昔話
「ハカナちゃんたちが生まれるずっと前のこと」
大家さんは語り始めた。
「私が在籍していたころの東都大学にとても優秀な四人の生徒がいたんだ。入学時から首席をリレーするようなスーパーカルテットだったな」
大家さんは私に古い写真を見せてくれた。色褪せてはいるが、噴水の前で四人の青年が肩を組んで笑い合っていた。よく見ると彼らの足元に油性ペンで小さく名前が書いてある。
西園寺征彦、徳永実臣、安西幸一、八木成史。何がそれほど楽しいのかカメラのほうを見てニッコリしている彼ら。なんのことはない。単なる仲良し組に見える。
「教養課程を終えて研究室に入った彼らはその才能をいかんなく発揮して活躍した。あの有名な科学雑誌『ネーチャン』にも彼らの論文や実験が掲載されたんだ。そんなこともあって誰もが彼らの将来に何か明るいものを感じていた。ドクターSなんて呼ばれてるやつもいたしね」
西園寺か。大家さんはお茶を一口飲んで話を続ける。
「そんな彼らだが卒業も近いある日、ひょんなことから世紀の大発見をしたんだ。『メガエネルギー』って知ってるかい?」
知っているもなにも、私からすれば全ての元凶だ。
「彼らが偶然精製に成功したメガエネルギーは人類のエネルギー事情を一変させる大発明だったんだ。機械に使えばその機能を飛躍的に上昇させ、燃料としても優秀。あらゆる素材と抜群に相性がいい言うならば神のような物質というわけだ」
でも私は知っている。メガエネルギーはそんな簡単なものではない。
「その顔。もう知っているみたいだね。メガエネルギーは動物にもその効果を発揮したんだ。マウス、モルモット、犬、猿――――どの実験台でも驚異的な身体能力の向上が見られた。次に何処へいくかは言うまでもない」
「人間、か」
大家さんは悲しそうに微笑んだ。
「そう。いくら猿でうまくいったとはいえ人間でどうかなんてやってみなければ分からない」
しかし倫理的に人体で新薬の実験をすることは許されていない。しかも学生だ。そんな大それたことは……
「きっかけは簡単なことだった。ある時メガエネルギーの入っていたフラスコが割れたんだが、その飛沫が研究室を見学に来ていたある学生にかかったんだ。その生徒は死んだ……なんてことはなくむしろその反対。なんと麻痺していた左足首がまた動くようになったんだ」
故意なのではないかと思ったが私はあえて口にしなかった。大家さんがその点について考えていないはずがない。
それはともかく麻痺なんてそう簡単に治せるものではないはずだ。
「この件もあって瞬く間に彼らは学内でも有名になり、崇拝者のような者たちまで現れた。大学は彼らをマスコミから守ったし、その頃は学生運動の盛んな時代ということもあって、世間に漏れることだけはなかった。皆それどころではなかったからね」
後はさらに研究を重ねて、未来のエネルギーとして発表できる段階にまで持っていければよかった。でも私には分かる。急激に名声を得た人間の行き着く先など知れている。
それは才能溢れる彼らでも同じだったのだろう。
「彼らはこの発明の功をめぐって反目し始めた。あれほど仲のよかった四人は別々に研究室を立ち上げて離散したんだ」
仲がよいからこそ、その友情にヒビが入ると一気に割れる。なんとなく理解できる。
「そこからの彼らは真っ暗闇。メガエネルギーの技術を駆使して過激な研究に取り組むようになったんだ。噂によれば崇拝者から実験体を募ることまでしたらしい」
「そいつらは今どうしてるんだ」
事情を話せば私やいっちゃんたちの助けになってくれるかもしれない。
「世界四大企業って知ってるかい。世界経済にかなりの影響力を持つ大企業だ。トクナガ、アンザイ、サイオンジ、そしてヤギシフ」
「まさか……」
目の前が真っ暗になった。唯一の味方となり得る存在の正体。まさに私の敵だった。
「そう。四人がそれぞれの崇拝者を率いて四つの会社を立ち上げて、今も抗争を続けているんだ」
「じゃ、じゃあ御庭番衆ってのは……!」
「メガエネルギーは人間には他の動物に発現した以上の効果が現れるらしくてね。ゆえに普通に摂取すると体に負荷がかかりすぎて死に至る。でも、ごくまれに適性を持った者もいる。彼らには人間離れした摩訶不思議としか言えないような才能が開花するんだ」
分かるはずなのに頭のどこかが理解を拒んでいるようだ。
「ある者はスーパーマンのようなフィジカルを、ある者は体内に有毒ガスの精製器官を、またある者は別の人間の意識を乗っ取り憑依する力を。ハカナちゃんも収容所で何人か見ているんじゃないかな」
「見たよ。嫌というほど」
所長もいっちゃんを襲ったあの軟体もそうなのだろう。
「最近じゃロボットだのアンドロイドだのクローンだのにまで手を広げてドンパチしているらしい。こうしている今もどこかで戦いが起きているかもしれない」
「私がいた収容所は? 御庭番衆の養成が目的と所長が言っていたけど」
あの夜。逃げ遅れて悲惨な最期を遂げた仲間がたくさんいた。適性なしと判断されて粛清にあったのだろう。今思えばあの死線超えはそのための最終テストだったのだ。
「身寄りのない子どもを集めて幼少の頃から厳しい訓練をさせることでメガエネルギーの使用に堪えられる者を選抜するということだろうね」
「政府は? 警察は? そんな連中を放っているのか!?」
収容所までこしらえてあんな勝手なことをしている組織が世界に四つもあるのに認知されていないとは。
「彼らは一切証拠を残さない。事後処理に特化した御庭番衆がいくらでもいるんだ。それにそっちにも彼らの息がかかった人間が潜り込んでいるだろうしね。だから世間では儲かっている四社としか認識されていないよ」
「つまりね、彼らはもうメガエネルギー云々なんてどうでもいいんだ。それよりも恐ろしいことに気がついてしまったのだから」
「というと?」
「自分の思うがままに動く軍隊。狂信的に自らを慕う部下たち。政界、財界にまで広くはられた根。分かるだろ。もう彼らを止めるものは何も存在しないんだ」
ぞっとするのを隠せなかった。私が対峙する敵はあまりにも大きく強かったのだ。




