箱罠
部屋を出るとそこはもう修羅の巷。収用所職員が容赦なく発砲し、被弾し弱った者たちをどこかへ連れ去っていく。見つからないよう物陰に隠れつつ少しずつ進む。
所長が言っていた通り、子ども達を半殺しにしてでも例のメガエネルギーとやらを摂取させるつもりなのだろう。
「とりあえず外だ」
相手が相手なだけに有効な手段ではないが、今は命が惜しい。外へ逃げるには死線越えの時のように講堂の横を通らなければならない。
「アイくんはどこかな」
いっちゃんはアイのことが心配なようだ。おそらく彼も行水中を襲われたのだろう。うまく逃げおおせていればいいのだが。
「大丈夫。あいつだって死線越えの時外へ逃げてただろ。今回もそれを最初に考えるはずだ」
なにより私がそう信じたい。
私達は職員に見つからないようにこっそりと講堂を目指した。さっき所長が話していた本土から来た急進派。奴らが乗ってきた船を利用すれば島を脱出できる。
もしくはフクイとエリオットがまだいたら、彼らを見つけ出して同乗させてもらうという手もある。
「待て!」
考え事をしていたのがいけなかった。いつの間にか恰幅のよい男に背後をとられていた。拳銃を向けられる。
「まさかあの時間に行水をしていない奴がいたとはな。とにかく撃たれたくなければこっちへ来い」
いっちゃんと二人で二正面攻撃を試みれば倒せるかもしれないがどちらかは確実に撃たれるだろう。そんな危険な賭けはできればしたくない。
「見逃してはくれないか?」
交渉の材料は何もない。
「何を言ってるんだ。さっさとこっちへうおっ!?」
男は電気コードで足をかけられ、その場でもんどりうって倒れた。持っていた拳銃はその手を離れ窓の外へ。
物陰からコードの先端をもって現れたのは。
「よう!」
アイだった。話したいことはあるが今は逃げなくては。
死線越えの成果が出たのかそれからはなんとか見つからずに進むことができた。アイの的確な指示があってのことだ。
「アイ、よく無事だったな」
「ああ。気づくのが遅かったら全裸で逃げることになってたかもだけど」
彼には珍しく余裕があるようだ。
「無事でよかったよ。さぁ。はやく講堂へ行こう」
いっちゃんも元気そうなアイを見て安心したようだ。
「待てっ!」
「アイ、かましてやれ!」
「おう」
「ごふっ?」
このように見つかりかけることもあったが三人寄ればなんとやら。私達は連携でなんとか突破していった。
スーパートリオ復活だ。
そんなこんなでなんとか講堂近くまで辿り着いた。この中で摂取が行われているようだ。
戸の隙間から中を覗くと手足を拘束され、変わり果てた姿の仲間達が。私やいっちゃん、アイの友人も大勢犠牲になっている。
「なんて酷いことを……」
いっちゃんの瞳に涙が光る。
その部屋の中央にある見慣れない巨大タンク。その中にある液体とも気体ともつかないものがメガエネルギーと思われる。摂取した体がそれに耐えられずみんな事切れたのだろう。
「ここを抜ければ外へ出られる。ただ、警備はこれまでの比じゃないくらいに厳重だ」
「ちょっと待て。いくらなんでもここを抜けるのは無理だ」
いっちゃんもうんうんと頷く。まさかここまで職員が大勢詰めているとは思わなかった。
アイは天井を指した。
「あそこにこの講堂のブレーカーがある。あれを落としてしまえばこの一帯は真っ暗闇だ。その隙をつく」
それならなんとかなるかもしれない。というよりそれしかない。
「今はそれしかないよね」
いっちゃんは納得したようだ。私も異論はない。
「なら話がはやい。俺がブレーカーを落とすから合図で講堂を駆け抜けてくれ。非常電源がすぐに点くだろうから失敗は許されないぞ」
「よし、分かった」
私達に続いてアイも脱出するという。
「いいか。3、2、1の合図でいくぞ」
私は講堂の戸に指をかけた。
「3……2……1!」
意を決して私といっちゃんは講堂の中へ。中の者の視線がこちらに集まる……集まる?
「あれっ、落ちてない……」
大前提であるブレーカーが落ちていない。
「アイ! 何やってる!」
振り向いて怒鳴る。
「あっはっは! お前ら本当に馬鹿だな。同じ手にひっかかってんじゃねぇよ」
アイが大笑いしながら入ってきた。まさか……
「くく。アフレコもなかなか楽しいものだ。ここに来るのは分かっていたがちょっと遊ばせてもらった」
その後ろから所長が現れた。アイも操られていたか。これは私達がうかつだった。
所長の憑依が解け、くたりと気絶するアイ。
「訓練生のなかでずば抜けてゴミだったこいつが意外に役に立ったな。だが、もう用済みだ。どうせ素質はない。ここで死んでもらおう」
横たわるアイに銃口をつきつける所長。
「やめて!」
いっちゃんがその間に割って入る。
「それなら今からメガエネルギーを摂取してもらおう。なに、キミ達二人には当初から目をかけていた。すぐに能力が開花するはずだ」
いつの間にか銃を構えた職員に囲まれている。しかもアイは人質になっている。
「分かった。さっさと飲ませろ」
いっちゃんを巻き込む形になってしまうが、命には代えられない。
「聞き分けがいい。これまでの連中は一人としてそのエネルギーに耐えきれなかった。期待しているぞ」
一発喰らわせてやりたいのをなんとか堪えた。
所長に促され、職員がペットボトルに入った例の液体を持ってきた。
「さあ、飲むんだ」
友のためだ。私といっちゃんは覚悟を決め、それを一気に飲み干した。
所長の声がやけに遠く聞こえる。
「さあ。新たな異能者が産声をあげるぞ!」




