防衛
エリオットが先制を仕掛けた。
狙われていない私すらやや頭に響くほどの音波。それを一点に集中して放つ。もちろん騒音を発しているわけではない。
普通ならばこれでKO。しかしそうもいかなかった。
スーツはゆらりと体を揺らし、レインコートは屋根に飛び上がってかわした。並の人間の反射ではない。
エリオットは屋根のレインコートを音波で牽制しつつスーツに殴りかかっていく。
不意討ちは失敗に終わった。とにかく私はドアの前へ。家主を守らねば。
外でのドタバタに気がついたのかようやくドアが開いた。現れたのは腹の出た中年男性。
「き、君は……? 何が起きているんだ!?」
「強盗が侵入しようとしている。ここは危ない。こっちへ!」
私は外を確認しようとするパジャマ姿の彼を押し戻して家の奥へと避難させようとした。
「ハカナ! 危ない!」
エリオットの一声。いつの間にか背後にレインコートが回り込んでいた。
エリオットはスーツの男と取っ組み合っていたようだが、そのせいでレインコートには手がまわらなかったようだ。
こちらを見つめるレインコート。サイズの大きいフードをしているので顔が見えない。
「お前は何者だ! なぜこんなことをする!」
家主は家の中へ逃げ、鍵とチェーンをかけた。もちろん奴らにはそんなもの効果がないがここは時間を稼がねば。
「カカ、クカカ、DEVIL(悪魔)……」
切れかけたゼンマイが出すような音。それがレインコートの発した声だと気づくのに数秒かかった。
「デビル……アクマだぁ? ふざけるな!」
固く握った右手はレインコートの左手に受け止められた。とんでもない握力だ。指の関節が悲鳴をあげている。
「オ、オレ、ワ、タシ、DEVIL……」
一瞬何が起きたのか分からなかった。私は真後ろに吹き飛ばされ、玄関ドアにめり込んだ。
「くそッ!」
腹に膝をくれてやったがこれもダメ。見事なまでのドラゴンツイストをもらってしまった。
「ハカナ! そいつも俺が引き受ける! はやく逃げろ!」
そうはいっても体が動かない……エリオットもスーツに足蹴にされてるじゃないか……
「クカカ、カカカ、ケケッ」
動けない私に迫ってきた。また何か仕掛けるつもりか。
収容所を出てからも鍛練は怠っていなかったが、今回ばかりは相手が悪いようだ。これはまずい。
別の気配がした。
「何をしているんだ!」
庭に誰かが駆け込んできた。新手、ではないお巡りさんだ。
スーツとレインコートは私たちへの攻撃をやめ退散していった。
「ハカナちゃん! 大丈夫?」
お巡りさんの後ろからひょっこり顔を出したのはフクイ。顔を見ないと思ったらそれがお前の役割だったか。大家さんも車から降りてこちらへ来ていた。
「おいおい。俺の心配もしろよな」
不満そうなエリオット。お巡りさんに肩を貸してもらって立ち上がった。
「エリオットさんは別にね」
「別にってなんだよ!?」
お巡りさんが咳払い。
「さっきの怪しい二人組は何者なんだ?」
「おそらく企業幹部連続殺人犯です。写真も撮ってあるので確認してください」
後ろで大家さんがこっそりカメラをまわしていたようだ。
「あ、あぁ……それであなた方は?」
私たちはたまたま通りがかった家族で怪しい人物に声をかけたところ襲われたと説明。疑う要素もない。これで問題ないだろう。
ともあれ狙いは成功した。ターゲットを守りつつ警察を引っ張り出せたのだ。
ヤギシフが揉み消しに動いたとしても、これからは私たち前田荘が相手になる。首を洗って待っとけ。




