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刹那と永劫の狭間に  作者: 吉岡 澪
血統の決闘
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闖入

「死ね。朝霧儚」


 あー、なんだ、走馬灯ってやつか。フィクションとして見ているとありえないだろと言いたくなるがいざ自分に訪れてみると本当なんだな。

 さて、ネットやらテレビやらで生まれたときのことを覚えているという連中を目にすることがある。

 そいつらへのツッコミはひとまずおいておくとして私はこの世に生を受けた瞬間についてもちろん何も覚えてはいない。だからこそ死ぬときこそは心穏やかに逝くことができたらとずっと考えていた。


 それがどうだ。巻きついた影だか昆布だかに体は剣山、さらに最後に古賀が振り上げたナイフで心臓を突かれれば黒ひげは危機一髪を通り越して万事休すだ。

 自分で決めたことゆえに後悔はないがもし来世というものがあるならもっと牧歌的なルートを進みたい。


 未成年ながらそこそこ生きてきたが冥土の土産になるようなものもなさそうだ。私は抵抗をやめ体の力を抜いた。


 ここでやっと私は異変に気がついた。遅いって? ほっといてくれ。


 いや待て。おかしくないか。さすがに『死の直前にやりがちな未練タラタラ回想』をやりすぎたのに私の命は繋がっている。


 目を開けると体の昆布は消え去り、そして誰かに抱き抱えられていることに気がついた。痛覚で触覚が掻き消されているため体がふわふわとしているような不思議な感覚だ。


「やあ。遅くなって悪かったね」

 私を抱き抱えてにこりと笑ったのは大家さんだった。どうやってここまで来たのか、道中の敵はどうしたのか、浮かびかけたそんな疑問も大家さんだからという至極単純な理由で消し飛ばしてしまいそうな笑みを浮かべていた。


「無事……じゃないだろうけどとにかく生きててくれてよかった。よく頑張ったね。ここからは私たちも一緒だ」


 なんとか起きあがって見渡すと大家さんだけじゃない。足名稚さんも、マーも、松風監督も、青野も、エゴスバラにモニーもいる。


 前田荘の集合劇に八木も古賀も唖然としていたようで口をパクパクしながらも言葉を発することができていなかった。


「お、お前は!」

 八木は文節を捻り出すのがやっとなようだ。


 大家さんは八木に語りかけた。

「別に私は法の番人でも正義の味方でもない。むしろそっち側にいた人間だ。だがね八木。お前はやり過ぎた。他の3人にも伝えてくれ、その辺にしとけってな」


 笑顔はそのままだがどこか怒っているようだった。


「ちょっと待ってくれ。大家さんはあいつとどういう関係なんですか?」

 聞かぬは一生の恥という言葉の重みを感じる。大家さんが来たからには、と思わないでもないがかといってめちゃくちゃハッピーな状況でもない。疑問は後悔のないうちに解消しておきたい。


 それは九九でも唱えるかのように。カミングアウトを仰々しくする大家さんではなかった。

「ハカナちゃんにはもう隠す必要もないか。文明を一足飛びに押し進めるメガエネルギー。それを産み出したのは当時東都大の研究チームにいた学生たちだった。アンザイ、トクナガ、サイオンジ、ヤギはそのまま四大企業のトップに座ったわけだが研究チームにはもう1人学生がいた。それは」


 酸素を取り込んで八木の舌が整ったようだ。

「斎藤秀。それともこう呼んでやろうか、ドクターS。俺の顔が懐かしくなったか? お前がヤギシフにいれば。やつらと同じラインに立つ必要すらなかったものを」

 苦々しげに吐き捨てた。


 部屋の明かりが目に刺さる。沈黙を噛み締めるほどには自分を客観視できているようで安心した。


「そうか」

 死を間近に感じたせいか驚くべき事実に対しても私は妙に冷静だった。

 安西に徳永、西園寺に八木というメンバーからこれまでドクターSという少々痛いあだ名について私は西園寺のSを指すものだとばかり考えていた。


 しかし思い起こせばこの事実に至るヒントはいくらでもあったのだ。あの時見せてもらった写真も御庭番衆など秘匿された情報への理解もエリオットらとのコネもそうだ。大家さんがただ者ではないことについての最も簡潔な解答は最初からそこにあったといえる。


「永劫くんに刹那さん、さらにハカナちゃんまで手にかけようとは本当に見下げ果てた輩だよ。ここらで痛い目をみるべきだ」


 饒舌な大家さんに対してついに八木がキレた。

「古賀、やれ! っと斎藤は残しておけ。まだ利用価値がある」


 なんとなく持て余していた古賀だったが、殺意で瞳をギラつかせながらこちらへ歩み寄ってきた。


 ダメだ。私だけでなくみんなもやられてしまう。現状こちらにあの影の昆布を防ぐ手段はない。


 大家さんはのんびりと携帯を取り出し、のんびりとボタンをプッシュした。

「エリオットくん、フクイくん、今だ」

 この場にいないあいつらの意味が分かった瞬間だった。


 大家さんが携帯で合図するのと同時にビルの全ての照明が落ちた。残ったのは八木ご自慢のシャンデリアのうすぼんやりとした明かりのみだ。


「っ!」

 例によって古賀の体から昆布が顕れ前田荘の面々を襲う。しかしだ。


「なんデすかこレ。きっシょイですケどなンか」

 絡みつかれたかと思われたがマーは難なく昆布を振り払った。見れば他の人達も同様に昆布を退けている。


 私のほうにきたものも先ほどのような強度はなくへなへなと萎びていた。理屈は分からないが出涸らしなのだろうか。


「なんと!?」

「どういうことだ。俺はS級能力者だぞ、その能力が何故凡人どもに通用しない!」

 八木も古賀も驚きを隠せないようだ。


 青野が得意気に一歩前に進み出た。こいつはこういう展開が好きなんだろうなというのがひしひしと伝わってくる。

「簡単なことだ。お前はそれを『影』と呼んでるみたいだな。大方見た目からそう名付けたんだろうが、最近流行ってるなんだっけ、ああそうそう、中二病ってやつか? まあとにかく見た目だけじゃなくてそいつは本当に影に近い性質を持っていたんだ。つまり光源が弱ければ薄くなるってことでS級どころか単なるオモシロパワーってやつだ。お前は勝てる相手だけと戦ってきたから能力の弱点に気がつけなかったんだな、ぷぷぷ」

 まあここまで推理したのは大家さんなんだが、と青野は小さくつけ足した。


「それがどうした。能力が通じなかろうと古賀には一個師団並の戦闘力がある。ここに来たことを後悔するんだな」

 古賀が右手に拳銃、左手にナイフを構えた。いよいよなりふり構わなくなってきたか。


「八木。後悔するのはそっちだ。私たちがただノコノコとここまで来たと思うかい。全てはハカナちゃんの回復まで時間を稼ぐため。さ、ハカナちゃん。もう立てるんじゃないかな」


 この鬼畜め。スパルタにも程がある。と言いたいところだが本当だった。血が止まり、痛みも引いた。ゴールデンタイムでは流せないレベルだった傷口もいつの間にかふさがっている。


「お父さん、永劫くんの治癒能力だ。さすがにまだオリジナルには及ばないけどそれでも十分さ」


 そうだ。私はまだ立ち上がれる。


「死ねぇッ!」

 眼前に古賀が迫る。さっきまでは目で追うことすら怪しかったが、今度はその動きがひどくゆっくりに見えた。


 振るわれたナイフは上体を反らせばその間合いから逃れられる。急所を狙って撃たれても今の私はそれを回避しつつみんなに流れ弾がいかないよう軌道を変えることができる。

 もう、負けない。


「はぁっ!」

 固めた拳で古賀に防御を許さず、さらにもう一発を叩き込んだ。


 言われなくても分かる。これは母親、刹那の力だ。速さは一撃の重さになり、膂力で古賀の足元にも及ばない私をスーパーウーマンにしてくれる。


 鼻血を流しながら仰向けに倒れた古賀を見て八木にも焦りが出たようだ。

「クソッ、残っている者全員であたれ!」


 予想はできていたことだが御庭番衆はまだだいぶ残っていた。そいつらが会長室の隠し扉から出るわ出るわ、あっという間に私たちを取り囲んでしまった。


「純粋な人間は……いないね、みんなDNAのいたずらかほとんどロボットのサイボーグだ。御庭番衆の人件費はさぞかし安く済むんだろうな」

 見ただけでそれが分かる大家さんの博識さには尊敬の念が尽きないがあまりありがたい情報ではない。


「まったく。労基案件ですよ。松風さん、次の映画はドキュメンタリーでどうです?」

「はっはっはっ! そいつはいいですなあ。でもまあその前にわしらがオールアップを迎えにゃなりませんぞ」

 足名稚さんも松風さんもビビっている様子がない。私は聞かされていなかったが彼らもここまで作戦をきっちりとこなしてきたのだろう。


 古賀がふらふらと起き上がった。木っ端御庭番衆らもじりじりと包囲を狭めてきた。


「来るぞ!」


 みんなに警戒を呼び掛けたが、正直なところこの時点で私はみんながどうにかされてしまうという心配を一切していなかった。

 そしてそれは私にしては珍しく先の読めた判断だったのだ。

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