至福
久々の東京はあの時と何も変わっていなかった。
人々は何かに追われるように働き、街は夜も眩いほどの輝きを湛える。政治経済の中枢としての機能を果たしているとも言えるのだが。
「ハカナちゃん。夕飯ができたよ」
大家さんに呼ばれた。ちょうど空きっ腹だ。
「今行く」
現在私たちは台東区のマンションに二部屋を借りて生活している。眺めもいいし、上野の駅にも近いため交通の便もよくなかなかにいいところだ。
不動産屋との一切はエリオットが済ませておいてくれたため、特にこっちの負担がないのもありがたい。
「おっ。今夜はビーフシチューか」
「マーさんが腕によりをかけて作ってくれたんだ。味わって食べよう」
いい香り。胡散臭さを絵に描いたようなマーだが料理の腕は確かだ。認めたくはないが。
「さアサあ召し上ガれ」
相変わらずフードで素顔を晒したがらないマーだが料理には意欲的で助かる。
「美味い! 店でも開けば繁盛間違いなしだな」
足名稚さんも大絶賛。たしかにプロ並みの腕前だ。
ムニエルもほどよい味付けでおかわりしたいくらいだった。私は本当に恵まれている。
食後のひととき。青野が話をもちだした。
「そういえば知ってるか? 将来この近くにでっかいタワーを建てる計画があるらしいぞ」
「タワーっていうとあれか? 東京タワーみたいな」
今まで私が見たなかでは一番大きな建造物だ。夜には赤く光る電波塔。
「いやいや、そんなんじゃない。もっと、もーっと大きいタワーだ。噂じゃ600メートルを優に越えるらしい」
いきなりそんなものをこしらえてどうするつもりなのだろう。『墨田タワー』とでも銘打って新たな観光資源にでもするつもりなのか。
「まさか東京タワーよりも高い塔ができるとはね。面倒ごとが片付いたらみんなで行こうじゃないか」
大家さんも興味を持ったようだ。
「そコでおミやげを売っタら儲かりソうですネ」
それにしてもこうして食卓を囲んで他愛もない話をしているとどこか懐かしい気持ちになる。
前田荘にいたころから感じてはいたのだが、家族の団らんを知らない私はどこかでこういう日常を望んでいたのだ。
ピロリロと電話が鳴った。私は出ようとしたが大家さんのほうが早かった。
「もしもし。斎藤だ。うん。分かった、すぐ行く」
受話器を置いた大家さん。これまでとうって変わって真剣な表情だ。
「エリオットくんからだ。『例のアレ』についての情報が得られた。すぐ行くよ!」
おそらく次に狙われるターゲットの目星がついたのだろう。ヤギシフに報いるチャンスだ。
「俺が車出します! それで、場所は?」
「日暮里。ここからならそう遠くない」
私たち五人はすぐに下へ降り、エリオットの待つ日暮里を目指した。




