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 学校が終わると、私は真っ直ぐ家に帰る。歩美は部活だし、他に一緒に寄り道をして帰るような友達もいない。

 1年の時は女子の中堅グループの末端に置いてもらっていたけど、学校の外でも連絡を取り合うような仲にはなれなかった。

 以前はそれでも一人で寄り道したり遠回りして帰ったりする事もあったけど、最近は急いで家に帰る事にしていた。


 ・・・千月と帰り道で会いたくないからだ。

 千月も私と同じく帰宅部だから、入学してしばらく、5月の終わりくらいまではよく一緒に帰ったりもしていた。

 でも高瀬君と付き合いだしてからは、彼に家まで送ってもらっているらしい。

 高瀬君が千月の教室まで迎えに行って、それからゆっくり二人で帰ってくるはずだから・・・急いで家に入ってしまえば、二人と顔を合わせなくてすむ。


 一度、途中で二人とばったり会ってしまって大変な目に合わされた。

 千月は私によく分からない事を言って謝り、高瀬君は身に覚えの無い罪で私をこれでもかという程詰った。

 それこそ、一言も言葉を返せないような勢いだった。

 あんなのはもうごめんだ。

 ・・・こんな生活、いつまで続くのかな・・・。高校卒業するまで?

 

 大学こそ、よく考えて遠くの大学に行こう。

 なんなら家を離れて、一人暮らしをするのもいい。

 そのためにはお金がいる。今から少しでもアルバイトとか、しておいた方がいいだろうか?それに、奨学金とか、そういうのも調べといた方がいいよね。



 そんな事を考えていたら少しずつ気分も浮上して、ただいまの挨拶もそこそこに2階の自分の部屋へと入った。

 鞄を机に置いてベッドに座ると、やっと安堵の溜息が出る。

 ここだけは、安全地帯。そんな気分だ。

 動くなら、早い方がいい。少しだけ休憩したら、父のパソコンを借りて大学の事を調べてみよう。

 そう思って目を閉じた。


 それからしばらくすると、階下から話し声が聞こえてきた。

 母の声と、高瀬君の声。千月が帰って来たのだろう。

 いつもは挨拶程度の話だが、今日はやけに長い。さすがに何を話しているのかまでは聞こえてこないけど、母の驚いたような声が何度も聞こえた。

 その中に時折私の名前も聞こえて、ドキリとして慌ててベッドから跳ね起きる。

 何を話しているんだろう。

 分からないけど、いい話のはずがない。


 どうしようと焦りながらも、どこか冷静な自分がいて、急いで私服に着替えた。

 動きやすいようにジーパンを履いて、携帯と財布をポケットにねじ込む。

 まだ何も言われていないのに逃げ出す準備をする自分が、なんだかおかしくて苦笑してしまう。


 やがて声が途絶えると、トントンと階段を上がってくる音がした。

 このゆっくりとした足音は、恐らく母だろう。

「日向、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・出かけるの?」

 ノックもせずに入ってきた母は、私の姿を見ると訝しげな表情に変わった。

「う、うん。ちょっとコンビニに。」

 とっさに嘘をついた私に、母は厳しい顔を向けた。

「いいから、座りなさい。」

 有無を言わせない低い声に、私は黙って机の椅子を引いて座った。

 母は千月と同じく可愛い顔立ちをしているけど、怒るとすごく怖い。


「さっき千月の彼氏から聞いたんだけど、千月をいじめてるって、本当なの?」

 多分、そんな話だろうとは思っていた。

 でも私も慣れたもので、こんな事では感情的にはならない。

「そんな訳ないでしょ?学校で千月と顔合わせることなんてほとんど無いし、家にいる時のことはお母さんだって知ってるでしょ?」

 母は専業主婦なので、私や千月が家にいるときはたいてい家にいる。

 様子がおかしければ、気がつくはずだ。

「・・・そう。じゃあ、高瀬君の事はどう思ってるの?正直に言ってちょうだい。」

「どうも何も、どうにも思ってないわよ。」

 最近、嫌いにはなったけどね。


 母は探るようにじっと私を見て、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「日向。影でこそこそ妹を苛めるような子は、最低よ。」

 グサリと、心臓に刃を付き立てられたような衝撃。

 ・・・頭の中が、真っ白になっていく。

「あなたがいれば安心だと思って、日向がしっかり千月を守ってくれると思って、あの子をあの高校に入れたのよ?それが逆にあの子を傷つけて、どうするの?」

 ・・・それって、どういうこと?

 私にあの子のお守をさせるために、あの子を私の学校にわざわざ入れたってこと?


「妹の方が可愛いって言われて、卑屈になる気持ちは分かるわ。でも、血の繋がったあなたの、たった一人の妹なのよ?どうしてもっと優しくしてあげれないのっ?」

 悲しいという気持ちが、どんどん怒りに変わっていく。

「千月はね、あなたの事本当に大好きで・・・っ、いたっ!日向っ!!」

 気がついたら、机の上にあった鞄を母に向かって投げつけていた。


「お母さんも千月も、だいっっ嫌い!信じてくれないならっ、もういいっ!」

 悲鳴のように叫んで、母を押しのけて階段を駆け下りる。

 玄関に向かう途中で呆れたような顔の千月と目が合ったけど、何か一言言ってやる気にもなれなかった。


「待ちなさい日向!」


 怒鳴り声を無視して、私は家を飛び出した。



 とにかく一人になりたくて、無我夢中で走った。

 頭の中で、母の言葉が何度も繰り返される。結局、家の中でも私は千月の姉でしかない。

 そう考えると、悲しくて、悔しくて、子供のように涙が止まらなかった。

「・・・ハンカチももってくればよかった。」

 そんな事を考えられたのは、近所のちょっと大きな公園についてからだった。

 大きな池の周りには柵がなく、日中は子供たちがここでよく鯉に餌を上げている。

 日もずいぶん傾いてきて人気は少ないけど、それでも犬の散歩やデートなどで、まだ何人かの人が歩いていた。

 シャツの裾でとりあえず涙を拭いて、淀んだ池を覗き込んだ。


 今の私の心と同じだった。

 停滞していて、淀んでいて、不純物で底も見えない。

 ・・・家にも帰りたくないし、いっそここに飛び込んでやろうか。

 もし私が死んだら、千月や母は少しは後悔して悲しんでくれるだろうか。父は・・・よくわからない。寡黙な人で、あまり遊んだ記憶もないから。

 

 死ぬ時って、どんな風になるんだろう。こんな汚い池で死ぬのは、ちょっと怖いかも。

 こんなに悲しい気持ちなんだから、どうせ死ぬならせめて楽な方がいい。

 綺麗な水場を探して・・・それより飛び降り自殺?

 ・・・多分できない。自分にそんな度胸は無い。


 悶々とそんな事を考えていると、突然、誰かに腕を掴まれた。

 驚いて振り返って、自分の手を掴むその人を見てまた心臓が止まりそうなほど驚いた。


 芸能人でもそうそういないんじゃないかと思う程、整った顔立ち。

 多分、背も高瀬くんより高いんじゃないだろうか。年は二十歳くらいに見えるけど、よく分からない。

 その男の人は、切羽詰った表情で私を見ていた。


「・・・あ、あの・・・。」

 沈黙に耐え切れず声をかけると、その人は我に返ったように腕を離した。

「・・・飛び込みそうな顔してたから。」

 低く心地良い声に、ドキドキしてしまう。

 さっきまで死んでやろうかとか思っていた気持ちも急にどこかに消えてしまって、突然現れた美形を前にどういう態度を取っていいか分からず、視線をあちこちにさ迷わせる。

「い、いえ、ただぼーっとしてただけで・・・その、ご心配をおかけしてすいません。」


 こんな怖いくらいの美形に、泣きはらした顔を見られるのは恥ずかしい。

 私はそう言って、俯き加減のままそそくさとその場を後にした。

「待て、家まで送ろう。」

 後ろからかけられた声に驚いて立ち止まると、さっきの人が私の前に回りこんできた。

「もう暗いし、一人で歩き回らない方がいい。」

「あの、でも・・・・大丈夫です、近くですから。」

 送ると言われてもまだ家には帰りにくいし、それにそんな迷惑もかけられない。

 それに暗いと言っても、日が完全に暮れたわけでもない。

「・・・帰りたくないなら、しばらく一緒に散歩でもしよう。それから送る。」

「えっ・・・?」

 どうして、そんな事を?・・・こんな時間にあんな場所で泣いて立ってたら、確かに何か事情があるように思われても仕方ないかも知れないけど。

 まるで、見透かされているみたいで居心地が悪い。

 でも・・・。


「そうだ、何か飲むか?何がいい?」

 どうしてか必死な様子がなんだかおかしくて、不審に思う気持ちを押し込めた。

 ちょっと怪しいけど、悪い人ではなさそうだし。

 それにこんなにカッコいい人なら、女の人には別に困っていないだろう。

 きっと、本当に親切から言ってくれてるのだ。


「じゃあ、麦茶を・・・。」

 そう言うと、彼は嬉しそうに笑って、自動販売機へと走っていった。

 もう少しだけ、いつもとは違うこの不思議な時間を楽しもう。

 そして気分が落ち着いたら、ちゃんと家に帰ろう。

 彼のおかげで、家出少女にはならずに済みそうだった。



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