表裏
こめかみに鈍い痛みを感じて目を覚ました。
見上げた天井にはシャンデリア。すごいところに運び込まれたものだ。
「お目覚めかな」
目の前の古賀を殴り付けようとするも、手足を壁に拘束されているようで身動きが取れない。
「儚ちゃんを押さえるには普通の金属じゃ足りないって聞いてるからね。カイモニウム合金の拘束具を用意させてもらったよ。将来的には宇宙船の船体に使われるものでね、抵抗は無駄だ」
悔しいがたしかにびくともしない。ここで無理に暴れても体力を浪費するだけだと悟り大人しくすることにした。
「それが賢明だよ」
抵抗をやめ、ふと周囲に目をやると壁一面の窓から夜景が見えた。どうやらここがビルの最上階のようだ。となるとここがヤギシフの会長室なのだろう。
大家さんの話にもあったスーパーコンピューターらしきものも確認できた。なんとかアレをぶち壊したいところだが焦りは禁物だ。
少し視野を広げたことでこの部屋に古賀以外にもう1人の男がいることに気がついた。
「さて会長。いかがですか。彼女こそがヤギシフの未来を担う新戦力。すぐにでも御庭番衆に加えましょう!」
古賀の恭しい態度からこいつがヤギシフ会長の八木であることは明らかだ。
結果的にではあるが敵の親玉の懐に転がり込むことができたと考えれば今の状況も悲観しすぎることはないのかもしれない。
「まあそう慌てるな」
八木は古賀を制してこちらへ歩み寄り、私の顎を掴んだ。汚い手で触るなと噛みついてやりたいところだがここは仕方ない。
「なるほど。たしかに見れば見るほどあの二人に似ている。どうだ? 両親の意思を継いでヤギシフに従う気はないか」
近くで見れば年相応のルックス。高そうなスーツに身を包んではいるが普通に街中を歩いていても溶け込んでしまうだろう。
そしてもちろん答えは決まっている。
「髪と一緒に脳みそも抜け落ちたか。シナプスが優勝でもしたら仲間になってやる」
八木は顔を歪ませた。
瞬間、頬にひりひりと焼けつくような痛みを感じた。ナイフのようなもので切りつけられたのだろう。少子高齢化の縮図を垣間見た。
「今のは聞かなかったことにしてやる。まあ焦ることでもないさ。せっかくここまで来たんだ、話でもしよう」
八木は苛立ちを鎮めて襟を直した。
部屋に時計が見当たらないためどれくらいの間気絶していたか分からないが、エリオットたちについての言及がないことから彼らはまだ下で御庭番衆たちと戦っているのだろう。
有象無象かと思いきや、その全てが戦闘に特化したクローンやらサイボーグやらともなれば分が悪い。
そうなると当然援軍は期待できない。私自身でなんとかしなければ。こうして拘束されているということは敵は私をすぐに殺す気はおそらくないようだ。ここはなんとか時間を稼ぎつつ反撃の機を窺わなければ。
「そこまで言うなら私に御庭番衆について聞かせろ」
話したがりには話させるのが一番。情報も得られて一石二鳥だ。
「自分の立場を理解しているのかね? まあ私もその姿勢は嫌いじゃない。いいだろう、聞かせてやる」
八木は古賀を下がらせ、講釈を垂れるつもりだ。
「メガ・エネルギーについてはエリオットから聞いていると思う。アレは私が学生の頃同じ研究室にいたドクターSが作ったものでね」
ここでいうドクターSは敵対する元同級生の西園寺のことだろう。さらに八木らが今回の作戦におけるエリオットとフクイ以外の協力者について認知していないこともなんとなく察した。
つまり、前田荘の人々が絡んでいることはまだ知られていない。これは私にとって重要なカードになりうる。
「メガ・エネルギーは言うならば魔法そのものだ。カボチャは馬車に、ネズミは御者にしてしまう。これさえあれば世界さえ変えられる」
灰被りの例えはいただけないが、たしかにメガ・エネルギー言葉通り都合のよさをそのまま形にしたようなものだ。八木の主張は別に間違ってはいない。
ここは我慢。むしろ乗ってやる。
「ならばとっとと世界を変えてくれ。俗世間からずれていた私でさえ地球上の厄介ごとには頭を抱えているんだ」
温暖化に始まる環境問題。さらには未だにおさまらない紛争など民族・国家間の対立。日本という細かいくくりでみればもっとあるだろう。
さすがにその全てとは言わないが大部分を解決に導けるほどの力がメガ・エネルギーにあるのは疑いようがない。
「もちろん私たちだって最初はそう考えたさ。科学の徒として自分たちの研究が世の中のためになるなんて最高の喜びだからな」
ただ、と八木は言葉を繋いだ。
「このエネルギーのことを知った者たちは何を考えたと思う? 集まってきたのはどいつもこいつもド腐れの欲にまみれた奴ら。録な連中じゃなかった」
利権を守るための利権。想像ができないことではない。魔法が魔法足り得るのは使い手が魔法使いだからだ。パンものが使ったとしてももて余すに決まっている。
「私は絶望したよ。それと同時に目標ができた。間違っているのが社会ならそっちをなんとかすればいい。メガ・エネルギーはその手段だ。御庭番衆はその最たるものだな」
これはいけない。私欲で突き進むタイプよりもさらにたちが悪い。善のなれの果ては時にどんな悪よりも恐ろしい。こんな輩が世界に少なくともあと3人もいると思うと目眩がした。
「御庭番衆による世界へのクーデター。主要国家の機能を奪うことでヤギシフが世界を動かす。増えすぎた人類の整理、アンザイ・トクナガ・サイオンジの始末などやることはいくらでもある」
超能力者やそのクローン、さらにはサイボーグ化など戦闘集団が揃っている。両親がそんなところにいたというのは正直複雑だが今はどうでもいい。
「綺麗事でお前らに説教するつもりはない。絶望するのは勝手にどうぞだが、世直しごっこに周りを巻き込むのはやめろ」
八木は私を笑い飛ばした。
「私たちが成そうとしていることの意味が分からないのかね。善なる人々が求めている救いを与えようというだけのことだ。膿を出すには患部を切らなくては、な」
「ただの屁理屈だ!」
どんな崇高な理念があろうとこいつらはただのテロリスト集団だ。自分に酔うのは気持ちがいいかもしれないが私はそれを否定する。
「……これ以上の話し合いは無駄か」
時間というものは気にすればするほど流れが緩やかになってしまう。
虫の居所を探るのが苦手なのも考えものだ。もう少しネゴシエーションスキルがあればさらに引き延ばすことができたかもしれないが、これでも頑張ったほうだ。
「もう一度聞く。御庭番衆になる気はないか?」
「ない」
再びの折檻を覚悟したが今回は別の案があったらしい。八木は古賀を呼び戻した。
「なるほど、私や古賀の説得では無理なようだ。まあいい。『アクマ』を連れてこい」
戻ってきたにも関わらず、古賀は再び部屋を出ていった。
そういえばここに来てからまだ奴を見かけていなかった。会いたくもない相手ではあるが不意討ちを食らうよりはましだろう。
ほどなくしてレインコートのアクマが古賀に手を引かれてやって来た。どうやらこの部屋の近くで控えていたようだ。
「そろそろ体を動かしたいんじゃないか? アクマを相手にエキシビションマッチといこう」
「気が利くな」
気遣い畏れ入る。体が自由になればチャンスはある。
ボタン一つで拘束が解かれた。
もちろんここで八木を襲うことはできない。古賀に自らを護衛させ、アクマだけを戦わせるつもりのようだ。妥当な判断だが腹立たしい。
私からすると好都合だがそこまでのお膳立てからは敵の余裕を嫌でも感じる。
「クク、カカッ!」
はじめの合図も待たずにアクマが眼前に迫った。




