監獄
新章です。
「ねーねー?」
またか。私は頭を抱えた。1日の訓練がやっと終わったというのにどこにそんな元気があるのだろう。
「ねーねーってば」
鬱陶しい……。私は声の主を睨み付ける。
「そんな怖い顔しないでよハカナちゃん」
無視。ちなみにハカナというのは私のコードネーム。正確にはH-20-Akanaという。最初のHと後ろの単語をくっつけたわけだ。
この収用所の子どもたちは全員このような識別コードで呼ばれる。ハカナというのも勝手につけられたコードの一部なので私はあまりその呼ばれ方は好きではない。
「ハカナちゃんてばー」
今私に執拗に絡んでくるこいつはD-14-Evil。邪悪な字面だが、明らかに名前負けしている。
「ハカナちゃんハカナちゃんハカナちゃんハカナちゃん」
今朝からずっとこれだ。組み手で相手をしたら即座に友達認定。ナンセンスかつクレイジーだ。
「なんだ!」
大声を出したくはないが仕方ない。着替えて行水を済ませ、明日の訓練に備えて早く寝るためにもこいつを突破しなければ。
私に相手をする意思が芽生えたことを察して奴は質問をかましてきた。
「ハカナちゃんってどっから来たの?」
答えはひとつ。
「知らん」
私は小さい頃の記憶がない。うっすらと覚えているのは燃える家と抱きかかえられてそこから逃げたこと。両親の顔も写真でしか見たことがなくまともに覚えていない。
私を助けた救世主はこの収用所の関係者だということで、私はここに預けられた。以来毎日軍隊のような訓練の日々を送っているというわけだ。
「いいか? ここにいるのは何らかの事情で親がいない奴らだ。そんなことを聞いて回ってたら所長に目をつけられるぞ」
「だって気になるんだもん」
この収用所という小国家の絶対的首領。それが所長だ。
ごくまれに彼に目をつけられる子どもがいるが、例外なく姿を消している。それが示すのは死だ。
それにしてもこんな甘ちゃんがよくもまぁここで生きていけるものだ。組み手も弱いし、暗号解読も英仏独中の言語もからっきし。淘汰されるのも時間の問題だろう。
「じゃあさ、今度はわたしの話をするね」
語りたいようだ。私はあきらめて適当に相づちをうって流すことにした。消灯までの辛抱だ。行水は夜中こっそりすればいい。
しかし、全く思わないわけではない。
この監獄の外にはいったいどんな世界があるのだろう……と。




