第二十三話
なにかと不評なルジェネさん編、ようやく終わります(汗
「ふわぁ……よく寝た……」
あれから帰って、もう一度寝たんだけど、お昼をかなり回った、妙な時間に目覚めてしまった。
「腹が減ったな。そういえば、荷物の中にまだあったかな」
オレは、部屋に置いていた大袋の中を探り始めた。
「目が覚めていたのか。ちょうど良かった」
背後から、ルジェナ殿に声をかけられた。
「はぁ……。どうかしましたか?」
「飯を食っておらんのだろう。用意したから、ついてこい」
「は、はぁ……。ありがとうございます……」
って、族長の家に入っていくんですけど、いいんですか?
「ごちそうさまでした。これ以上食べると夜食べられなくなりそうです」
オレは客間らしい部屋で、焼き鳥のような料理と、雑穀のごはんで腹を満たし、満足して手を合わせた。
「今日で二日目か……。昨日の事もあるし、縁は得られると思っていたのだがな……」
ルジェナ殿も、少し不審そうな表情を浮かべていた。
「川で戦闘をしたからとか……。って事はないですか?」
「水の精霊は、そんなに狭量ではないよ。わたし自身も初めての事ゆえ、方法を知らんのだ」
「水の精霊の気持ちひとつってところですか。水ごりでもしましょうかね?」
「いや、関係あるまい。結局はわたしの問題であるような気もしているしな」
おお、最初の出会いから考えると、ゆったりとした空気の中で、こんな会話をするだなんて思いもしなかった。
「おぬしにたいする誤解や思い込みも解けたのだが……。わたしにも、そなたを容易に受け入れられない理由があってな――」
ルジェナ殿はどこか寂しげな笑みを浮かべた。ずっと考え続けて来たんだけど、もしかして。
「間違っていたらごめんなさい……。もしかして、エルネスト兄さんの事じゃないですか?」
「なっ! 誰がいったいそのような事をっ!」
うわぁ……恋する乙女しちゃってますよ。鬼も十八番茶も出花ってやつですか?
「誰かに聞いたわけじゃないですけど、これをチラっと見ただけで、エルネスト兄さんの物だって断定したじゃないですか」
「それだけの情報で……だと?」
うわぁ、いつかの姫様の言葉じゃないけど、ちょっと乱したら、素の姿を見せてくれましたよ。いやぁこれは楽しい。
「まぁ、わかりますよ。おとこ気があって不言実行で、情に厚くて頼りがいがあって……。男がほれる男って感じですもんね」
「くぅっ……」
確信を得てたわけじゃないんだけど、ナイスな反応ありがとう。
「恐らくは、初恋の人……。自分もいずれはあの方の……。とか、思っていたのに、有能すぎるのが災いして、部族から離れられず、先代からの約束でもあったのか、お姉さんと婚約してしまって、なおかつその婚礼の……」
「もういい……その通りだっ――」
声は震えているけど、泣いてはいないか。って、マジにその通りだったんですか?
「誰にも弱いところを見せられなかったから……そこまで追い詰められてしまっていたんですね……」
「わたしは……族長の娘として……村のために……」
ルジェナさんは唇をかんで、涙をこらえているようだけど、もし原因がルジェナさんにあるんなら、解決しないとって気がするんだよね。
「あなたの心の求めるままにすればいいんですよ。みんな、あなたが幸せになるのを願っていたんじゃないんですか? ほんの少しの勇気があれば……」
残酷かもしれないけど、心の鎧をはぎとるには、こうするしかないと思うんだよね。
「くっ……ふっ……うぅっ……エルネスト……さまぁっ」
ついに、目尻から水晶のような輝きを放つ、大粒の涙がこぼれて落ちた。
「い、いまのは、もしや……。縁が」
うん。オレにもあの涙が放った光が、ルジェナさんを慰めているように見えたんだよね。
「だとしたら……。水の精霊も、皮肉な事をなされる」
ん? どゆ事? そこのあたりがよく分からないんだけども。
「えーと……どういう事なのか、オレに教えてもらえませんかね」
そう問いかけると、目尻の涙をふきながら、うなずいてくれた。
「水の民に生を受けた女性は、産まれながらにして水の精霊の加護をもっているのです……」
うわぁ、しおらしくなっちゃって、不覚にもかわいいとおもってしまったよ。
アルミラさんが水の巫女の力も持つと言っていたのは、そういう意味かぁ。
「ですが、男性は加護が得られず……。成人の儀式として、水の民の女性と交わる事により……」
って待って待って? それってあの……性的な意味でってやつ?
「以前は、夫を亡くした女性などが、その任についてくださっていたのですが、現在は該当する者がいないので……」
あぁ……アルミラさんと会話してたのは、その事か。その事情があるから、現在は水の精霊の加護を受けられるのは無理だから、受けられないって。
って、まだなにか言ってたよね。ルジェナさんにとっても悪い話じゃないって。あれ話題がルジェナさんに変わってる。って、ああ……そっかぁ。
『はぁ……なぜわたしが、このような人間と……』
って、言ってたのは、オレとルジェナさんが交わらないといけないって意味?
「現在、水の加護を与えられる者としては、わたししかいないのですが、なにぶん未通の上に、エルネスト殿への思いがあったので」
その上、オレとの印象が最悪だったわけね。あとなんかひとつあったような気がするけど、それを追求してもいい結論にはなりそうにないからやめておこう。
「すみません。そうとは知らず、オレは水の元素魔術も使えたらいいなーってぐらいしか考えてませんでした。辞退しますんで!」
オレはあわてて土下座して謝った。
「というと……あれですか。わたしでは不満があるとでも?」
あれ、妙なところで負けず嫌いだしちゃだめよ、あなたー。
「いえいえ……とんでもない。そのお美しさと、責任感の裏で押し殺していた乙女心に感じ入りましたが、なおさら自分ごときでは」
「昨日のうちから……あなたになら、構わないと思っていたのに」
あれ? そんなフラグ、一ミリも感じなかったですよ? ルジェナさん。ツンデレというか、ツンしおらしい。ツンシオ? 豚骨と塩味のラーメンっぽいな。
「その気になれば、エルネスト殿の父上のように、複数の妻をめとる事もできるのですから、それをしないという事は、あくまで初恋のなごり……女にここまでの恥をかかせておいて……」
あーもうめんどくさいなぁ……けど、かわいいと思ったら負けだよね。
「んむっ……ふっ……まっ……待つのです!」
口で言ってもダメっぽいので、オレは実力行為に出たんだけど、ここで待てと言って待つ男は草食動物どころか、無生物ですよ。
「わかった……。意志はわかりましたから……ここではだめなんですってばぁっ!」
おお、泣き顔かわいい。ってオレ、ドSっぽい? まぁ、Mだったら踏まれた時に、ご褒美だっただろうし。
「はぁ……そういう事ならば……」
すでに臨戦態勢だったけど、オレは矛を収める事にした。
「あれ? わざわざ禁足地に? 岩の上とかマニアックすぎませんか?」
「あまり軽口をたたくな……」
おお、テレてるテレてる。
「ここは……テレビで見た事がある。マヤとかにあるようなやつだ。これなら、水の精霊の聖域っていうのが、納得できる」
禁足地を少し歩くと、巨大な穴が空いている場所があり、のぞき込むと、差し込んだ陽光で地下の湖水が蒼く輝いていた。
「は、早くしたらどうだ……」
って、なんでこんなところで服を? まぁ、女性だけに恥をかかせるわけにもいかないし。
「脱いだけど……。そっちむいちゃだめ?」
「鼻をつまめ――」
「鼻? つまみましたけど? ふがぁっ!」
オレは背後からルジェナさんに突き落とされてしまい、深い湖水の中に飛び込んでしまった。
「ぶわぁっ! なにするんですか!」
あわてて水面に戻ると、少し遅れてルジェナさんが飛び込んでいた。
「一分ぐらいは息を止めていられるな?」
なぜか器用な事に、水面に顔だけ出して問いかけてきた。
「ええ……そりゃまぁ……」
「では、息を深く吸い込んで、わたしのあとに続け!」
そう言って、ルジェナさんは一足早く水面下に沈んでいった。
「んじゃぁ……んっ」
オレは胸一杯に空気を吸い込んでから、ルジェナさんのあとを、追いかけていった。。
「きれいだ……。って、みとれてたら息が続かない……」
前方を進んでいる、裸身のルジェナさんの姿に一瞬見とれてしまい、オレはあわててあとを追った。おっと水の抵抗力がわずかに。
「ぶはぁっ……こんなところがあったんですか……」
一分半ちかく潜ったあと、岩のすき間から光が差し込んでくる、地下空間へと上陸した。
「それじゃ……」
「って待てい! 精霊との対話が先に決まっている」
ルジェナさんは顔を真っ赤にして、そっぽをむいた。
「あぁ……そういえば、そうだった……」
オレは清澄なる水を全身とオーラ体(笑)で感じる事をイメージし、先ほどまで主張していた煩悩を、頭頂部からの滝のような流れをイメージして一時洗い流し、深い瞑想状態へと入り、変性意識に誘導して、その時を待ち続けた。
「もっとおなごは大事に扱え――」
あれっ? もしかして、いまの水の精霊?
「いとも簡単に精霊とつながるとはな……」
「ふぅおっ……キタキタ!」
オレは頭頂部に清浄なる水のエネルギーが流れ込んで来るのを感じた。
「はあっ……はぁっ……。ちょっ。大丈夫なんですか?」
「アルミラ殿は、おぬしとの交わりで大幅に能力が高まっていたのだから、わたしも負けては……痛ぅっ――」
「わかりましたよ。アルミラさんも、こうなる事を分かっていたようだし、これからも顔を出しますから……今日のところは」
「そうか? 約束だからな……くふぅ……」
そう言って、ようやくルジェナさんはオレの体の上にその身を任せて、荒い息を整え始めた。
「で、どうやって帰るんです? 階段とかなかったような気がするんですけど」
オレは今ごろになって、その事に気づいて焦り始めた。
「おぬしが水の精霊の加護を得たのなら、水流の調整ぐらいはたやすいはずだが……って、元素魔術師だからわからん」
「わからんって、ちょっとぉ!」
もしかして、必要じゅうぶんな能力を得られなかった人は、ここで淘汰されていたとかないよね?
「冗談だ……ふっ!」
ルジェナさんが壁のでっぱりのひとつを押し込むと、どこからともなく、水が流れ落ちる音が響いてきた。
「水を抜いて……どうするんです?」
「水さえなければ、歩いて帰れる階段がある……それまでの間……しばし甘えてもいいのだろ?」
そう言って、ルジェナさんはオレの肩にしなだれかかった。一度ここをでたら族長の娘としての義務が第一になるんだろうから、オレはそっと抱きしめてあげて、再び唇を重ねた。
「ふわ……よく寝た」
最終日の朝、気恥ずかしいのかオレは詰め所で寝る事を余儀なくされていた。
「起きたか。話があるから、ちょっと来い」
「あ、おはようございます」
うーん。ツン状態でも、裏にしおらしい姿があると分かれば、心おだやかにいられるよね。
「このままではわたしは、村の青年たちの……その……という事になるので、それは避けねばならんのだ」
あぁ、オレのを受け入れたって事は、自動的に……。って、それは認めたくないな。
「というわけでな。通い婚でも、一夫多妻制でもいいから、わたしを妻とせよ。異存はなかろうな?」
「う……。今すぐではないのなら……。いちおう、順番というものは大切にしたいですし」
アルミラさんを差し置いて、ここで結婚までするんじゃ、例え怒らなくても一生頭が上がるもんか。
「まぁ良い。アインツヴァルの姫といい、今後はなんなりと、頼って来るがよい。約束だからな?」
そう言って、ルジェナさんは小刀のさやを払ったんだけど、それはさすがに怖いです。
「ええと、一レベルで水流操作。二レベルで、回復魔法。四レベルで状態異常の回復。六レベルで治療魔法? これって、ほぼプリースト系の上に攻撃魔法がないし、氷系が皆無って事は、まさかの別系統?」
そもそも水系統の元素魔術なんて、眼中になかったからなぁ。けど、これなら生存率は大幅アップするし、水流操作を使えば水流に逆らって船とかも進ませる事ができるかも。
「そんじゃ、水流操作で、ぶわぁーっと行ってみようかぁ!」
オレは水流操作の魔法を唱えて、ルジェナさんに借りた船を水面に踊らせた。
「おーい! おおーい!」
若者が手を振ってくれたので、オレも振り返して水の聖域をあとにした。
冷静に考えて、ルジェネさんが当初求められていた事を算出すると、
ブチ切れても仕方ないかも(笑)
最終的なルジェネさんの、ツンシオはいかがでしたでしょうか?