前夜
「ハカナちゃんさぁ」
いっちゃんが話しかけてくる。夕食を終え、次の薬品についての講義への移動中のこと。
「なに?」
「この収用所って何のための場所なのかな?」
いっちゃんは私や他の子どもたちとは違う。あらためてそう感じた。本来なら考える必要のないことのはず。
まぁ、そんなの決まっている。
「兵を育成するためだろ」
「私もそう思ったよ。でもなにかおかしくない? ここの所長は出来不出来関係なく子どもを処分しちゃうんだよ? なんかさ、みんなを鍛えようってよりは飛び出た子を探そうっていう感じ」
言っていることはよく分からないし、なにより教官が近くにいないかひやひやものだ。 いっちゃんはもう少し慎重でもいいと思う。
「いっちゃん。あんまり妙なことを考えすぎると所長にひどい目に遭わされるぞ」
友達が目をつけられることになるのはあまりに忍びない。釘をさしてやるのも私の務めだろう。
とりあえず訓練をこなすのが今の私たちがするべきことだし、他にすることもない。
私はそう思うのだが、いっちゃんはそうではないらしい。彼女はこの収用所自体に疑問を抱いているようだ。
薬品の講義を恙無く片付け(いっちゃんはポカをやった)次の訓練に向かおうとしたその時。収用所内に放送が入った。
感情のこもっていない声だ。
「所長だ。明日、死線越えを行う。全員強制参加だ。詳しくは当日追って連絡する」
死線越え。かつて、同じ組の大人に聞いたことがある。
この収用所で訓練を受けているのはほとんど子どもだが、成人した者がいないわけではないのだ。
話によると、この収用所で不定期に行われる最も厳しい訓練のようだ。ありえない敵と戦うという。
その人はその当時爆発物実習のミスで意識を失い救護室行きとなり、参加を免れたそうだ。
そして、訓練を終えたあと、全組の人数が半分以下になったらしい。何が起きたというのだろう。
いっちゃんが私を見つめる。真剣な目つきだ。
「ハカナちゃん。わたし、この訓練に収用所の秘密が隠されてる気がする」
「そうかもな」
「絶対に生き延びてここの秘密を掴むよ! ずっとモルモット扱いなんて嫌だもん」
張り切るいっちゃんに対し、私は不吉なものを感じた。
死線越え。この訓練が私たちの運命を大きく狂わせることになる。




