第二十二話
「そういえば、気になっていたのだが……どうして、アインツヴァルから来たのだ? いま、東門を閉ざしているのに、潜入でもしたのか?」
少しは気安くなって来たのか、ルジェナさんは疑問を口にした。
「それを話すと長くなるのですが、聞きたいですか?」
「そうだな……。おまえの行動原理を把握するには、ちょうどよさそうだ」
ルジェナさんはニヤリと笑って言ったんだけど、それ高度なジョークのつもりですか?
「こういうわけで、在アデナなんちゃら事務所に頼まれて、姫の護衛をする事になったのがはじまりで……」
オレは二十分ぐらいかけて、ダイジェストではあるが、事のあらましを伝えた。
「なるほどな。オルテナが不穏な空気に包まれており、アデナに侵攻するのなら、ここも通り道だと警戒していたのだが、なにやら騒ぎがあって、演習だったと広めようとしていたようだが、それで合点がいった――」
情報機関でも持ってるんですか? やっぱりすごい人だなぁ。
「ほかにも手はあったような気もしないでもないですが、姫様が来るまでの時間は稼げたし、いいのかなと……」
結局は姫様を出奔させてしまったわけで、戦術的な成功でしかないんだよね。
「そうだな……わたしなら、その軍勢の戦闘部隊が通り過ぎたあと、輜重部隊に火を放って、一目散に逃げるがな。それでじゅうぶん目的は果たせるしな。まぁ、あとからなら、なんとでも言えるから、気にしないでくれ」
「それも考えないでもなかったんですが、戦闘部隊は専業兵士ですけど、輜重部隊は動員された兵士かもしれませんし、被害を出すのを恐れたんですよね」
兵士になら、少々痛い思いをさせても、民間人にそれをやるのは、オレの美学に反する! なんつって。
「ほう……柔弱と言えなくもないが、優しいところもあるのだな……」
って、オレの六分の一ぐらいは、優しい成分でできてますよ?
「火力に特化した魔術師とはいえ、別に危険人物ってわけじゃないですよ? あの時はちと失敗しましたけど……」
松ぼっくりの燃えやすさを確認した直後のあれは、いまだに顔が赤くなってしまう。
「それもそうだな……。一面だけを見て、すべてを判断されては、かなわんからのぉ……」
言外に、オレがあなたの事を恐れている事を指しているんでしょうかね?
「ついでと言ってはなんですが、その姫もいつまで領地にいられるかは分かりません。その際は、小舟で脱出する事になると思うのですが、ここに一時的にでもかくまってもらうわけにはいきませんでしょうか?」
ずっと考え続けてはいたものの、そんな事が言い出せる雰囲気ではなかったので、ようやく口にできたんだけど、どうだろ。
「そうだな……。その姫が暗殺されると、再び侵攻される目があるのだから、仕方あるまい」
意外な事に、ルジェナさんは確約してくれた。って、オレも相当にルジェナさんの事をバイアスをかけて見過ぎだよね。反省しないとね。意識高い(笑)。
「話を戻しますか。リザードマンの族長が強くなったという事は、上位種と同等になったという事ですよね。リザードマン・ロードとか、いるんですか?」
「いや……過去に一度だけ、リザードマン・キングとでも言うべき存在が現れた事があり、その時も大増殖をしたと伝えられている」
ルジェナさんは、これから待ち受けているだろう事に、表情を重くしていた。
もう、こうなったら個人のうらみつらみとか、メンツだとか言っている状態じゃないよね。
「なら、頭さえつぶしてしまえば、当分は時間が稼げるんじゃないでしょうかね?」
「ぬぅ……。おぬし……まさか潜入して、リザードマン・キングを狩ると言っているのか?」
ルジェナさんは、信じられないものを見たという表情で、オレに問いかけて来た。
「ええ。けど、応援は一人か二人でいいですね。キングを倒したあとに、船で逃走できるような手はずさえ整えてくだされば、なんとかしますよ」
実際のところ、殺したらいけない人間の兵より、リザードマンの群れをなぎ払う方が簡単なんだよね。
「もし、キングをおびき出せないにしても、その戦力をそいでおくに越した事はないですよね」
「それはそうだが……。例の炎の魔術で焼き尽くすのであろう?」
一度の失敗で与えた印象は、数度の成功で取り戻すしかないよね。
「それなんですが、川の北岸にも多少は歩けるところがあるじゃないですか。あそこから、南岸にいるリザードマンを攻撃すれば、川を渡って接近するところをドカンとやれますよ」
まぁ、北側にもリザードマンがいない保証はないけどね。
「それならば……。禁足地となっているのだが、あの橋を渡って対岸に渡り、がけの上から攻撃する事を提案したい」
ルジェナさんは少し考えたあと、オレが少しでも生還できるように考えてくれたようだ。いいところあるじゃん。
「それなら船を守る人もいらないですね。じゃあ橋さえ降ろしてもらえれば……」
「そうはいかん……外部の者を禁足地に入らせるのだから、わたしが水の精霊や祖霊にわびねばならんし、結果を見届けるためにも、同行させてもらおう」
うーん。最初の印象とはかなり違うね。いまは使命感に燃えていて、それ以外の事は割りきってくれてるみたいだ。
「それでは、いまから仮眠を取って、夜明け前にでも決行しますか」
昼間寝てる事だし、払暁というのは、けっこう狙い目なんだよね。登る太陽にまぎれる事もできるかも。
「ああ……よろしくたのむ」
オレはたき火の前で、ルジェナさんと握手をかわした。
「ふわぁ……。ルジェナさん……ここにいるんですか?」
払暁の一時間ほど前に、詰め所でミストさんに起こされて、領主の館の裏手にある小屋の前に来たんだけど……。
「ああ、入ってくれ」
「失礼しまー……。うぅわっ! なに、これっ!」
小屋の中に入ると、ところ狭しとビーカーや蒸留器などの用具が並んでおり、いくつかの瓶からはぽこぽこと泡が出ていた。
「まるで、錬金術師かなにかみたいですね……」
「ほう……おまえの世界にも、そのような概念があるのか。わたしは、代々族長の一族が続けていた研究を引き継いでいてな……」
そういえば、秘術師って職業がこっちにはあったっけ。
「ポーションを作ったりしているんですか」
その割にはなんか毒々しいというか。
「これらは戦闘用だな。A液とB液に別れていて、混ぜるととんでもない事になるぞ」
むぅ……ただでさえ完璧超人なのに、こんな余技まで。
「塩素系の漂白剤と、酸性の洗剤を混ぜるような、かわいらしいものじゃなくて、もしかして爆発するんですか?」
「よくわかったな。投げて届く範囲にしか使えんが、高台からの一方的な攻撃なら、保険として用意しておこうと思ってな」
まぁ、ふだんから作って常備してたら、うっかり事故で死者がでかねないだろうしね。
「なるほど……。心強いです」
そういう、化学的な組み合わせの発想はオレにはなかったな。
「うっわぁ……。うじゃうじゃいますね。木が邪魔ですけど」
「うむ。これをどうやっておびき出すつもりだ? 単に攻撃するだけでは、クモの子を散らすように逃げ散るかもしれんぞ?」
まぁ、それもあって潜入しようかと思ってたんだけどね。
「リザードマンキングの姿は見えませんね。まだ寝ているんでしょうかねぇ……」
だとしたら、考えていた策のひとつが使えそうだ。
「川べりなら、ファイヤーボールでも被害は少なそうですよね?」
「たしかにな……。いいだろう。おぬしに存念があるのならやってみるがいい」
やっと、おまえからおぬしに昇格ですよ。
「では……」
オレは無詠唱で魔物語の魔法をかけて、続けざまに、川べりへの指向性をむけた拡声の魔法をかけた。
「ホングラァーティア! ミラックァトス! ベッケルゥーラァ!(これより北岸にて、偉大なる指導者からの訓示がある。急いで整列しろ)」
「さぁ、出て来るかな? 近くにいて否定されたら失敗ですが」
「ファナゲルタ?(どこだ?)」
「ミレタラ……ワルカ(すぐに現れるさ)」
ふふふ。悪いけど、鬼のいぬまになんとやら……。
「ファイヤーボール!」
オレは四つの火の球を同時に顕現させて、川べりにいるリザードマンたちへと高速で放ち、より大勢へのダメージを狙って、少し上空でさく裂させた。
「ハァルゲッツァ! ミシェドォウル!(いったい何事だ? どこから攻撃している?」
なにせ、ルジェナさんの魔法でこのあたりには霧がかかっているんだよね。
「ミラックァトス!(偉大なる指導者よ)」
どうやら、小隊指揮官らしきリザードマンが、キングの居場所を知っているのか、呼びにいったみたい。プッ……。おびき出してるのに、本当に出て来たら、大洗海水浴場。
「クラァーゲッタ! ミゲル……ボケェーラッタ!(わしはここだ! いったい何をさわいでいる)」
うわぁ、寝てたのか状況がよく分かってないよ。もう一歩……もう一歩こっちに来れば。
「かまわん……。やれ――」
ルジェナさんのお墨付きももらったし。
「ファイヤーボール!」
オレは再び、四つの火の玉を顕現させて、キングのいるあたりへと飛翔させた。
「ヌァガラヤ、ホンガ!(いかん、逃げろ)」
「南西に十メートルほど修正しろ――」
「ラッジャー!」
オレは、キングを包み込むように、一メートルぐらいの近さで四方からさく裂させた。
「アルグァー(ばかなー)」
「ベレケンツァ! ミルミェーイ! ビシェーイテラ(なんという事だ、指導者が亡くなられた)」
あ、成功したみたいなんだけど……。
「バゲラーダ……フォングァ……ミルミレィタ!(北のがけの上にいるぞ! 生きて帰すな)」
「ヤバい。かたきを取る気っぽい。ポーションの準備をよろしく」
高低差にして、二十メートルぐらいあるのに、頭に血が登ってたら、突っかかって来ちゃうのかねぇ」
「ファイヤーボール!」
川の中に入ってくれたので、オレは心配する事なく、ファイヤーボールを、リザードマンの群れの中心で爆発させていった。
「左に弓矢持ったのがいます。右はなんとかしますんで!」
「心得た。そらっ!」
ルジェナさんは二本のポーション瓶のふたを少し開けて、眼下の敵へと放り投げた。
「ミッダラァー(ほかにも敵が)」
少しずつ漏れ出た液体が反応してしまい、地面の一メートルほど上でさく裂して、リザードマンアーチャーたちに多大なる被害を与えていた。
「おうおう混乱してるな……そんじゃ、ファイヤーアロー!」
オレは威力を強化した二十本ほどの火の矢を召喚して、数本ずつまとめて、集団へと降らせていった。
「さすがに限界が近いんですが、いったい何匹いるんですかね」
どこから現れるのか、次から次へと、レミングスのような死の行進を続けようとしていた。
「いまだ、かかれぇ~」
「うおぉー!」
「ルジェナの姉御を守れぇ!」
うわ、すごくいいタイミングで、背後から攻撃? 参加しなくていいって言ってたのになぁ。
「やつらめ……危険なまねをしおって……」
そう言いながらも、ルジェナさんは満面の笑みを浮かべていた。
「はぁ……さすがにつかれました。ファイヤーアロー二本分ぐらいしか、魔力残ってないです……」
前回の件で懲りたから、理論上の数字を守りたいけど、弾力的運用をするから計算しづらいんだよね。
「まさか……この地域のリザードマンを掃討してしまうとはな」
ルジェナさんも息を切らしながら、みなの安否を確認するために、本拠地を素通りして、現地へと走っていた。
「こいつがリザードマン・キングか……こうやってみると、正面から戦ってたら勝ち目なさそう」
ファイヤーボールを食らっても、気にせず突っ込んできそうなほどの巨体だった。
「二人ほど、軽傷を負っただけだが、すぐに治せそうだ」
攻撃に参加した戦士たちの安否確認を終えたルジェナ殿が近づいて来た。って、オレの中では殿扱い? まぁ、たしかにすごい人だよ。心からそう思う。
「こいつの首を干しておいて、逆さにつるしておいたら、リザードマンも近づかなくなるんじゃ」
って、カラスじゃないんだから無理か。
「強大なる魔術師の、ストリーンどの、ばんざーい!」
いや、ストレインですから。また聞きだとそんなもんか。
「我らが次代の指導者、ルジェナどの、ばんざーい!」
いつの間にか非戦闘要員も集まって来ていたのか、オレとルジェナ殿をたたえる輪唱が、森の中で響いていた。
「みなさん、ありがとう!」
って、あれぇ? この流れで縁はナシですか?