安寧
私達が収用所に戻ってから二日が経った。今までそうだったように訓練に勤しむ日々がやっと帰ってきた。
捕まることなく帰ってきた私達はその帰還の遅さから行方不明あるいは崖から落ちるなどして死亡したと思われていたらしい。舐められたものだ。幽霊を見るような目で見るなんて。
あれからいっちゃんは相変わらずだし、アイとも時々顔を会わせるが元気そうだ。どんな形であれ日常が戻ってきたといえる。
しかし結果オーライにしても不可解なことがある。
その後も訓練で森の中を走らされたりしたのだが、あれだけ転がっていた遺体が無くなっているのだ。ハートフルな奴に心当たりはないし、誰かが埋葬したとも考えにくい。花くらい備えてやろうと思っていたのに。
そもそも死線越えの訓練とはあくまでも敵からのサバイバル技術を確かめるものであって、私達が経験したデスマッチは行われないらしい。もう訳がわからん。
他の連中に聞いても早く捕まったから分からないなどと要領を得なかった。講堂に現れたスーツ達はあくまでも捕獲を行っていただけだったのだ。
森や入江で、銃を持ったスーツに襲われたという話も皆には極限状態での幻覚だと信じてもらえなかった。ひょっとして今回の死線越えは何か違う目的で行われたのではというのは私の考えすぎなのか。
教官やさらにその上の所長なら何か知っているのかもしれないが、とても聞く気は起きない。
また、エリオットとフクイの目的も気になる。彼らが探していたのは間違いなく私だ。あの時は警戒してとぼけたが、申し出てついて行ったほうがよかったのか? そうしていれば私の両親の話をもっと聞けたのかもしれない。私の本名だというハカナも正直なところニックネームとしての印象の方が強い。
考えれば考えるほど分からないしキリがない。そんなときは考えないに限る。与えられた平穏を享受するだけ。誰かが異常と言ったとしてもこれが私達にとっての普通。
昼食をかきこむ作業に戻るとすぐにいっちゃんが横に現れた。
「ハカナちゃん! 次はI組とのエキシビションマッチだってよ」
「おっ!」
アイのいる組だな。死線越えでは振るわなかったがここは私の実力を存分に見せつけてやろう。
今の私はH組のAkana。ハカナはあだ名だ。
ただ残念なことに、やっと取り戻した平穏はそれはそれは儚いものだったのだ。そしてそれをその時の私達は知る由もなかった。
過去最大の危機が徐々に徐々にと収容所全体を飲み込もうとしていたのだ。




