第五話
これで第一章(ほぼ導入編)の終わりになります。
朝チュン警報(直接的な描写はありません)
「まれびと……ですか? そう言えば、民俗学の授業でそのような言葉を耳にした事が……」
「あなたの世界にも、同じような概念があるのですね。運命に定められた、異世界からの来訪者で、異世界の神として扱う場合もあるんですよ」
アルミラさんは、オレにも理解できるように、かみ砕いて教えてくれたが、それはオレの知る概念とほぼ同一であった。
「そういえば、呪術と言っていましたが、占いのような事もするのですか?」
「そうですね。吉兆を占う事はありますが、それをなりわいにしているわけではありません。稀人が近々来訪する事は、知らされていました」
なんにせよ、オレにとってはものすごく都合がいい展開だという事だろう。
「オレは炎の元素を選択しているので、炎の精霊の加護をまず得たいのですが」
「そうでしたか……ならば、縁があるようなので、それほどむずかしい事でもないと思います」
アルミラさんはオレの言葉を聞いて、少し興奮しているようだった。
「縁ですか……。オレの国……日本にある概念と、ものすごく近いですね」
「複数の精霊の加護を得る事ができるとは言いましたが、縁がない場合……また、その精霊を奉じる部族がいないと、かなり困難になるのです」
「では、条件がちょうどそろっているわけですね。とてもありがたい事です。あなたの神に感謝をささげます」
アルミラさんと出会わせてくれた存在に、オレは心から感謝の念をささげた。
「おお……見ましたか? 炎がうれしげに踊るのを……」
たしかに、オレが感謝の念をささげた瞬間に、たき火の炎が跳ね踊る様子がうかがえた。
「この様子だと、意外と簡単に加護を得られそうですね……では、炎の前に座り、自らの怒りや雑念などを、炎で浄化するように、イメージしてください」
「わかりました……やってみます」
って、それって仏教で言うところの、護摩みたいな概念だよな。どこまで日本に似ているのやら……。
そういえば、日本も昔は原始的なアニミズム……自然への感謝が主体だったんだから、違和感がないんだろうな。厨二病の時期に、密教にハマったせいで、文化人類学や民俗学のような、あまり就職には有利じゃない学部を選ぶ事になったんだよな。
もっとも、いまは一般教養だけど、時々授業に潜り込んでいたのが、役に立つとは……。
「さぁ、準備ができました……時間がかかるので、楽な姿勢でいいですよ」
「はい……怒りや雑念を炎で浄化するんですね……」
おそらくは、煩悩も浄化しないといけないんだろう……。
(炎の精霊よ……我に闇をはらう炎の加護を与えたまえ……)
オレは心の中で祈りながら、炎の中にさまざまな思いを放り込むイメージを喚起した。
『おまえほど使えないヤツを見た事ないわ……。マジで、そこのがけから飛び降りてくれねーかな……』
アルケインから投げかけられた、心ない言葉……。いまでも見返したい気持ちはあるけれど……。
元はといえば、オレが間抜けな事をしちまったからで……。失敗が即座に死につながるこの世界で、三か月もよく面倒をみてくれたもんだよな……。
逆の立場だったら……メンバーの交換もできない状態で、まるっきり使えない人間を仲間にしろと言われたら……そりゃ、切れるよなぁ……。
過去を悔やんだところで、変えられないけれど……。こんなオレを助けてくれたエセルティ商会の人たち……面倒をみてくれた、石弓使いの軽戦士……彼らのためにも、オレがなすべき事は……。
オレは、怒りや雑念を想像上の炎で燃やしていき、自らの目的について、深く没頭していった。
『ストレインよ……おまえの願いは受け取った……』
「えぇっ?」
何者かに、心の中に語りかけられたと思った次の瞬間、目の前の炎が跳ね上がり、オレの丹田のあたりと、額に熱いエネルギーが注ぎ込まれるのを感じた。
「うぉっ……なんだ……まぶしくて、目が見えない……」
「落ち着いてください……すぐに治まります」
背後で見守ってくれていたアルミラさんが、オレを抱きしめて、なだめてくれた。
「うわっ……背中を熱いものが……もしかして、これは……」
厨二病時代に何度も夢みた、クンダリニーエネルギーのようなものが、オレの背筋を上昇していくのを感じた。
「もう、あなたは受け入れる事ができるはずです……どうか、心を落ち着けて、受け入れてください……」
背中に、豊かな乳房を感じながらも、オレはなんとかアルミラさんの助言に従って、意識を集中させていった。
「くっ……体が燃え上がってしまいそうだ……」
毛穴から炎のエネルギーが漏れ出ているかのような感覚で、ふと気がつくと股間のものも、ふだんより主張してしまっていた。
「わたしは、水の巫女でもあります……。わたしの体で受け止めますので……さぁ!」
オレは、半ば無意識のままアルミラさんの体を掻き抱いた。
「はぁ……はぁっ……。んっ……オレは……いったい……」
荒い息を整えると、アルミラさんの、汗が裸体から流れ落ちる様と、生々しい純潔の証が目に入った。
「落ち着きましたか……ストレイン殿……」
アルミラさんは、目尻から涙を流しながらも、笑みを浮かべてくれた。
「オレは……なんて事を……アルミラさんに……」
オレは頭から血の気が引いていくのを感じた。
「いいのです……こうなる事は、わかっていましたから……」
「運命……稀人にその身をささげる……そういった事なんですか……」
日本でも、そのような風習があったという事を思い出した。
「ええ……。ですが……それだけではありません。あなたの思いを受け止めたかったのです……」
その言葉に、オレは深い感銘を受けていた。
元の世界でも……この世界でも、あまり人に受け入れられる事がなかったオレが、このような気持ちを抱くのは初めてであった。
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
オレは涙を流しながら、アルミラさんの裸体を抱きしめた。
「もう、あなたは炎の魔法を使う事ができるはずです……守りたい人のために……行ってください」
オレたちが身じまいを整え終えたころ、アルミラさんがそう言ってオレの背を押してくれた。
「わかりました……けど、それが終わったら……戻ってきても、いいですよね?」
「わたしは、いつでもあなたを……お待ちしております」
アルミラさんは笑みを浮かべて、オレにハグをしながら、そう言ってくれた。
「街道まで、案内します……さぁ……」
「わかりました!」
オレは、ゴブリンと戦う意志を新たにして、アルミラさんの家から旅だっていった。
「くっ……早く、南の防備を固めろ! 女衆は撃ちこまれた火矢に水をかけろ!」
オレは途中でアルミラさんのお兄さんと出会い、裏道を通って村の内部まで案内してもらっていた。
「ゴブリンは、どれぐらいいるんですか?」
オレは、宿屋の店主を見つけて声をかけた。
「あんた……あんたが知らせてくれたおかげで、なんとか防げたんだぜ! 本当にありがたいが、なぜ戻って来たんだい?」
「そんなの言うまでもないでしょう。オレは冒険者ですから……」
ゴブリンが数匹突進をして来るのが見えたので、オレはそう言い捨てて、櫓の上に駆け上った。
「炎の精霊よ……我に力を与えたまえ……ファイヤーアロー!」
オレは炎の元素魔術を発動させると、三本の炎の矢を召喚し、突進してくるゴブリンに放った。
「ブケィルゥッシュ!」
火力に特化したオレの炎の矢をくらったゴブリンは、もがき苦しみながら、絶命していった。
「すげえぜ、あんた! 右の方に、ゴブリンアーチャーがいるんだ。そっちも頼むぜ!」
「右……あれですね。一匹づつ片付けるのは面倒そうだ……。ファイヤーボール!」
オレは炎の球を顕現させて、ゴブリンアーチャーが数匹固まっている場所に放った。
「フォルゲッチァ!」
ゴブリンアーチャーの中心でさく裂させたので、ほぼすべてを焼き尽くす事に成功していた。
「次はどこですか!」
魔力はまだ四分の一も減っておらず、高い魔力回復力のおかげで、満タンになるのも時間の問題だった。
「おまえ……本当に……あの、ストレインなのか……。仲間が危ないんだ! 西側も頼む!」
救援を求めに来たらしいアルケインが、オレの魔法に驚きながらも、助けを求めた。
「わかりました。西ですね!」
しこりがないわけではないが、もはやそんなものは、オレを左右する事などなかった。
二十分ほどの戦闘で、オレはほぼすべてのゴブリンの掃討を完了させる事ができた。
「いやー……一時はどうなるかと思ったが、あんたに助けられるとは、夢にも思わなかったさ!」
宿屋の主人は興奮に顔を赤くしながら、オレの背中をたたいた。
「オレを逃がしてくれた、エセルティ商会の人たちに恩返しをしたかったんです……」
「そうだったのか……なかなか義理堅いヤツだったんだな……」
宿屋の主人は涙と鼻水を流しながら、何度もうなずいていた。
「ストレイン……おかげで、仲間は全員無事だ……礼を言わせて欲しい……」
アルケイン氏は深々とオレに頭を下げてくれた。その事で、オレは過去のすべてを忘れ去る事を心に決めた。
「いいんですよ……これからも、この村を守ってあげてください」
オレはそう言って立ち上がり、アルミラさんのお兄さんの姿を探した。
「おい……。あんた、どこに行くつもりだ……ここにいてくれるんじゃあないのか?」
宿屋の主人はあわててオレに追いすがった。
だが、ここでのオレの使命はもう終わっている以上、残るつもりはなかった。
「オレには……帰るところができたんです……。いずれ、また会う事もあるでしょう……」
オレは、アルミラさんのお兄さんに、帰る事を伝えると深くうなずき、感謝の声を背に受けながら村を出て行った。
この世界は、オレの約束の地だったのかもしれない――。
そんな予感を胸にしながら、オレは本当の意味で未知の冒険の旅に、その第一歩を踏み出した。
これ以降を書くかは、需要(お気に入り登録数)を見て決定します。
需要がなければ、実験作として、ここで終了です。