彼にお礼を言って、頭を下げた。

「ああ。またな。」

 社交辞令だろうそれに手を振って、家の中に入る。

 玄関の戸を閉める瞬間、彼がまだ見送ってくれてるのが見えてなんだかくすぐったくなった。

 変な所もあったけど、優しい人だった。

 またな、って言ってくれたけど、本当にまた会えたらいいな・・・。



 家の中に入ると、中はしんとしていて電気もついていなかった。

 誰もいないのだろうか?

 もしかして、私を探しに行ってたりして・・・。

 そんな淡い期待は、リビングの電気をつけた時にあっさりと砕かれた。

 机の上に無造作に置かれた紙には、母の字で千月と外で食べてきますとだけ書かれていた。

 多分、私にまだ腹を立てているのだろう。

 怒ると家を飛び出すところは、私と一緒かもしれない。そう思うとなんだかおかしかった。

 どうしようかとぼんやり立っていると、ガチャリと玄関の戸が開く音がした。

 まさか、もう帰って来たのだろうか?

 それにしては早すぎると様子を見に行くと、珍しく早く帰ったらしい父が首を傾げた。


「・・・・なんだ、今日は静かだな。」

「お帰りなさい、お父さん。」

 靴を脱いで家に入った父に、私は母のメモを渡した。

 父は顔をしかめてメモを読んだ後、私の顔を見た。

「困ったお母さんだな。日向、晩御飯はもう何か食べたのか?」

 父は特に何も聞かず、ただそう言って溜息をこぼした。

「ううん、まだだよ。」

「そうか。じゃあ、父さんが何か作ろう。何でもいいか?」

 普段表情を変えない父が、ニコリと笑って私の顔を覗き込んだ。

 それがなんだか胸に詰まって・・・。


 父は普段寡黙で、私達の会話に入ってくる事もなくて、会社の事とか自分の事とか全然話さなくて・・・。

 でも、私がお母さんに怒られたときや、千月の事で泣いてる時にはいつでもやさしく接してくれた。

 何も聞かないけど、何も言ってくれないけど、多分、私の事をちゃんと大事に思ってくれてるんだ・・・。

 やっぱり、あの時池に飛び込まなくて良かった。・・・そんな度胸最初からなかったけど。


「お父さん、料理できたっけ?」

 泣きそうになるのを誤魔化すように明るく言うと、父は笑って私の頭を撫でた。

「チャーハンくらいならできるさ。・・・・多分な。」

 最後に小さく呟かれた言葉が、妙に私を不安にさせた。



 父の危なっかしい包丁さばきにさんざんハラハラさせられた後、やけに大きい具が入ったやたらと塩っ辛いチャーハンを二人で食べた。

 あまりの出来におかしくてずっと笑っていると、

「まあ、お腹に入ればみんな一緒だ。お前も、いざという時のために料理くらいはできるように練習しておけよ。」

 耳の痛いことを言われた。

 私も料理は母まかせで、ろくに手伝った事もなかった。


 夕食の後片付けが終わった後、お風呂に入って、さらに久しぶりに父と二人でテレビを見て、寝る時間になっても母と千月は帰ってこなかった。

「お母さん達、遅いね。」

「まあ、そのうち帰ってくるだろ。放っておいて、もう寝なさい。明日も学校なんだから。」

「うん・・・。ねえ、お父さん。」

 呼びかけておいて黙り込んだ私に、父は急かすことも無く黙って先を促した。

「千月が私の高校に来たのって、その・・・・。」

 その言葉だけで言いたい事を察したのか、父は苦笑した。

「千月が可愛いから、母さんは心配なんだ。変な男に捕まったりしないか、乱暴な事をされたり、いじめられたりしないかとね。・・・日向は自分のために学校に行ってるんだから、日向に千月を守ってもらおうなんて考えるなと、随分言ったんだが・・・。まして、お前だって女の子なんだから・・・。」

 はぁっ、と大きな溜息をつく父は、きっと私達の知らないところで何度もその事を母と話し合ったのだろう。

 そう思うと、嬉しくて顔がにやけてしまう。

 一人でいじけてた自分がバカみたいだ。


「とにかく、千月だってもう子供じゃないんだ。お前は自分の事だけ考えなさい。」

「うん・・・・・ありがとう、お父さん。お休みなさいっ!」


 こんな風に父にお礼を言うのも何年ぶりかの事で、気恥ずかしくて駆け足で自分の部屋に入った。


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