一閃
「いいところで会ったな」
奴は私たちに話しかけてくる。声から察するに若い男のようだ。
まずい。最悪の展開だ。負傷した仲間を置いていくわけにはいかないし、かといって目の前の敵を倒せる保証もない。
ここは様子を伺う。それが得策だろう。
「目的は何だ?」
「もちろん、訓練のお手伝いさ」
奴はおどけた調子で答える。
「あんたらは一体何者だ? こんなことをしているということは表世界の人間ではないな?」
「ほお、勘がいいな。大正解」
やはり普通の人間ではないようだ。嫌な読みが当たってしまった。
そして奴は続ける。
「しかしあれだ、ここの収容所の連中はみんな大したことないな」
「ふざけるな!」
考えるより早く体が動いた。長く過ごすうちに私も収容所に愛着が湧いてきたようだ。
渾身の右ストレート。
堅く握った拳が奴の顔面にめり込む……ことはなかった。
「おっと、元気がいいな」
難なく片手で受け止められた。やはり実力に差がありすぎる。そのまま手を封じられてしまった。
「ハッ!」
続いて繰り出したた突きも弾かれる。恐ろしく戦闘慣れしているようだ。
息つく間もなく、羽交い締めにされた。
教官からあれほど注意しろと言われていたのに熱くなりすぎてしまった。未熟さを思い知らされる。
「離せ!」
「黙れよ」
後頭部にきつい一発をもらう。感触から察するに頭突き。マスクの突起のせいか威力がある。
「俺に勝てるとでも思ったか?」
二発、三発と喰らううちに目の前が霞んできた。このままでは後ろの彼共々捕まってジエンドだ。それは避けなければ。
私はいっちゃんを待たせている。ここでやられるわけにはいかない。しかし、体が動かない。
「とりあえず二人確保っと。じゃあ戻るぞ」
奴はグロッキーになった私と彼を担ぎ上げ、歩き出した。いくら鍛えていても、こうなっては意味がない。
「あーあ、さっさと全員捕まえて帰りてぇよ。お前ら運がいいぞ。俺は生け捕り派だけど中には腕だけ持ち帰るヤツとかいるからな」
「そんなことが罷り通る筈がない!」
私が奴に言い返したその時だった。ガサガサと音をたてて茂みから誰かが走り去った。遠すぎるのと暗いのとでシルエットがうっすら見えるのみだ。
「誰だっ!」
奴は私達を担ぎ上げたまま後を追わんとしたが、急に足を止めた。何故か頭を抱えて悶絶し始める。何が起きているのだろう。
「ぐっ、がぁぁ……なんだこれは……」
「おっと」
私達は地面に落とされた。とにもかくにもやっと解放された。よく分からないがこれはチャンス。奴は転がり回って苦しんでいる。さっき走り去った影と関係があるのだろうか。
そんなことはどうでもいい。
「今だ、逃げるぞ」
私達は這う這うの体でいっちゃんの待つ入り江を目指した。もちろん、逃げる前に奴には石を投げつけるのを忘れる私ではない。




