第二十六話
ここからが本当のスタートですね。
「おっほう! こいつは快感ですな! なんだか、癖になりそうなぐらいですぜ!」
サモンさんは船が水流で持ち上げられるたびに、ジェットコースターに初めて乗ったかのような反応をしていた。
「くふっ……楽しいのぉストレイン! もっと速度はだせぬのか?」
姫は水しぶきを身にまとい、満面の笑みを浮かべて、オレの腕にしがみついて来た。
「ムチャ言わないでくださいよ。川の中の岩とか、枝とかがあるから危険ですよ」
逆に言えば整備さえできれば、今後水運業が発達するかもだけど、水量が多すぎるのも考え物か。
オレと姫とサモンさんは、四人乗りのボートで、任務の目的地に向かっているんだよね。まぁ普通に小舟で行っても半日もかからない場所だし、そんなにあわてる必要もないんだけど、下りの流れなのに、水流操作の水上バイクを体験したいとか、二人が言い出したんだよね。
姫が手紙で父王に頼んでいた事もあり、オルテナから代官が来たので、これでもうあの城に戻る事は当面なさそうだな。
姫が少し無理をしてでもはしゃいでいるのは、十五の時から暮らし続けて来た城を退去した事で、オレたちに心配をかけまいとしているんだろうな。
「へぇ……ここですかい。たしかに、なにやら黒い影がちらりちらりと見えていますな」
「うぅむ。下までおりて来ないと、わたしの槍では届かぬのではないか?」
三時間ぐらいで、アインツヴァルの南岸で、あまり開発が進んでいない草原にある小高い丘が見える場所にたどり着いた。
土の部族はこのあたりに住んでいるのかな。
「うぅむ……なんだかイヤな予感がするなぁ……」
オレは、ルジェナさんから任務の説明を受けた時の事を思い出して、おぞけを振るった。
☆
「土の部族の要求とはな、彼らにとって欠かす事のできない物を作るための、特殊な薬草がある小高い丘に、ハーピーが住み着いてしまったから排除して欲しいとの事だ」
「へぇ……。土の部族は戦うのが下手なんですかい? それぐらい、じぶんたちでやればいいと思いますぜ?」
サモンさんの疑問ももっともだった。
「土の部族はある理由があって、野外での対空戦闘にはあまりむいておらんのだ。引き受ける事に異存はないと思うが?」
「ちょちょちょ……ちょっと待ってください。ハーピーってまさか、女性の顔で羽が生えていて、足が鶏の足みたいな……アレの事なんですか?」
オレは子どものころに見た、ある吸血鬼を退治する映画を見て、壮絶なトラウマを生じさせてしまい、脂汗を流してしまっていた。
「うむ。その通りだが……大丈夫か? ストレイン」
ルジェナさんはきょとんとした表情でオレを心配してくれていた。以前なら、脅すネタができたと笑みを浮かべていたと思うな。
「えぇと……。吸血したり……するんですか? ここのハーピーは」
「いや? しないぞ。ただし、強力な個体が発生したせいで、以前よりも数倍はてごわく、魔法を使って来たとの情報があるな」
うわぁ……。できうる事なら断りたいけど、そういうわけには、いかないよなぁ。もう仕事してもらっちゃったもん。
☆
「まぁ、やっかいな相手には違いないかもしれやせんが、ストレイン殿を護衛しながら、一体づつ始末しちまいやしょう」
うわ、サモンさんにこんなにも頼りがいを感じるなんて。
「そうじゃな。貴重な薬草を燃やしたりしない限りは、ルジェナから文句もでないのであろう?」
「そう……ですね。がんばりマショウ……」
「ファイヤーアロー! うぉっ……動きが速すぎて……。追い切れない……」
堅実に五本の火の矢を放ち、飛び回るハーピーの一体を追尾させていたんだけど、もうすぐ時間切れに……」
「ストレイン! 危ないぞ!」
「ひぇぇっ! やっ、やだぁ~」
オレは半泣きになりながら、側面から体当たりして来るハーピーをよけようとしたんだけど。
「ぬわぁっ……。こっ、こらぁっ! 落ち着けぇっ!」
「ひっ……。ごっごめぇん!」
「スっ……ストレイン殿ぉ?」
オレは背後にたっていた姫を押し倒してしまい、抱き合った状態で緩い斜面を転がり落ちてしまった。
「むぅ……作戦の立て直しが必要ですなぁ……」
「うぅむ……ひどい目にあったぞ……。髪の中に、小さな虫の死骸がいっぱいはさまって……。ストレインではないが、わたしも帰りたくなったのぅ……」
「ごめんなさい……産まれて来てごめんなさい……」
オレたちは最初の攻略を、これ以上のない失態をみせて撤退してしまい、作戦を練り直していた。
「まぁ、なんにせよ、あっしの石弓でどうこうできる相手でもありやせんし、ストレイン殿を姫と二人でガッチリ守って、魔法でなんとかしてもらうしかありやせんな」
「密集陣形を作るのじゃな? ならばエディウスが置き忘れていた馬上盾でも持って来るのであったな」
「はぁ……んくっ……ふぅ。それなら……たぶんなんとか……」
オレは不安症候群を発症させてしまい、水差しに生じさせた水を飲んで、気を落ち着けようとしていた。
「おっ……少しは効果がありやすね。炎の剣もやつらには相性がいいようですし」
羽を持つ存在相手の戦いに、初手でそれを思いつけなかったとは、どんだけビビっていたんだって話だよね。ごめんなさい。
「そのようじゃな……遠巻きにして、様子を見る事しかできないようじゃな。魔法を使う個体とやらは、まだ出て来てないしの」
というか、ボスにたどり着くまでの、ザコを相手に大苦戦的な感じなんですけど。
「おやぁ……あれは……なんですかい?」
「ふむぅ……なにやら、重たげな物を両足でつかんでいるようじゃが……」
少しずつ前進を続けていたんだけど、一体のハーピーが、一抱えもある物を抱えて、こっちに接近していた。
「まさか、ハーピーが爆弾を持って来るはずもありやせんし……」
「だが、なんの意味もないような事をするのかのぉ……」
「うわぁ……イヤな予感がハンパないんですけど……」
「うぉっ……投下コースに乗りましたぜ?」
「ってあれは……まさかぁっ!」
ハーピーが投下した物は、落下する途中でぼろぼろと壊れていき、なんとも言えないにおいがあたりを包み始めた。
「マイガッ!」
「うげぇぇっ!」
「ケホッ……ケホッ……気管に入った……」
ハーピーが投下したのは、一抱えもあるような野生のバッファローのふんで、オレたちは涙と鼻汁を流しながら、後ろも見ずに撤退していた。
「自慢の髪ににおいがしみついて……取れないではないかぁ……」
「さすがに、あっしも帰りたくなりやしたぜ……」
「ハーピーがくるよ……。ハーピーがくりゅぅっ……ひぃぃっ!」
オレは恐怖のあまり精神崩壊を起こしそうになっていた。
「うぅむ……国一番と言っていい魔術師と、戦女神でも相手にならないとは、強敵にも程がありやすぜ」
サモンさん。いまそんな事言われてもみじめになるだけですから、やめてくださいよマジに。
「うぉぉ……。これでは嫁にいけんではないか……」
「姫、大丈夫ですぜ。オレたちみんな同じにおいですからな……」
「むぅ……。こうなれば、作戦の根本的な見直しが必要じゃな……ぬぁっ、髪と髪がアレでくっついて……。神をのろってしまいそうになるが、それでは戦神の加護を失うしのぉ……」
「あの……ごめんなさい。水流を生み出す術で、少しだけでもにおいを取らないと、士気が上がりませんよね」
その後、四十分ほどかけて水浴びをして、なんとか我慢できる程度までは洗い流す事ができた。
「ぬぅ……。見ないと水流を操れないとはいえ、嫁入り前の柔肌を、見せてしまうとはな……」
ごめんなさい。水に濡れて体に張り付いた姫の下着なんて、ぜんぜん見るような精神的余裕がなかったですから。裸よりアレだったとか、全然思っていませんからっ。
サモンさんは、ざんぶと川に入って洗っていたけど、ワイルドだなぁ。
極小にしぼったファイヤーボールで暖を取るとともに、服や下着を乾かしたけど、士気はあまり上がってないなぁ。
「ふむ……。薬草はいずれまた生えて来る可能性もあるし、範囲を拡大したファイヤーボールでハーピーを焼き払うしかないのではないか?」
「そうですなぁ……。さすがに、手段を選んでいられるような感じじゃないですぜ」
「うぅむ……だけど、ファイヤーボールの誘導性能は、ファイヤーアローには大きく劣るんだよね」
自分の意志で軌道を曲げる事はできるけど、ラジコン飛行機を操縦するようなもので、曲線を描かせたりする時は、脳内で三次元の座標を把握しないといけないんだよね。
じいちゃんに買ってもらった飛行機を最初の飛行で、空中分解させたオレの腕では……。
「うぉっ……勝ち誇っているんでしょうな」
丘の方からは、甲高いハーピーの鳴き声がこだましていた。
「うおぉ……」
今すぐ、ありったけの魔力の十六倍のファイヤーボールで、あの丘ごと消し去りたい欲求にオレは身を震わせていた。
「なにせ、相手は飛び回っていやすからねぇ」
「もし、地面の方に逃げられたら、サモンさんや姫をこんがりと、焼いてしまうから、怖くてちょっと」
「うぉぉお……。もう、十分に暖は取れていやすぜ?」
「以前、ストレインが手槍でも大量に買ってみては? とか言っていたが……予算がなくてのぉ」
ほら。シミュレーションRPGの騎士とかはメイン武装の槍とは別に手槍とかで遠隔攻撃するじゃないですか。
「なら妥協案ですね。もう追尾させる事はあきらめて、オレの前方にハーピーが来たら、二十発ぐらい火の矢を無誘導で放ちますよ。なら、ふたりに被害を出す心配はないですよね」
「それができれば世話はないのじゃがなぁ……。恐怖は克服できたのかの? ストレイン」
「さすがに、少しは慣れてきましたから。早く終わらせて、ハーピーのいない世界に……いっくりゅりゅんりゅん……」
「こりゃぁ、ダメっぽいですな」
「落ち着け……落ち着くのじゃ、ストレインっ! こっちに帰って来るのじゃぁ!」
オレは姫に激しくゆさぶられて、どうにか精神の安定を取り戻した。
これまでにない方向性で、
このシリーズを公開すべきか少し迷いましたw